多くの人が知らない聞けば納得のリヤドア衝突安全対策は、メルセデス・ベンツ発想のアイデアだった!

■誰も着目しない、こんなところに安全対策があった!

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どこなのかはもうわかってしまったかな?

今回は、どこのメディアも語らず、だーれの目にも触れられない、クルマのある部分に隠されている安全対策のお話で、かなりマニアックな内容となります。

あなたのクルマは次のどのタイプですか?

1.2ドアクーペ
2.3ドアハッチバック
3.4ドアセダン
4.5ドアハッチバック
5.5ドアワゴン
6.スライドドア付き車

1.または2.のタイプのユーザーの方には、今回のお話は関係ありませんので、他の記事をお読みください。でも、読んでおくのも悪くはないぞ!

●その前に、ドア構造のお話・・・

本題に入る前に、まずクルマのドア構造についてのお話をしましょう。

クルマの開閉する部分・・・エンジンフード、ひとが乗り降りするためのドア、セダンならトランクリッド、セダン以外ならハッチドア・・・は、外側のアウターパネルと内側のインナーパネルの鉄板2枚から構成されています。どちらも当然プレス機で成形されるわけですが、アウターパネルはすなわちクルマのデザインそのもので、デザイナーが造形した面形状に基づいてプレスされています。屋根やフェンダーも含めたクルマの外観全体の良し悪しを判断するのは、つまりは集合したアウターパネルを見てのことなわけです。

いっぽうのインナーパネルは、スタイル云々とは無縁です。フード、トランク(バックドア)の裏側を覗いてみてください。最近のクルマに据えられているインシュレーター(防音材)や内張りを外すとただの骨格が現れますが、これとて前後からの衝撃をいくらかでも吸収するように造られています。

jimny door
旧ジムニーのドア。このクルマの場合は窓枠も一体になったプレスドアなので、枠の部分も含めてヘミングされる。

開閉するドアのインナーパネルとなると、窓ガラスの昇降機構(レギュレーター)、パワーウインドウに電気式ロックのモーター&配線、ドアを開けるためのリンケージ、そして側突対応のためのサイドインパクトビームなど、所せましと機能部品が据え付けられています。

door assy and cross section drawing
断面図を見ると、アウター側の周囲(フランジ)を折りかえしていることがわかる。この状態がドアAssy(アッセンブリー)だ。
cross section drawing 1
アウターパネルとインナーパネルを相向かいにして接合する。

さてこの2枚構成のドア。鋼板製の場合はインナーパネルをアウターパネル周囲のつば状の部分(フランジ)を折り返して包み込む構造になっています(「ヘム」「ヘミング」という)。ことにドア内部はさきに述べた機能部品の取付&作動スペースが要るために空洞になっており、いってみればモナカをイメージすればいいでしょう。実際、ボディ設計者は俗に「モナカのように・・・」などと称しています。

●リヤドアのカギ型形状の秘密・・・

ここからが本題。

corolla benz hem
この青い楕円の部分ね。

上記3.~6.のタイプのクルマをお持ちの方、いますぐご自分のクルマの前に立ち、フロントドアを開けて現れる、リヤドアパネルの前辺を見てみてください。前端ヘム部がカギ型になっているでしょ? 日ごろ目に留めない部分なので、初めて気づいた方が多いと思います。

このカギ形状、実は衝突時の安全対策です。正確にいうと、衝突を受けた後の対策。衝突を受けた後でも変形した前後のドアが開けられるように・・・いや、開けられる可能性を少しでも残すための工夫なのです。

どういうことかというとですね・・・

corolla
世界のベストセラー、カローラ!(のワゴン型・カローラ フィールダー)

いつもなら筆者自前の旧ジムニーを最初に出すところですが、今回は弊社の社用車、カローラのワゴン型「カローラフィールダー」を引き合いにして話を進めていきます。色が派手なので、みなさん、ちょっと目が痛くなるかもしれませんが、カローラが必要だった理由は、読み進めていくにつれてわかります。

corolla side
カローラのボディサイド。なんの変哲もないこの姿に、とある安全対策が織り込まれている。
corolla rear door open
リヤドアを開けると、前側がフロントドア=最外側より内側に入り込んでいる。

リヤドアを開けてみましょう。ヒンジを軸にドアが開くわけですが、よく見てください。上下にふたつ設けられたヒンジを支点にドアが開くとき、上下ヒンジ軸を結ぶ線(軸心)を境に、リヤドアの軸心から前側(以下B)は、フロントドア後端(以下A)=ボディ最外側より内側にもぐり込み、後ろ側(以下C)は外に張り出しますね?

pivot upper opend
さきの写真を解説すると、青線で示してヒンジの軸心がこの位置にあるため、リヤドア開時にこのようになるのだ。
pivot side closed
前後ドアの隣接部分をこのようにエリア分けすると・・・

これは部屋のドアと異なり、クルマをサイドから見たときに、ヒンジ軸心がリヤドア前端からいくらか車両後方側に寄っているために起こる事象。リヤドア前端が内側に入る・・・これがカギ型ヘムが必要な理由です。

benz hem structure
前後ドアが隣り合う部分の断面を上から見ると、このような構造になっている。

なぜか? 前後ドアが閉じているとき、このカギ型ヘム=BはAの内側に位置しています。この状態で何らかの衝突を受けてドアが変形しても、AよりもBが内側に潜り込む(正確には「潜り込む可能性が高い」)ことになります。

at deformed with benz hem less
このヘムがなければ、衝突形態によってドアの開閉可不可は運次第ということになってしまう。
at deformed with benz hem
ベンツヘムがあれば、事故などでのドア変形時でもドアが開く可能性が残される。

もしこのカギ型ヘムが存在せず、AもBもただのヘムであれば、衝突形態によってはBがAよりも外側に出る恐れがあります。この場合、AとBはお互いに干渉するため、フロントドアもリヤドアも開かなくなってしまいます。これでは衝突事故でドアが変形した際、自力での脱出や外部からの救出の妨げになるため、このような策が採り入れられているのです。もちろん、衝突の形態はさまざまで、このカギ型ヘムにしたところでどんな衝撃を受けてもBが必ずAの内側に入るとは限らないのですが、脱出できなくなる可能性の低減策としては有効だと思われます。

どうです? たったこれだけのちっぽけな形ですが、そこには大きな役割が託されていたのです。最初に考え出したのはどこなのでしょうか?(答えは断面図に書いてしまっていますが)

●発案はベンツ! だから「ベンツヘム」

このカギ型ヘム、なかなかのアイデアで、「よく思いついたな」と思うのですが、残念ながら日本発ではなく、かのメルセデス・ベンツが最初に考案したものです。ゆえに「ベンツヘム」と呼ばれており、いまのどのクルマでも、リヤドア前端は一部の例外を除いてベンツヘムになっています。

noah
こちらはスライドドア付きのノア。
noah slide door with weather strip
開けても気密性保持のためのウェザーストリップがついていた・・・

「おれのクルマ、スライドドアだけど?」と思っているあなた、ご安心ください。スライドドアでもその前端はベンツヘムになっているはずです。スライドドアを開けてみてください。ロック解除され、開き始める瞬間、ドア全体が内向きになったでしょ?

スライドドアの上から下まで、一直線にベンツヘムが施されていました。
noah slide door and weather strip remove
こいつを引っぱがすと、ベンツヘムが顔を出す!

スライドドア開時は、ロック解除したスライドドア後端を外に押し出して開くため、その成り行きで前端はいったん内側にもぐりこみます。もしベンツヘムがなく、衝突時の変形でリヤスライドドア前端がフロントドアをかぶってしまったら、やはり前後のドアが開かなくなってしまいます。

jimny
旧型ジムニー。
jimny door opening
ボディ側。リヤドアがないからベンツヘムも何もないのだ。

このベンツヘムは、筆者がいま使っているジムニー(旧型)のような2ドア型にはありません。同じ2ドアのGRヤリスやクーペ型のスープラ、86、フェアレディZやマツダロードスター、コペンなどにもおそらくないでしょう。当然です。リヤドアがないのですから。

hiace slide door benz hem less
あれ、普通のヘムだ・・・
hiace
キャブオーバーバン市場を独占する、われらがトヨタハイエース!

また、さきに「・・・一部の例外を除いて・・・」と書きましたが、それは写真のハイエースで、フロントドア後端とリヤドア前端が、外に露出しているセンターピラー(Bピラー)で断たれているようなクルマにもありません。

hiace slide door
前後ドアをピラーが分断しているデザインのため、ベンツヘムはない。つまりこのあたりの構造は、2ドアでなくても2ドアと同じなのだ。

そして同じリヤドアでもそれが昔の国産4ドア車なら存在せず、ベンツヘムが国産車に採り入れられたのがいつ頃なのかはわかりません。

メディアで語られる衝突時の対策というと、クラッシャブルボディにサイドインパクトビーム、エアバッグにペダル後退抑制機構あたりが通り相場ですが、目にしていながら意識していない部分にも重要な機能が隠されているのですというお話でした。

corolla half door indicator
おまけ。カローラの半ドア警告表示。さすがにリヤドア前端のもぐりこみまでは描かれてはいませんでした。

(文・写真・絵:山口尚志