スペアタイヤはどうしてなくなった? 代わりに登場した「パンク修理キット」の正しい使い方をチェック

■使用率が低く、低燃費競争のため数を減らしたスペアタイヤだけど…

クルマでよく語られる「走る」「曲がる」「止まる」のすべてに影響するのは重量です。必要な機能、要件を満たすことを大前提に、造る方にとっても使う方にとっても、軽ければ軽いほどいいですよね。

応急用スペアタイヤ
いまのクルマでは少数派になりつつある、スペアタイヤ

自動車メーカーは、常に材料をより少なく、軽く、安くすむようにということを考えながら日々開発業務に勤しんでいます。ただし、やりすぎの感がなくはありません。

ひとつ例を挙げるとスペアタイヤ、そしてジャッキ。これらが今のクルマでは少数派になりつつあります。

春の新生活を機に、クルマを新たに購入、あるいは入れ替えの検討にあるひとは、あらためてお手元のカタログ装備表やオプションカタログを見てみてください。

そのクルマにはスペアタイヤが標準装備されていますか? それともパンク修理キットでしょうか? そしてジャッキ&工具一式は?

●メーカーがスペアタイヤ廃止に傾いた理由

軽量化が求められ、最近のクルマで余儀なく姿を消されてしまったものにスペアタイヤがあります。

もともとは車両についている走行用と同じタイヤ(グランドタイヤ)が、トランク内に床下収納または内壁にタテ積みで収められていたものでした。ただし占有スペースが大きく重量があるという悩みがあったことから登場したのが、ホイールが黄色いテンパータイヤ(応急用タイヤ)です。

グランドタイヤよりも小径で細く、軽いことから導入されました。

R30スカイライン5ドア(1981(昭和56)年8月
R30スカイライン5ドア(1981(昭和56)年8月。応急用タイヤの初採用車だ。目立つ黄色が緊急性を物語る。

日本初で採用されたクルマは1981(昭和56)年8月登場の6代目スカイライン(R30型)。まずは試験的にということからか、R30の中でも売れ行きが少ないであろう5ドアハッチバック車に限定して載せられました。

この少し後の1981(昭和56)年11月、同じ日産の2代目フェアレディZ(S130型)のマイナーチェンジ時に、それまで荷室床にゴロンと横に寝かせていたグランドタイヤをスペースセイバータイヤ、通称SSTに代えました。

R30スカイラインと少し違うのは、タイヤをペシャンコにして収容することで(だからスペースセイバー)、いざという際の使用時には車載の専用の小型エアポンプで空気充填するというものでした。

ところが、です。もともとは軽量化もひとつの目的としていたこの応急用タイヤが、さらなる軽量化の要請で最近では無くなってしまい、パンクに対しては応急的な処置ができるパンク修理キットですませるクルマが多くなってきました。

その理由をあらためて自動車メーカーに訪ねたところ、下記4つの理由が返ってきました。

1. パンクの確率が減った。さらには新車時から廃車まで、ただの一度も使われないまま廃棄処分に至ってしまう例がほとんどであり、環境保護の観点からもよろしくない。
2. 軽量化。応急用タイヤ&ジャッキをなくしてパンク修理剤に代え、軽量化を図ることでわずかでも燃費向上をねらう。
3. 荷室スペースの拡大。
4. パンク修理キットでの作業は、車載のコンプレッサーで空気も同時に入れるのでジャッキアップ作業もタイヤ外しも不要。したがってジャッキ工具類も廃止。

答えはおおよそ予想どおり。筆者もパンクに遭い、工具やスペアタイヤを取り出してセッセと交換作業をしたことがありますが、いくら小型軽量といっても重いことは重いし、ジャッキアップ作業も含めてタイヤ交換は楽な作業ではありません。

しかし、確実性の観点からすると、パンク時の対応にはスペアタイヤへの交換作業に軍配が上がると筆者は思うのです。

●パンク修理キット、スペアタイヤ、それぞれのメリット・デメリット

もしパンクに遭遇したとき、パンク修理剤でどう対処するかを並べてみましょう。ここでは最新ヤリスを例に、その作業の流れを掲げます。

【パンク修理キットによる作業の流れ】

1. 車載のエア・コンプレッサーからのホースをタイヤに接続する。
2. コンプレッサーの電源プラグを車内のアクセサリー電源に差し込む。
3. 修理剤ボトルをコンプレッサーにセットする。
4. エンジンを始動し(バッテリー上がり防止のため)、コンプレッサーのスイッチをON。
5. パンク修理剤と空気が同時にタイヤに充填される。タイヤが指定圧になるまで入れ続ける(圧力計はコンプレッサーに取り付けられている)。
6. 指定圧になったらすべてを取り外す。
7. すぐに約5kmの距離を80km/h以下で走行する(補修材をタイヤ内部全面に行き渡らせてパンク穴をふさぐため)。
8. 走行後、再度コンプレッサーをタイヤに接続して空気圧を確認する。
9. タイヤ圧が130kPa未満の場合:応急修理不可。130kPa以上、指定圧未満の場合:再度5km走り、8.を行う。指定圧となっている場合:100km以内を80km/h以下で走り、本修理に向かう。

…細かい作業は省いてありますが、それでも全体にはこれくらいの項目数になります。

ここから先は筆者の考えですが、ジャッキアップやタイヤ外し&取り付けという力作業が不要なのはパンク修理キットのメリット。キットに含まれるコンプレッサーが、自宅の車庫でタイヤ圧点検に使えるのも大きな利点に数えられます。

逆に不安に思っているのは、パンク穴が大きかったり修理の効かないタイヤサイド(ウォール面)では、このパンク修理剤では解決しない点です。そしてパンク箇所が目視できない中で作業した際、応急処置が完了したか、そうではない規模の穴の大きなパンクだったかどうかは上記9.まで行って初めてわかることです。

修復不能が判明した場合、1.~9.までの作業は無駄になってしまいます。

外気温によりけりで、空気充填に要する時間だけでも5~20分かかります。そのほかもろもろの作業を含めれば、路上での作業時間だけで30~40分、そして走る時間も要りますから、何だかんだで初めから終わりまで60分は見たほうがいいでしょう。

そのような懸念を抱えるパンク修理キットに対し、スペアタイヤのほうが力技にはなるものの、どんなパンクであれ、きちんと空気圧が保たれたスペアタイヤに付け替えるだけで済む分、確実性は上です。

安全面でも路上での作業時間はできるだけ短いほうがいいわけで、スペアタイヤへの交換時間は慣れた人なら最長でも10~15分で済むでしょう。また、タイヤ内面やホイールに付着した修理剤は、たとえその作業はお店の人が行うにしても、その除去が厄介だと聞きます。

さらに、使っていなくても修理剤には使用期限があり、定期的に新しいものに代える必要があります。応急用タイヤには使用期限も交換時期も、特に指定はありません。

もっとも、「げっ! パンク! JAF」という主義の人ならどちらでもいいのですが…。

●オプションリストにあるなら選んでおきたいスペアタイヤ

ヤリスカタログ装備表
ヤリスカタログ装備表。見落としがちだが、スペアタイヤそのものを望む場合は、メーカーオプションで選べるようになっている。細かいところを見落とさないよう注意!

少し前に「クルマ購入ビギナーが注意すべき点」の中で、メーカーオプション、ディーラーオプション(以下、MOP、DOP)の違いについて説明しましたが、クルマによってはMOPでスペアタイヤ=応急用タイヤが選べるクルマがあります。

スペアタイヤについてあまり語られないのですが、もし筆者がクルマを買うとしたら、MOPで応急用タイヤを注文します。

残念ながら、MOPでスペアタイヤがないクルマも多く、筆者なら初手からそのようなクルマは候補には入れません。パンクの確率の問題より、パンクに遭遇したときの対応のしやすさを重視するからです。

異論はあるでしょうが、パンクが10年に1度であろうと、納車当日であろうと、遭遇したら面倒なトラブルであることはどっちもいっしょ。ならば、トラブルへの対処ができるだけ簡便なほうを筆者は選びたいです。

もしあなたが狙うクルマのMOPリストにスペアタイヤがあるなら、どのオプションよりも率先して注文を決めることを筆者はおススメします! 他のオプションはその後で検討…。利害得失ひとそれぞれですが、万一のための安心感はまるで違うと思うのです。

ヤリスオプションカタログ
ヤリスのオプションカタログには、ディーラーオプションで選べるジャッキ工具一式が写真付きで載っている。

使用頻度と照らし、軽量化と荷室拡大、作業のラクラクさを採ったのと引き換えに、不便さがつきまとう応急用タイヤレス&パンク修理キットと、力の要るジャッキアップ作業を伴いながらも確実さは勝る応急用タイヤ…。あなたならどちらを選びますか?

例に挙げたヤリスも、スペアタイヤばかりかジャッキなど工具一式まで廃止。でもどちらもMOPで、工具はDOPで選ぶことができるので、ヤリス狙いのひとは考えてみてはいかがでしょうか。

●日常点検の中にスペアタイヤも仲間に入れてあげて!

最後に。

給油時などでタイヤ4本の空気圧確認をしている方も多いと思いますが、スペアタイヤを注文した、またはスペアタイヤ付きのクルマを長く乗っているという方は、クルマのタイヤは4本と思わず、5本目のスペアタイヤの空気圧確認も忘れずに行ってください。

いざ使う段になって空気が自然に抜けていて使えなかったとなると、これほど悲しいことはありません。

パンク修理キットのクルマにお乗りの方は、修理剤の使用期限をお忘れなく。そしてガソリンスタンドに行かなくてもタイヤ圧点検ができるコンプレッサーを有効活用してください。

旧型ジムニーシエラ
旧型ジムニーシエラのように、かつてのオフロード4駆はリヤにスペアタイヤを背負っていた。このようにむき出しのままだと外光や雨風の影響を受けるので…

もうひとつ、標準装備のスペアタイヤが無くなったとはいっても、それはごくオーソドックスなクルマの話で、ランドクルーザージムニーの類となると話は別です。

これらは世界的に見ると、むしろパンクするために走るのではないかと疑うような荒れ道がれき道でこそ本分を発揮するクルマですから、さすがにスペアタイヤレスのパンク修理キットということはしません。

スペアタイヤには、応急用タイヤどころかグランドタイヤを備えています。ただし、過去のランドクルーザーやパジェロ、最新型も含めたジムニーは、丸裸のまま背中(バックドア)に背負うタイプ。

固定されたまま太陽光や暑さ寒さ、風雨にさらされるのはタイヤがあまりにもかわいそうです。

旧型ジムニーシエラ
このように全体を覆うカバーをしておけば安心だ。

少数派かもしれませんが、この春、中古のランクルやパジェロ、ジムニーを買おうとしている方は、できるならカバーを入手し、スペアタイヤを覆ってあげてください。

(文:山口 尚志/写真:山口 尚志・モーターファン アーカイブ)