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■プロローグ・軽市場復活をもたらした功労者 ~初代アルトをふりかえる~
考えてみると、初代からいまに至るまで同じネーミングを一貫し、乗用ユースを主体に続いている軽自動車の中では、スズキの「アルト」が最古参になりました。
1979(昭和54)年登場のアルト以前から存在し、いまも看板に名を連ねるクルマには、1963(昭和38)年生まれのマツダ「キャロル」、1970(昭和45)年のスズキ「ジムニー」、1974(昭和49)年のダイハツ「タフト」がありますが、キャロルはいったん途絶え、1989(平成元)年の新生版とその次の代のキャロルは、当時のアルトのメカ部分をマツダオリジナルのデザインで包み込んだ合作。現在売られているキャロルはまるごとアルトのOEMとなっています。
ジムニーは、スタート当初はレジャーユースも視野に入れた商用トラックの仕事グルマで発進し、3代目から乗用車オンリーに路線変更しましたが、元来、アルトとはまったく別の方向を向いたキャラクターのクルマです。
タフトはもともと商用登録の1000ccオフローダー。1世代で終えた後、SUVブームに乗った新ダイハツ軽にかつての名前をつけたにすぎません。
長きに渡り、アルトと双璧をなしていたのはダイハツ「ミラ」ですが、本家「ミラ」をやめ、「ミラ・トコット」や「ミラ・イース」を販売中…いまのアルトの真っ向ライバルは、このミラ・イースが担っています。
そもそも「乗用風軽商用車」の元祖がアルト。根っからの乗用版は、後ろのハッチゲートをガラスハッチに代えた「フロンテ」が受け持ちました。冒頭で「乗用ユース」と書いたのはちょっとした引っ掛け。排ガス規制が乗用車に対して少し甘く、税金も少し安いのはいまも同じながら、軽自動車の日常の乗車人数はいま以上に1人か2人…ここに加えて1979年当時は、車両本体価格に含まれる物品税が軽乗用車よりも軽商用のほうがはるかに安いというのがありました。どうせ後席を使わないなら、乗用車として使う商用カテゴリーの軽を造ってもいいじゃないか…この着想が、初代「アルト」に結実し、「47万円」という低価格で大ヒットしたのでした。
これがいわゆる軽ボンバン(ボンネットバン)の始まりですが、乗用車設計なのに、バン化してリヤスペースをレジャーユースにフル活用するコンセプトで先ごろ追加された「スペーシア・ベース」は、思えば初代アルトの思想を現代版に置き換えながら40年越しで甦らせたクルマに映ります。
それはともかく、まず最初に初代アルトに触発されたのが当時の富士重工。といっても、対抗馬として送り出したのは、そのときのレックスバンの装備を見直し、価格を48万円に抑えた「ファミリーレックス」で、あくまでも応急策に過ぎませんでした。
1980年、ダイハツはMAXクオーレをモデルチェンジした乗用「クオーレ」の商用版「ミラ・クオーレ」で真っ向勝負に躍り出ました。タイミングからいってアルト登場時は開発後期にあったはずで、このときダイハツは「先越された!」と思ったに違いありません。
その間(かん)、ファミリーレックスでつないでいた富士重工は、81年にレックスをFF化してバリエーションを再編成。当然「レックス・セダン」ではなく、「レックス・コンビ」で本格攻勢にようやく乗りだします。
同時に三菱はミニカのビッグマイナーチェンジ時に追加した「ミニカ・エコノ」で参戦…アルトショックに揺れた富士重工・ダイハツ・三菱は、3方向からアルトを囲い込む作戦に出たわけです。
2輪免許で乗ることができたのが普通免許必須になり、車検が義務化されて以降、「軽はなくなる」といわれるまでに軽市場は縮小。初代シビックのヒットを機に普通車事業と海外進出に集中すべく、「ライフ」を最後に軽市場から撤退していたホンダに、「トゥデイ(1985年)」で再参入をさせるほど軽市場を吹き替えさせた功績は、税制の盲点を突き、47万円の低価格で大ヒットさせたアルト&スズキによるものでした。そして軽自動車市場がふたたび乗用主体になるのは、物品税廃止・消費税導入で乗用軽が買いやすくなる1989(平成2)年まで待つことになります。
いまでこそハイト型・スペーシアやワゴンRの影に隠れ、かつてほどの存在感が薄れているアルトですが、スズキにとってアルトは、トヨタに於けるカローラに匹敵する重要なクルマであり、日本の軽自動車史の1ページに大きなエポックを残した軽自動車として認識しなければならないクルマであり、これからも続いていくべきクルマです。
●ハイブリッド車2種、ガソリン車2種、計4つのバリエーションで、バンモデルは廃止
本「新車リアル試乗」の第5回目は、前回と同じくふたたびスズキ車で、昨年2021年12月に発表・発売された現行アルトを採り上げます。
数えて9代目となるアルト。代を追う中、ホットモデルである「ワークス」がイメージリーダーだった時代があれば、変わり種「スライドスリム」「ハッスル」を擁していたモデルもありましたが、それも景気の良かった時代までで、スズキの主力が「ワゴンR」に移り、よりスペ―シーな「パレット」「スペーシア」が加わって以降は、スズキラインナップの中で脇役にまわった感があります。
バリエーションは基本的に4つ。下位2種がアイドリングストップ付きガソリンエンジンで、上位2種がハイブリッドモデル。機種によって数種のメーカーオプションパッケージが「●●●装着車」という形で与えられています。
安いほうから並べてみると…
まず基本機種となる「A」。あると便利な装備の一切合財が省かれるという、車名由来のしゃれを自ら否定するモデル…ではありますが、最廉価機種もさすがに2020年代ともなるとマニュアル式のエアコン、前席パワーウインドウが標準で付き、バックアイカメラ付きディスプレイオーディオがメーカーオプションで用意されています。
次に高いのが「L」で、パーソナルあるいはファミリーで使うならこのLが最低ライン。ここから運転席オートの挟み込み防止機能付きパワーウインドウ、電動格納式のドアミラーといった便利デバイスが付くようになるのと、外観ではドアハンドルが車体色になり、ホイールにはカバーが取り付けられます。
それでは不足という向きには、背伸びして装備がハイブリッドX(後述)に近づく「アップグレードパッケージ装着車」があり、外側ではヘッドライトがLED化、リヤサイドとバックドアのガラスがスモークガラスに、内装ではエアコンがフルオート式に変わり、運転席シートが上下調整付きにグレードアップします。
その上が「ハイブリッドS」。ハイブリッド化に伴うデバイスの他、フロントバンパー上部を日本刀のようなメッキガーニッシュで加飾、ドアミラーがボディ色になる以外の装備はおおかたLに準じており、いわばLのハイブリッド版といったところ。ハロゲンランプの光で足りないひとには「LEDヘッドランプ装着車」が用意され、LEDランプとスモークガラスが備わります。
さらに上の「ハイブリッドX」はシリーズの最上級機種となります。間欠時間調整機能つきワイパー、ボタン始動のキーレスプッシュスタート、チルトハンドルが備わり、外側ではアルミホイールを履くのがハイブリッドXだけの特権。
車両周囲360度を映し出す全方位モニター関連一式をまとめた「全方位モニター付ディスプレイオーディオ装着車」、全方位モニター関連のカメラセットにとどまる「全方位モニター用カメラパッケージ装着車」には、USB電源ポート2個と、なぜか標識認識機能とヘッドアップディスプレイもおまけでついてきます。
今回の「リアル試乗」では、これだけあるアルトの中でもいちばん安い、アルトAを主役に据えました。
商用バンが発祥のアルトが乗用を主軸にしてからも、代々商用モデル「アルト・バン」がラインナップされていましたが、今回の9代目からついぞなくなり、すべて乗用モデルとなりました。ただしこれまでのバンユースor社用車需要を無視するわけにもいかないというわけで、このアルトAは従来のバン需要を満たすポジションにあります。
トラックと同じ商用バンなのに乗用車の顔をしていた初代アルトとは対照的に、乗用車でありながらライトバンの趣を濃くする9代目アルトA…あまりメディアで登場しないこの最廉価アルトにみなさんも興味があるのではないでしょうか。
全長と全幅は軽サイズ枠いっぱいの3395×1475mm。全高は、ハイト型を見慣れた目にはずいぶん低く見えるのですが、それでも1525mmあります。全長、全幅、そして2460mmのホイールベース、いずれも先回のワゴンRスマイルと同じ寸法。
ついでにいうとタイヤサイズも最小回転半径(4.2m)も同じなのですが、枠が限られている軽自動車も、背丈が違うだけでこれほど別のクルマに映るものか! 各社軽のスタイリングには、5ナンバーサイズの呪縛から解き放たれたのをいいことに、モデルチェンジのたび、何のためらいもなく肥大化を続ける普通車では見ることのできないデザインマジックが光ります。
アルトは代々、女性ユーザーをメーンターゲットにしたスタイルで続いてきましたが、先代は初代アルトを彷彿させながらも、どこか男性ユーザーも取り込もうという意図が見えました。スタイルだけでなく、途中でターボRS、ワークスを追加したのもその表れだったでしょう。
現行にはリストのどこを見ても走りのホットモデルは存在せず、その思想はふたたび先々代までの路線に回帰したように思えます。先代の要素を強いて挙げれば、フロントのランプ形状とグリルレス風の顔くらい。フロントガラスもバックドアガラスも起こされ、キャビンが拡大されていますが、だからといって実用一点張りというわけではなく、フロント斜め前から見るとボーイズレーサーの雰囲気さえ漂います。その傍ら、写真では得られない感覚なのですが、実車に接近したとき、グリルレス風のフロントには昔のスバルR-2、前ドア側から車両先端側を眺めた際のフロントフェンダー付近は5代目ミラの雰囲気が感じられ、後ろ姿はテールランプのグラフィックスから、実車でも写真でも、近々終焉を迎える最終マーチに似ていると思いました。
筆者がこのAで気に入ったのは、ドアミラーの黒(の塗装)、ドアハンドルの未塗装、ホイールキャップはなく、鉄丸出しであるところです。人間だって街を歩いていれば他人の肩に触れることがあるもの。たとい新車での納車当日にどこかを損傷させたとしても、ハナっからこれくらい簡素ならショックは少なかろうという良さがあります。だったらAに限ってはバンパーも未塗装でよかったのにと思うし、他車(や電柱、壁など)との接触を前提とする造りの機種やオプションパーツがもっと用意されてもいいのではと思います(例・バンパー未塗装のクルマや、未塗装バンパーをオプションで用意するなど。)。
その意味で筆者は常々トヨタのプロボックスに注目しているのですが、このアルトAもその仲間に入れられると思います。
●内装はほぼ共通。機種間の区別はほとんどなし
ただし、外観とは裏腹に、いや、意外にというべきか、値段の高い安いにかかわらず、室内の造りにほとんど差は見られません。オートエアコン、ボタン式エンジンスターター、USB電源が付くハイブリッドXに目立った違いがあるだけで、むしろAは、上のLやハイブリッドSとほとんど同じというべき。ヘタに内装を機種分けして部品種類を増やすより、いっそ割り切って共通化し、管理コスト低減が図れれば、そのまま車両価格抑制につながる道理です。部品種類の増加はいつも現場の悩みの種。生産工場の、特に組み立てラインや生産管理部門は喜んだことでしょう。厳密にはA専用の部分があるのですが、これは後ほど。
乗りこむと、内部構造は同じなのか、ハンドルを中心に、インパネシフト、その左に空調操作、上部にセンター吹出口を両脇とするオーディオといったレイアウトは先代と同じ。写真で見比べる限り、4つの吹出口、ハザードボタン、シフトレバーやその位置表示パネルばかりか、グローブボックス、空調やシフトやその下のもの入れスペース、フロントドアのパワーウインドウスイッチ部を取り囲むパネルは先代のパーツをそのまま使っているようです。
最新スズキ軽に共通する1眼式のメーターは、ハイブリッド車用とガソリン車用の2種類で、基本的に共通デザインですが、その違いはせいぜい速度計のプロッティングが、ガソリン車版は大ざっぱになり、シルバー飾りが省かれるくらい。
パネル右下のマルチインフォメーションディスプレイは、むかしの任天堂ゲームウォッチのように、かたどられた数字や絵柄が点消灯するセグメント式のモノクロ式で、スペーシアや先回のワゴンRスマイルで見られた、多彩なアニメーション表示で見せるカラー高精細タイプはハイブリッドXにさえありません…このへんにスズキが定める現在のアルトのポジショニングが見て取れますが、アルトはこれでいいのだと思います。
ただし、ワゴンRスマイル同様、運転中にまだら模様が映り込んでゆらゆらうごめくのは要改良。「何が映っているんだろう。」とアクリル面に近づいてまだらがまとまったとき、その模様が見たくもない自分の顔であったことがわかります。
いざハンドルを握って走りだしてみると…いや、走りのお話は第2回で。
(文:山口尚志 写真:山口尚志/スズキ)
【試乗車主要諸元】
■スズキアルト A(3BA-HA37S型・2022(令和4)年型・2WD・CVT・シルキーシルバーメタリック)
●全長×全幅×全高:3395×1475×1525mm ●ホイールベース:2460mm ●トレッド 前/後:1295/1300mm ●最低地上高:150mm ●車両重量:680kg ●乗車定員:4名 ●最小回転半径:4.4m ●タイヤサイズ:155/65R14 ●エンジン:R06A(水冷直列3気筒DOHC) ●総排気量:658cc ●圧縮比:11.5 ●最高出力:46ps/6500rpm ●最大トルク:5.6kgm/4000rpm ●燃料供給装置:EPI(電子制御燃料噴射) ●燃料タンク容量:27L(無鉛レギュラー) ●モーター:- ●最高出力:- ●最大トルク:- ●動力用電池(個数/容量):- ●WLTC燃料消費率(総合/市街地モード/郊外モード/高速道路モード):25.2/23.0/26.0/25.8km/L ●JC08燃料消費率:29.4km/L ●サスペンション 前/後:マクファーソンストラット式/トーションビーム式 ●ブレーキ 前/後:ディスク/リーディングトレーリング ●車両本体価格:94万3800円(消費税込み・除くディーラーオプション)