目次
■カタナの印象は「非常に良い」か「非常に悪い」の2種類。それだけインパクトがあったのだ
●GSX750S/GSX1100Sカタナに18年間乗り続け、オーナーズクラブの副会長も努めた人物が、自らの経験と多くの人へのインタビューから「カタナ」というバイクについて考察する
ターゲット・デザインから持ち込まれた「ED-2」のモックアップをベースに、カタナのプロトモデルが造られた。
これは横内悦夫さんをはじめとしたスズキの設計陣が、量産のために各部の改修を行うのと並行して製作されたと考えられる。というのも、各部に初期のデザインスケッチやモックアップに類似したポイントが多々あるからだ。このあたりについては不明な部分もあるが、いかんせん40年以上前の話である。明確な資料があまり残っておらず、関係者の記憶も曖昧なところがある。
そのため、さまざまな媒体で数多く書かれている記述と筆者のインタビューメモが食い違う部分も。それも時代だとおおらかな気持ちで見てもらいたい。

●ターゲット・デザインが製作したモックアップを元にケルンショーに展示するプロトモデルを造る時間は限られていたはず。それを実現したのは横内さんをはじめとした全スタッフの情熱であろう。(画像提供:TARGET DESIGN)
1980年9月、横内さんと谷さんら一行はドイツのフランクフルト空港に到着した。現地のスズキ関係者と合流すると、彼が運転する車でライン川沿いにケルンへ向かう。午後にはケルン市に着いた。明日の開幕に備え、ホテルのレストランの一角で打ち合わせをした。
現地のスタッフは「カタナはスズキブースの中で一番良い場所に飾り、発表用の資料も揃えた。カタナは素晴らしくいい。成功間違いないですよ」と興奮気味に話したという。やはりカタナは誰が見てもインパクトがあったのだ。
そこで横内さんの手記はこう綴られている。
「小一時間ほどで打ち合わせを終わると夕食までの間、ケルン大聖堂を見学した。数百年かかって造ったというゴシック式建築の大きさに圧倒され、緻密さに驚かされた。中に入るとその荘厳さに驚嘆。(中略)あらためて大聖堂を見あげていると、バイク造りと思いが重なった。こんな立派な大聖堂を設計し、建造した先人達の偉大さを思うと、半端な気持ちでカタナをやってはいけないなと思った。カタナのスタイルは本当に凄い。ケルン大聖堂に恥じないよう開発には最善を尽くさなければならない気持ちになった」

●ケルンショーで高い注目を浴びたプロトモデル。メーターの位置やシートの段差や長さ、マフラーの形状などが量産モデルとは異なる。マフラーはテルミニョーニの集合管だった
ケルンモーターショー開幕当日、横内さんたちは午前10時頃会場に着いた。広い会場の中央付近にスズキのブースがあったが、その一角に黒山の人だかりが。そこはカタナの展示場だ。その光景を横内さんはこう綴る。
「幾重もの人垣の後ろの方から伸び上がるようにすると、スポットライトを浴びたカタナが見える。それを囲む人垣があまり動こうとしない。よく観察すると、新しくやって来た入場者はカタナを見て先ず驚いた顔をする。しばらくすると何を感じたのかカタナを見入る目が変わる。私はどこかで見た目と同じだと思った。それはサーキットでWGP500ccクラスのチャンピオンマシンを見つめる観客の目だ。『オレはこのマシンが欲しい!』。最強のものへの憧れの目。カタナを見る目はそれとまったく同じだと感じた」
横内さんはその考えを確認すべく、急きょメモ用紙で200枚ほどのアンケートを作った。「5点」が「非常に良い」で「4点」がその次。「1点」は「非常に悪い」とした。手当たり次第に渡してその場でマルをつけてもらうとすぐに回収。100枚ちょっと集まったところで集計を始めると興味深い結果が。
なんと「5点」と「1点」ばかりで、その間の「2点」「3点」「4点」はゼロに近かったのだ。「非常に悪い」を捨てると「非常に良い」だけが残る。横内さんは「これでもう決まった。『非常に良い』と思う人だけ買ってくだされば十分だ。カタナをやろう」と思い、アンケート調査を打ち切ったという。そして会場を回るとすべてのブースを見て人気度を調べた。
「嬉しいことにカタナの人気度がダントツの1位だ。初日、2日目とカタナの周りの黒山は変わらない。これで社長を説得できる!」
横内さんはカタナの量産計画を進めるため、急いで帰国した。

横内さんは定年退職後もイベントなどには積極的に参加してくださり、カタナオーナーの前で開発当時の話などをしてくれた。数多くの車両の開発を手掛けた横内さんにとってもカタナは特別な印象が残っているバイクだという(2005年10月撮影)
(横田和彦)
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