スカGの伝統は、2代目の「羊の皮を被った狼」から始まった!【スカイライン生誕60周年】

そして現代から遡って見ると、歴代スカイラインのターニングポイントとなる機会が訪れます。1963年に第1回日本グランプリが開催され、スカイラインとグロリアで参戦するも惨敗してしまいました。翌年の次戦で雪辱を晴らすにも、1.5Lエンジンの2代目スカイラインでは、到底太刀打ちできません。

そこで開発責任者の櫻井真一郎氏は、軽量な2代目スカイラインにスーパーグロリア6用の直6OHCの2Lエンジンを搭載することを決断。そしてフロントを200mmも伸ばして直6を押し込む大改造を施し、ホモロゲーションのために送り出したのが「プリンス スカイラインGT 」でした。

そして迎えた1964年第2回日本グランプリでは、4ドアセダンのスカイラインGTがレーシングカーのポルシェ904を追い抜き、大歓声の中トップを疾走! 残念ながらレースでは負けたものの、スカイラインの活躍は、その後日本におけるモータリゼーションの大きな原動力になりました。

更に「ポルシェを追い抜いたクルマが欲しい!」という強いニーズに応えるために、量販モデルとして標準仕様のスカイライン2000GT-A と、3連キャブレター仕様のGT-Bを発売。こうして、ここから「スカGの伝統」が始まったのです。