EVも変速機が必要だった!ZFが世界初公開した「2速電動ドライブ」がEVの常識を変える【ZFテクノロジーデイ2019】

■加速性能&最高速度が大幅にアップ!航続距離も最大で5%向上

「電気自動車には変速機が不要」とずっと思っていました。三菱アイミーブにも日産リーフにも、トランスミッションはありません。しかし、電気自動車だって変速機付きが当たり前、という時代が今後はやって来るかもしれません。

ZFは、7月上旬にドイツのブランデンブルク州にあるサーキット「ユーロスピードウェイ・ラウジッツ」にて行われた「ZFテクノロジーデイ2019」において、最高出力140kWのモーターと2速の変速機を統合した乗用車用の新型「2速電動ドライブ」を世界初公開しました。

【ZFの乗用車用2速電動ドライブ】
ZF2速電動ドライブの外観

モーターは停車状態から最大トルクを発生することが可能ですが、回転数が上がると発生トルクは下がってしまいます。それを補うには、じつは変速機があったほうが都合がいいそうなのです。

ZF2速電動ドライブの中身
こちらが、2速電動ドライブの中身です。青い部分にご注目。2つのブレーキと1つのワンウェイクラッチが備わっています。

この2速電動ドライブの効能は、ふたつに大別できます。

●0-50km/hタイムは10%向上。最高速は160km/hから215km/hへ

ZF2速電動ドライブの走行シーン

まずはパフォーマンスです。Eモビリティ事業部のバート・ヘルヴィックさんは、2速電動ドライブのメリットについて、次のように語っています。「これまで自動車メーカーは、トルクがトップスピードのどちらかを重視して電動モーターを選択することが必要でしたが、この電動ドライブはその問題を解決します」。また、ヨーロッパでよく見かけるトレーラーを牽引する場合でも、高速走行が可能となるとのことです。

【2速化によりトルクとトップスピードを両立】

それでは、2速電動ドライブがどれくらいパフォーマンス向上を果たしているのか、具体的に数字を見てみましょう。

【2速化によるパフォーマンスの向上】

1速ギヤ(ギヤ比は10.6)は「ゼロ発進の加速性能」、2速ギヤ(ギヤ比は6.4)は「最高速性能の向上」に貢献します。変速機なしの電気自動車と比較すると、0-50km/hタイムは最大10%ほど改善されます。そして、車速が高くなるほど性能向上の幅は大きくなります。80-120km/hタイムは10%以上、120-150km/hタイムは20%以上も速くなるほか、最高速も160km/hから215km/hまでスピードアップするというから驚きです。

●航続距離を伸ばすもよし、バッテリーを小型化するもよし

2速電動ドライブは、効率化にも効果を発揮します。

こちらのグラフは上側が変速機なし、下側が2速電動ドライブで、それぞれ横軸がモーターの回転速度、縦軸がトルクを示しています。

【2速化による効率の向上】

緑になっている部分がもっとも効率よく走れる部分です。本来であれば、常にこの領域で走行したいところ。しかし、変速機がないEVではそれがなかなか難しいことが、上側のグラフを見れば分かります。

一方、2速電動ドライブ(下側のグラフ)では、市街地から高速道路に至る多くのシチュエーションにおいて、グリーンの領域で走れるようになっています。

電気自動車は、エネルギー変換効率を1%向上させると走行可能距離を2%伸ばすことができます。2速電動ドライブは航続距離が最大5%伸びるということですから、その効果は小さくありません。

【WLTCモードでは航続距離が4.7%拡大】
ZF2速電動ドライブとWLTPモード

なお、ZFが実際に2速電動ドライブ装着車両でテストしたところ、WLTPモードで航続距離を4.7%伸ばすことができました。そのうち、モーターの性能向上分が3%、2速電動ドライブの効果が1.7%です。

一方で、航続距離がそのままでいいのならば、その分バッテリーを小型化してコストを削減する、というチョイスをすることも可能です。

【同等の航続距離ならバッテリーの小型化が可能】
バッテリーを小型化することも可能

ちなみにギヤチェンジは時速70kmで行われますが、変更することも可能です。ユニークなのは、車両のCAN通信に接続して、デジタルマップやGPSと連動したシフトストラテジーを設定できること。例えば、次の充電ステーションまでの距離を計算してエコモードに切り替えたり、高速道路上では地形に応じて効率の良いギヤチェンジを行ったり、ということも想定されています。また、システムのソフトウェアアップデートも、クラウドから行うことができます。

【走行状況に応じてシフトストラテジーを変更】

●モジュラー設計により様々なニーズに対応可能

この2速電動ドライブはコンパクトなのも特徴で、コンパクトカーに搭載しても室内スペースが犠牲になることはありません。下の写真はZFが開発済みの1速の電動ドライブですが、2速電動ドライブもこれと同等のサイズに収められています。したがって、同一車種でも「スタンダードは1速、オプションで2速を用意」という設定をして、カスタマーにチョイスしてもらうことも可能です。

ZF1速電動ドライブ

2速電動ドライブはフロントアクスルにもリヤアクスルにも搭載できます。今回用意されたデモ車両はフォルクスワーゲン・トゥーランでしたが、車両の後ろに回って下側を覗き込んだところ、ユニットがリヤに搭載されているのが確認できました。

ZFゴルフトゥーラン外観

ZFゴルフトゥーラン下回り

さらに、モジュラー設計によって250kWまでの高出力モーターと組み合わせることが可能となっているのも、この2速電動ドライブの特徴です。

【3種類のパワーエレクトロニクスとモーター】
2速電動ドライブのモジュラー設計

ご覧のように、パワーエレクトロニクスとモーターはそれぞれ大・中・小の3種類が用意されるようで、これらの組み合わせにより「自動車メーカーの様々なニーズに応えることができる」とZFは自信を持っています。

素人丸出しの筆者はすぐ「だったら、3速にしたらもっと効率が良くなるのでは?」と考えてしまいましたが、「バランスが重要」とのこと。乗用車の場合は部品点数やコストの増加を考慮すると、あまり多段化するメリットはないそうです。一方で、バッテリーのサイズが大きくて積載物の重量もずっと重くなる商用電気自動車の場合は「3速の方がいいかも」と開発者の方が教えてくれました。

ZFの開発者

何れにせよ、電気自動車の新しい波がこの2速電動ドライブとともにやって来る日はそう遠くはなさそうです。

ZF2速電動ドライブのインカー

(長野達郎)