R35型のGT-Rが登場したのは2007年12月。すでに発売開始から11年が経とうとしています。毎年、少しずつリファインがなされていて、内外装デザインやエンジンチューニング、ミッション、足回りなど、その瞬間の需要に合わせて、開発が継続されてきました。
R35の立ち上げ当時、水野和敏氏の陣頭指揮によって、日産社内でも抜きんでたエンジニアが招集され、「自ら動ける曲者集団」に育て上げられた彼らは、そこらのエンジニアとは一線を画す『別世界』のエンジニア集団でした。私の先輩もそのチームへ呼ばれていきましたが、「必要ない」と判断されると、即日、チームをクビになって戻ってくるくらいに厳しいものでした。
今ではそこにいた精鋭達は散り散りになってしまったでしょうが、当時のGT-R開発メンバーは、「クルマを作るにはヒトを育ててから」という水野氏の言葉の通り、各々のエンジニアが自信にあふれて見えたのを覚えています(※当時、筆者も新車開発エンジニアでした)。
さて、「次期型GT-R」は登場するのか……。仮に新型GT-Rを登場させたとしても、世間をどよめかせるほどのインパクトを持たせられるのか。筆者は「今のままではできない」と考えます。
ご存知の通り、日産にはフェアレディZとGT-Rという2台のスペシャリティカーがあります。
両者は「過去の栄光を大切にする古典的FRスポーティーカー、フェアレディZ」と「速さ=正義とするハイパフォーマンスカー、GT-R」として、その位置づけは明確に分けられており、そのクルマ開発に求められる「エンジニアリングの質」は大きく異なります。
スケジュールに従って黙々と開発作業を行う『サラリーマンエンジニア』集団では、フェアレディZは開発できても、「皆の期待に応えられる新たなGT-R」は完成しないのではと思います。
個人的な見解ですが、今は「GT-Rブランド」の体力を温存すべき、と筆者は考えます。日産には不思議なもので、数年毎に「ブレークスルー」が起こります。そのタイミングに備え、「GT-Rを一時生産終了」する、もしくは、「年間生産台数を制限して限定販売制にする」方が良いかもしれません。
日本を代表する「GT-R」を自然消滅させないためにも、こうした英断も一つの方法だと考えます。
(文:吉川賢一/写真:鈴木祐子、藤野基就)
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