1981年最高速総決算、930ターボ、Z、SA22RX-7、ジャパン、ローレル、コルベット、トランザムどれが勝った?

[外車2位] 260.39km/h

ポルシェ930ターボ by飯島勝朗

ノーマルながらターボパワー炸裂

1979モデルの日本仕様ターボだ。エンジンの中身はほとんど日本仕様のままで、チューニングポイントは、主として排気系に集中。先ずサーマルリアクターを外して排気抵抗を軽減し、アメリカ製タコ足を装着。ターボレスポンスとブーストを高めることに成功している。過給量の増大に伴い、インジェクションはリセッティングされ、この辺の細かい配慮は走行記録にも忠実に反映されている。パワーは3.3ターボ・ノーマルスペックの265ps/5500rpm、40.4kgm/4000rpmは十分に達成されていたようだ。最高速計測、1周めで260.39km/hをマークしたが、2周めは油温急上昇で30km/h近くダウン。通常、エンジン、パワートレーン合体のウォーミングアップが完了するのは2周め以降で、徐々にスピードアップされるはずが、逆にダウンしてしまった。ピットイン後のチェックで、オイルシール破損によるリークと判明したが、このトラブルがなければ260km/hをかなり上回ったと思われる。しかし、EC仕様よりバルブ開度を狭めてある日本仕様で、この記録は立派。ポルシェ930ターボの実力を十二分に発揮した走りであった。

 

[国産車5位] 250.87km/h

フェアレディZ 3131cc by カーショップF-1

空力対策が裏目! が・・・!!

最高速250.87km/h、ゼロヨン12秒95と、オールラウンドな走行結果が得られた。ハンドルを握ってみての第一印象は、エンジンの吹き上がりが素晴らしくシャープなこと。このクルマは、新しくエンジンを組み、慣らしは300kmしか走っていないということであったが、それが信じられないほど軽々と走った。ただ、5000rpm以上になるとやや重い感じが残り、これが250km/hにとどまった原因と思われる。エンジンフードに特製のエアダクトを設けてあったが、これは最高速時に空気が入り過ぎ、フードが多きく膨れ上がって空気抵抗を増す結果となってしまった。それで、2回めのトライアルでは急遽ガムテープで穴をふさいで出走。車速は248km/hから250km/h台と伸ばすことができた。足まわりはニッサン純正レース用を組み込んであったが、バンク内ではバネがやや硬過ぎの傾向で、かえってあおりが多くピッチングを示し、これは車速を押さえる要因となるので、バネ&ダンパーのマッチングにも一工夫が必要。

 

[国産車6位] 250.00km/h

フェアレディZ 3006cc by チャレンジ

チョップドZは高速安定低抜群、が、自己更新ならず

ルーフを切り詰めて車高を80mmほど下げたチョッパーマシン。本誌トライアルでも、すでに253km/hの実績を残している。このときは、高回転域の伸びがもう一歩というところで、今回は全開時ミクスチャーを再調整してきたとのことであった。しかし、結果は思わしくなく、250.0km/hどまり。走らせてみると、6000-7000rpmの間でガスが濃過ぎる感じだ。この領域での伸びがどうも鈍い。もちろん、250km/h出れば絶対レベルとしては相当に速いといわなければならないが、当日はZの260km/h台が2台も出ているので、ショップサイドとしては、いたって不満。しかし250km/hから上の勝負は大変である。そう簡単に実現できるものではない。かなりの努力を傾注しなければならないが、その点では意欲十分であり、近い将来、目標へ到達しそうな気配だ。足まわりのチューニングは完全で、バンク内での挙動は安定し、何の不安もなく周回を重ねることができた。アンダーフロアの気流を整える工夫もしてあり、また、ルーフを下げたこともボディリフトを低減することに寄与しているらしく、空力的にも申し分のないレベルに達したマシンである。

この記事の著者

永光やすの 近影

永光やすの

「ジェミニZZ/Rに乗る女」としてOPTION誌取材を受けたのをきっかけに、1987年より10年ほど編集部に在籍、Dai稲田の世話役となる。1992年式BNR32 GT-Rを購入後、「OPT女帝やすのGT-R日記」と題しステップアップ~ゴマメも含めレポート。
Rのローン終了後、フリーライターに転向。AMKREAD DRAGオフィシャルレポートや、頭文字D・湾岸MidNight・ナニワトモアレ等、講談社系車漫画のガイドブックを執筆。clicccarでは1981年から続くOPTION誌バックナンバーを紹介する「PlayBack the OPTION」、清水和夫・大井貴之・井出有治さんのアシスト等を担当。
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