刻々と変わる風。幕張の空でパイロットたちはどう戦ったのか?【レッドブル・エアレース千葉2019/前編】

2019年のレッドブル・エアレースは最終戦幕張ラウンドが終了。室屋義秀選手が優勝し、年間ランキング2位を獲得した。一度は決勝前半で敗退かと思われたところからの大逆転劇に会場は湧き上がった。今回はそんなレースがどのように進んでいったのかを詳細に振り返ってみることにしよう。

●テクニカルな幕張のコース。海風がパイロット達を翻弄する

コースレイアウト
2019年幕張のレーストラック。2018年のコースと基本レイアウトは同じだが少しタイトなコースになったことで難易度が上がった。14のエアゲートと3つのハイGターンで構成されている。両サイドのターンに加え、ゲート4(ゲート12)からゲート5(ゲート13)の間も短時間ではあるがタイトなターンをしなければならない

幕張のレーストラックは、タイトで、とても忙しいコースだ。機体が水平になっていることはほとんどなく、常に機体は旋回しているような状態だ。

コース両端にはハイGターン(またはバーチカルターン)と呼ばれ、180度近く向きを変えるポイントがあり、ここでのライン取りや飛び方がタイムに大きく影響する。

このターンではゲートを通った瞬間、旋回を開始するが、ここでもしもタイミングが0.1秒遅れたら戻ってくるためにも0.1秒必要になる。つまり操作が遅れると2倍タイムをロスしてしまう。ターンの仕方も真上に上昇するか、水平に近く旋回するかで判断が分かれるところ。

ハイGターンでは、もう一つ重要なポイントがある。コースのリミットラインが非常に近いところにあるため、速度をつけたままターンしようとするとリミットラインからはみ出してペナルティを受けるリスクがあった。エアゲートと違ってリミットラインはパイロットがフライト中、目視することができない。

レッドブルエアレース に参加しているパイロット達は、エアロバティックスの世界選手権などでも活躍している。エアロバティックスでは2km四方のボックスと呼ばれる空域で演技するため、見えないリミットラインの中で飛ぶという感覚も養われている。

そんなパイロット達にとっても幕張のコースはタイトだったようだ。金曜日に行われたフリープラクティスの1回目ではリミットラインを超えるペナルティが4回も発生した。スタートしたらスロットル全開でブレーキなどによる減速をしないレース機にとっては非常に神経を使うレーストラックとなったのである。

スタート時の速度リミットが、それまでのレースよりも低く設定されたのは、そういった理由があった。

コース全景
両サイドのバーチカルターンは勝負所。機体の特性、パイロットの飛び方、飛行する距離や速度、次のエアゲートへの進入角度、その後の速度、パイロットの飛行の癖、当日の風や空気密度など様々な要素を計算。最も速く飛べるラインを見つけ出し、パイロットはそのラインを飛ぶ

各チームにはタクティシャンと呼ばれるスタッフがいて、当日の風、気温や気圧、パイロットのフライトの癖などを入力して最速のラインを見つけ出す。こういったやり方はF1などでも使われているが、飛行機の場合はレースがスタートしたらブレーキせずに全開で飛び続け、また三次元であるために解析が非常に複雑になる。

タイトに飛べば最短距離を飛んでその区間は速く飛ぶことができるが、旋回することで機体の速度は低下してしまう。その先に速度が乗る区間があるのなら、ここで無理をしない方が良い可能性もある。

また、ハイGターンでは水平に近い旋回をすれば大回りすることになるけれど、速度を保ったままいられる。対して垂直に上がるバーチカルターンをすれば、上昇時に速度が低下するものの、そこから急降下して速度をつけて次のパイロンに向かうことが可能だ。

ハイGターンの後にあるゲートへの進入する角度やバーチカルターン後の速度なども考慮しなければならない。こういった要素を考えて、その日の気象条件にあったラインを見つけ出さなくてはならない。

レースシーンエアゲートの感覚は非常に狭いため、風が吹けば難易度の高さは跳ね上がり、パイロンヒットのリスクが増える。写真の海面の状態を見ても風が強いことがわかる

幕張のコースを難しくする最大の要素は風だ。海岸線にあるこの会場では日中、海から陸に向かって風が吹くことが多い。コースに対して横から吹き付ける形だ。パイロンは会場に固定されているけれど機体は空気の中を飛ぶから風が吹けば機体は流されてしまう。クルマがサーキットでタイムアタックしている時、路面が動いてしまうような状態に近い。

しかも風向、風速は一定ではない。加えて風が強い時はガストと呼ばれる強い突風が瞬間的に吹く時もあるし、ウインドシアーという風向きが突然変化する現象もある。高度によって風向きが真逆になるような時もある。

高速で飛ぶエアレースでは、突然の風の変化に対し、瞬間的に対処することは非常に難しい。タイムを狙うのであれば最短距離を飛びたいが、そうするとエアゲートへは斜めに進入しなければならないようにコースが作られている。風が吹けばパイロンギリギリで飛び込むことは難しくなる。リスクを下げるのなら多少遠回りをしてもゲートにまっすぐ進入した方が良いのだが、そうなるとタイムは落ちてしまう。ラウンドオブ14やラウンドオブ8では、一対一の対戦となる為、その時の風の状況だけでなく、対戦相手のタイムまで考えて作戦を考える必要がある。

●最速のタイムを叩き出したのはディフェンディングチャンピンのソンカ

レースシーン
金曜、土曜日を通して最速タイムを叩き出したディフェンディングチャンピオンのマルティン・ソンカ。このレースが始まる時点でのランキングもトップ。誰しもが順当に勝ち上がっていくと考えていたのだが……

金曜日から始まったフリープラクティスで好調だったのはディフェンディングチャンピオンのマルティン・ソンカだった。逆転優勝を狙うランキングで2位のマット・ホール、3位の室屋義秀を引き離してトップタイムを記録。金曜日、土曜日を通して最速パイロットに与えられるDHLファーストプライズを受賞した。

土曜日の予選では台風が近づき、気圧が低くなってきたことで全パイロットのタイムが金曜日よりも少し遅くなった。プロペラで推進し、主翼で揚力を作る飛行機は大気の状態に強い影響を受ける。気圧が下がれば空気が薄くなり、プロペラの効率や主翼の揚力も少し下がってしまう。クルマに例えるなら路面のグリップが低下したような状態だ。

レースシーン
土曜日の予選で最速タイムをマークしたベラルデ。スタートの角度を変え、シケインまでの速度を高く保てるラインを見つけたのが速さの要因だったのではないかと語った

タイムが伸び悩むパイロット達の中でトップとなったのはファン・ベラルデだった。ベラルデによれば、スタートゲートからシケインに飛び込むところで、タイムを稼ぐことができるラインを見つけ、それにトライしたということ。具体的なライン取りを聞くことはできなかったが、予選で他のパイロットのフライトにベラルデのゴースト(対戦相手のゴーストがモニターで重ねられる為、あたかも2機が同時に戦っているようかのような映像を見ることができる。レッドブルが開発した映像技術)が映し出されると確かにベラルデの機体はフライト前半でリードを稼ぎ、この差を守ったままゴールしていた。

2019年のレースからは、予選で1位に3ポイント、以下2位には2ポイント、3位に1ポイントが与えられることになった。ランキングトップのソンカは、ベラルデに次ぐ2位となって貴重な2ポイントを獲得。マット、室屋は、逆転の可能性を少しでも高くする為、予選でもポイントでも取っておきたいところだったが残念ながらポイント獲得にはいたらなかった。

●風向きで大きく変化したライン取り。刻々と変わる風がレースを左右する

レースシーン
ゲート9を通過して右斜め上昇するシャンデルでフライトするライン。金曜日から土曜日はこのラインを飛ぶパイロットが多かった
レースシーン
ゲート9を通過してバーチカルターン。日曜日のフライトではこのラインを飛ぶパイロットがほとんどだった。風の影響によるものと考えられる

土曜日の予選では、ゲート9のターンで垂直に上昇せず、シャンデルと呼ばれる上昇旋回をする選手が多かった。これは南から風が吹いていたからではないかと推測される。ゲート9ではシャンデルで旋回した方がタイムは短縮できると判断したパイロットが多かったようだ。

しかし幕張のコースは、南側のリミットラインがかなり近くにあり、速度を乗せたまま水平に旋回してしまうと、南のリミットラインから飛び出してペナルティとなってしまうリスクがあった。

実際、フリープラクティスではベン・マーフィーが、そして土曜日の予選でもマイケル・ギューリアンがゲート9のターンでリミットラインを超えたことによりペナルティを受けている。しかし南から強い風が吹いていれば機体は北に押されることになる為、シャンデルでフライトしてもギリギリでリミットラインをクリアできる可能性があったのだと推測できる。

シャンデルの飛び方もパイロットやチームによって判断が異なっていた。上昇する割合を増やせば速度は低下して旋回半径は小さくなりペナルティのリスクは減る。対して高度を上げなければ速度はついたままターンできるが、旋回半径は大きくなってしまう。

そしてゲート9の攻め方は、翌日、更にパイロット達を悩ませることになった。(後編に続く)

レースシーン
最も速度が低下するパーチカルターンの頂上付近。タイムを削り取る為にはできるだけタイトに曲がりたい。しかし速度が低下したところで操縦桿を強く引き続けると失速して速度が低下してしまう。クルマのレースで攻めすぎてタイヤを大きく滑らせてタイムロスするような状態だ

(文:後藤 武)

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