ヤマハ「トリタウン」に試乗してわかった。見た目は電動キックボード?いやいや、走りを楽しめるまったく新しい乗り物でした

■ただ乗るだけでも楽しめるTRITOWN(トリタウン)

●夢は45年前のパッソルから始まった

ヤマハ TRITOWN(トリタウン)
ヤマハ TRITOWN(トリタウン)

皆さん、初めて自分自身が動かした乗り物はなんですか?

私は3輪車でした。

どこかへ行ったとかの記憶はないですが、ただその愛車に乗ること自体が楽しかったのをぼんやり覚えています。ヒックリ返してペダルで車輪を空転させる遊びも好きでした。

パッソルを3輪にしたLMWアイデアの原点
パッソルを3輪にしたLMWアイデアの原点が1977年にあった

そのような記憶体験があった人が、きっとヤマハ発動機社内にもいたのかも知れません。1977年、ヤマハはスクーターブームのきっかけとなる大ヒット商品「パッソル」を誕生させますが、同年、パッソルのフロントタイヤを2輪にした3輪車がコンセプトモデルとして製作されたそうです。これが、同社の記録に残っている古い「3輪車」の歴史なのだそうです。

八千草薫さんがイメージキャラクターのヤマハ・パッソルは1977年発売
八千草薫さんがイメージキャラクターのヤマハ・パッソルは1977年発売

ちなみに、パッソルはおしとやかな女優、八千草薫さんがCMキャラクターを務め、スカートを履いた女性にも足を揃えて乗れるイメージをもたらしてくれました。

ソフィア・ローレンが「ラッタッタ」と言って元気にホンダ・ロードパルにまたがっていたのと対象的です。当時の女性にとって、バイクに乗るのはよほどアクティブで、50ccの原付きでも一般的ではなかったわけです。つまり、スカートを履く女性に対して、ヤマハが新しい乗り物を開発したとも言えます。

デザインスケッチとして3輪モビリティのアイデアは綿々と続いていた
デザインスケッチとして3輪モビリティのアイデアは綿々と続いていた
1977年に研究・開発していたフロント2輪の試作3ホイール車
1977年に研究・開発していたフロント2輪の試作3ホイール車

パッソル3輪車は製品化されませんでしたが、その後も、様々なアイデアスケッチや、実験としてヤマハは3輪車を生み出そうとしていたようです。データ取りや特許出願なども続けたものの、なかなか製品は生み出されません。

しかし、常に新しい乗り物として、その発想は温め続けられていたようです。

ヤマハ・トリシティ125。トリシティはこの他に、155、300とラインアップする
ヤマハ・トリシティ125。トリシティはこの他に、155、300とラインアップする

時は流れ、ついにその時はやってきます。バイクのようにリーン(傾斜)して旋回する3輪以上の車両を、LMW(リーニング・マルチ・ホイール:ヤマハ発動機の商標)と名付けられたその乗り物は、2014年に「TRICITY(トリシティ)」として登場します。

トリシティのLMW機構部分。左右の前輪はリンクして動く
トリシティのLMW機構部分。左右の前輪はリンクして動く

フロントの2輪は直進時には長方形、コーナリング時には平行四辺形に傾くリンクとなったサスペンションアームを持っています。後輪は1輪で、法規上はフロントの2輪は一体とみなされるため、トライクではなくバイクと同じ2輪車扱いです。

トリシティは、一般的な2輪車と同じように、身体を傾けることでコーナーを駆け抜けることができながら、安定感は2輪以上のものです。通常バイクは、コーナリング中にフロントのグリップを失うことでほぼ転んでしまいますが、トリシティはフロントの片側がグリップを失っても、もう一輪が踏ん張ってくれることが期待できます。そうしたことからも、運転による疲労はバイクに比べ相当に軽減されます。

LMWモデルとしては現在最大サイズのNIKEN(ナイケン)GT
LMWモデルとしては現在最大サイズ845ccのNIKEN(ナイケン)GT

2輪が4輪に比べ疲労度合いが大きいとされる原因に、視点を進行方向に保っていないと走れない、転んでしまうことも挙げられます。乱暴に言えば、4輪車は前を見てなくても走れてしまうとも言えますし、よそ見運転が4輪車での事故の主な原因のひとつになっているとも言えます。LMWがよそ見運転できるとは言えませんが、2輪よりもリラックスして周りの様子を窺い知ることができるようです。実際、運転中の視野がバイクに比べ広がったといった実験も行ったとのことです。

そのように、2輪と4輪のいいとこ取りを可能にしたようなLMWですが、ヤマハ社内のアイデアグランプリ、いわば放課後の部活動的研究・発明の成果を競う社内イベントで、新しいタイプのLMWが出展されたそうです。

のちにトリタウン(TRITOWN)となるその乗り物の何が新しいかと言うと、シートがない、立って乗る、前輪と左右の足が連動しているタイプのLMWでした。これを見た、その後開発を手掛けることとなる大野さんは光るものがあると感じたそうです。

アイデアグランプリから研究開発プロジェクトが立ち上がり、当時のマネージャーがトリタウンの原型となるアイデアの価値を認めて、本気でビジネス化を目指すプロジェクトを立ち上げると決定がくだされます。

これはオモシロイと誰かが考えついたひとつのアイデアが、これはイケると認められてビジネスへと成長していくのも、ヤマハらしさを感じます。

実はトリシティは、停止状態では自立していることができません(現在、自立サポートするモデルも一部あり)。2輪車と同じように、足を地面に付ける必要があるのです。ところが、アイデアコンテストの立ち乗りLMWは停止時に立っていられます。その違いは、ステップが前輪に連動しているかどうか、というところ。

我々人間は2本の脚でなんとなく立っていますが、実は前後左右に重量配分を自然と行っているから可能になっています。これと同じように、トリタウンはLMWの前輪の傾きを、運転者の2本の脚でバランスを取ることで停止時に立っていられます。

これまでトリタウンは、実際に使ってみるとどうなるのか、静岡県掛川市の「つま恋リゾート彩の郷」でアクティビティとして、また岐阜県高山で観光地での移動の乗り物としてなどの実証実験が行われてきました。

そんなトリタウンに試乗することができました。新しい乗り物に初めて乗るのって、ワクワクします。

●不思議と停止時にも当たり前のように立っていられるトリタウン

TRITOWN(トリタウン)
TRITOWN(トリタウン)

用意していただいたのは、YAMAHAワークスカラーのブルーに、モンスターエナジーのロゴマークでカラーリングされた最新モデルのトリタウン2台と、これまでテーマパークなどで実証実験などで使用してきたもの。最新モデル2台のほうは、もてぎで開催された2022MotoGP日本でYAMAHAワークス「Monster Energy Yamaha MotoGP」チームに貸し出していたもので、「#20 ファビオ・クアルタラロ」と「#21 フランコ・モルビデリ」の直筆サインがバッテリーに書かれています。

TRITOWN(トリタウン)
TRITOWN(トリタウン)

サーキットやテーマパークなど、「歩くとちょっと大変」な場所での移動には最適というわけです。最新モデルには、ヘッドライトやウインカーなど、補機類が取り付けられていますが、いずれもプロトタイプではあり、ナンバーを取得して公道を走るものではありません。

ちなみにヤマハでは、座席、シートがないトリタウンを、いまのところ原付き、2輪車などの乗り物扱いではないと考えているのだそうです。現在、日本では電動キックボードなどの基準を決めている最中ですが、ドイツなどではこれらも乗り物としてすでに認められているそうで、例えば最高速度は25km/hなどと法基準があるのだそうです。そのため、最新のトリタウンは速度制限をセレクトでき、最低では電動車椅子と同じ6km/h、最高では25km/hに設定できるようになっています。

まず、乗る前に開発、テストなどを担当された長谷山寛さんからレクチャーを受けます。車両後方に立ったら、ハンドルに手を掛けます。右が前輪、左が後輪と、自転車と同じように配置されたブレーキレバーを握ります。片足をステップに乗せたらサッともう片方の足を反対のステップに乗せれば乗車完了。

片方のブレーキを握ったまま、4輪車のサイドブレーキのように後輪と、フロントサスのリンクを固定させるロックを解除すると、運転者自身がバランスを取って自立します。

予想では、フラフラしてバランスさせるのが難しいのでは?と思いましたが、不思議なくらい安定して立っていられます。

スロットルはバイクのようなグリップを回すのではなく、電動キックボードによくある右手の親指でレバーを押し回すタイプです。

トリタウンでの楽しめる走り
トリタウンでの楽しめる走り

ゆっくりとレバーを押すと後輪に組み込まれたモーターが回り始め、トリタウンは前に進みます。

電動ですのでもちろん静かに、しかし、モーターらしいシッカリとした加速感です。アクセルをさらに押し込むと強く加速します。

ブレーキは、やはり自転車と同じように左右同時に使用して停止します。こちらは自転車に乗ったことがあれば特に問題なく停止できます。

数回、直線上に発進停止を行い、いよいよコーナリングを試してみます。

●走るほどに奥の深さと楽しさを感じるトリタウン

トリタウンでの楽しめる走り
トリタウンでの楽しめる走り

極低速で向きを変えるときは、直立した状態でハンドルを切れば曲がってくれます。狭い通路で方向を変えるときなどはこのようにするほうが良さそうです。

次に、ある程度の速度で曲がってみます。今度は身体を傾け、リーンさせて曲がってみました。

なるほど、バイクのように前輪が傾いてコーナリングしていきます。初めてでかなり倒し込んでも安定した姿勢を保ってくれます。この時、ステップと一緒に左右の足の裏は地面に対しては同じ高さで傾く点がバイクやトリシティと違っています。人間のほうは左右で膝の曲げ角が違ってきます。膝の角度が変わらないバイクとやはり違っています。

ここで、レクチャーいただいた長谷山さんに、「スキーのように膝を使って曲がるのがコツです」と教わります。

そこで今度は、単に身体を傾けるのではなく、スキーのように内足と外足を意識して、コーナリングしてみます。「私をスキーに連れてって」で、インストラクター級の三上博史がスキー初心者の原田知世にそんなレクチャーをしていたのを思い出しました。

トリタウンでの楽しめる走り
トリタウンでの楽しめる走り

なるほどなるほど、ほんのちょっとだけ前傾気味で、腰を少し落としながら、コーナーイン側の内足のほうをやや大きく曲げながら、身体を倒し込んでいくと、さっきよりもすうぅーっと曲がってくれる気がします。気持ちいいコーナリングです。

トリタウンでの楽しめる走り
トリタウンでの楽しめる走り

試しに、足の曲げは同じにしながら、身体を傾ける角度を車体よりも大きくしたり、小さくしたりもしてみます。リーンインやリーンウィズ、リーンアウトといった具合です。

どんな傾け方でも曲がることは曲がってくれますが、やはり車体と同じ傾け方が、トリタウンとの一体感があって一番気持ちよく感じました。けれど、速く走らせる乗り物と考えるとリーンインで内側に身体を落としたほうが楽しい気もしますし、身体をアウト側寄りにするのも自分自身の傾斜が小さくて面白い乗り物にも思えます。

よーするに、いろんな乗り方があって、どんな乗り方でも楽しめて、奥が深い乗り物だというわけです。やっぱりスキーに似ています。最高速度は今のところ25km/hで、スイッチ操作により、リミッター設定できるようになっています。遅くても楽しめるわけです。

ゆっくり走っても楽しめる
ゆっくり走っても楽しめる

しかし、少し余裕が出てリラックスしたモードで運転すると、とても周りを見ながら移動できているのに気付きます。移動中、今まで見たことのないものを見かけ、アクセルを戻しつつスピードを緩め、「あれ、なんだろう?」と思う方向へアプローチする。2輪のキックボードでは、ある程度スピードを出すか、倒れないようバランスを取るほうに気を向けるか、あるいは地面に足を着くのどれかになりますが、トリタウンでは、バランスを意識しなくてもゆっくり走れて、そのまま自立できる。人がジョギング中に不思議なものを見つけ、それを確かめるため走るのをやめてゆっくりと近づいていき立ち止まる、そんな自然な動作が乗車しながら可能なのがわかりました。

最新モデル以前の実証実験モデル
最新モデル以前の実証実験モデル
最新モデル以前の実証実験モデル
最新モデル以前の実証実験モデル

今回、新型モデルとそれ以前の実証実験モデルの両方に試乗しました。基本的な操作や動きは新型と変わりませんが、やや安定指向な感覚です。新型のほうが、曲がり方が軽やかな印象です。坂の多い高山市での実証実験を踏まえ、坂道での加速などにも余裕を持たせた改良がなされている、つまりパワーアップしているわけです。

実証実験モデルに乗ると新型のシッカリ感と軽やかさがわかる
実証実験モデルに乗ると新型のシッカリ感と軽やかさがわかる

多くの乗り物はプロトタイプでクイックだったものを、市販に向けて穏やかな方向へ軌道修正していくのが一般的だと思いますが、逆です。さすがヤマハ、乗って楽しめる方向へ舵を切って市販を目指しているようです。

●今後の展開はまずはレジャー用途としての利用から

技術・研究本部 技術開発統括部 プロジェクト推進部 プロジェクト推進グループ 主務 大野孝祐さん
技術・研究本部 技術開発統括部 プロジェクト推進部 プロジェクト推進グループ 主務 大野孝祐さん

そんな乗って楽しい、移動手段としても楽しめる、おもしろ乗り物「トリタウン」開発担当の大野孝祐さんにお話をお聞きすると、それを証明するようなエピソードもあったようです。

「ヤマハのMotoGPレーシングチームから、トリタウンをサーキット内での移動用に使用したいという申し出があり、それが実現したんです。
トリタウンは彼らワークスライダーが普段乗っているレーシングバイクとは全然違う乗り物であるにもかかわらず、ぱっと乗ってヤマハらしい雰囲気を感じる、とおっしゃっていただいた現象が、私にとって率直に興味深いと思いました。くわえて、『”ヤマハらしい”広がるモビリティの世界』の具現化を日々思いながら開発に取り組んでいる身としては、ワークスライダーの試乗コメントから『ヤマハらしさ』というワードが出てきたことがうれしかったですね」

ランドモビリティ事業本部 LM戦略統括部 PLEV事業推進グループ グループリーダー 米田洋之さん
ランドモビリティ事業本部 LM戦略統括部 PLEV事業推進グループ グループリーダー 米田洋之さん

さらに、これまで実証実験を行ってきたわけですが、トリタウン全体を統括している米田洋之さんによると、

「実証実験を行ったつま恋は、いろんなアクティビティを楽しもうといったコンセプトのリゾート施設なんです。そこでは、一時間単位の有料でお貸し出ししてトリタウンに乗っていただき、多くの方に楽しいと感じていただき、これはイケると実感できました。中でも、とある若い女性のお客様で、一度利用していただいた後日、その方にまたお乗りいただいたんです。お聞きすると『トリタウンに乗ったのがとても楽しかったのでもう一度乗りたくてここへ来ました』とおっしゃっていただけたんです。これは我々の狙いを感じていただいたとても嬉しいエピソードですね」

ランドモビリティ事業本部 LM戦略統括部 PLEV事業推進グループ 主務 桂雅彦さん
ランドモビリティ事業本部 LM戦略統括部 PLEV事業推進グループ 主務 桂雅彦さん

いやー、やっぱりそういう広いところで乗るとさらに楽しい乗り物なんですね。どんなシーンで楽しめるのか、期待大です。

トリタウンの事業としての展開をまとめている桂雅彦さんに、今後の展開についてお聞きしました。

「これまでの実証実験や皆さんの反応などからも、レジャーとしての用途をメインに進めていければと思っています。また、まだまだヤマハの小さな電動の乗り物というものが世間一般に認知されているとは言えませんので、その辺をアピールしつつ、いろんなお客様に知っていただく機会を持っていきたいと思っています」


●日本発の新モビリティとして歴史に残るか?

トリタウンでの楽しめる走り
トリタウンでの楽しめる走り

日本での公道使用は、法整備が先だということで、電動キックボードなどとともに今後きちんと状況が整えば、乗り物メーカーとしてはすぐにでも対応可能ではあるのでしょう。

しかし、必ずしも公道で便利に使うだけでなく、クローズドのコースで走るのを楽しむのもよし、散策やハイキングの感覚で風景や名所旧跡を巡るのにもよし、と使い方が無限に広がると言っても言い過ぎではない、そんなまさしく新しい乗り物に出会えたことを嬉しく思います。生まれて初めて三輪車を運転したとき、やっと自転車に乗れた時と同じ感動です。

トリタウンでの楽しめる走り
トリタウンでの楽しめる走り

乗るとわかりますが、トリタウンはこれまでのどれとも違う乗り方をする新しい移動体。純粋に日本で発明された乗り物として、歴史に残るモビリティとなる、そんな可能性すら感じさせてくれます。

そして、オモシロイと思ったからアイデアを出す。それを見てオモシロイと言った人がビジネスに繋がると思う。ヤマハだから45年もの間つながってきたアイデアの原点が、実を結ぶこともある。そんなものづくりの夢をトリタウンから感じたのでした。

●トリタウン(実証実験車両)概要

全長×全幅×全高:1140×620×1140mm
車両重量(バッテリー装着):40kg
走行速度:0〜25km/h(制限設定可能)
モーター形式:インホイールモーター
モーター出力:500W
バッテリー形式:リチウムイオン
バッテリー電圧:48V
バッテリー容量:380Wh
充電時間:3時間未満
1充電走行距離:約30km

左から、桂雅彦さん、大野孝祐さん、米田洋之さん


(文:小林 和久/写真:水川 尚由)

 

この記事の著者

編集長 小林和久 近影

編集長 小林和久

子供の頃から自動車に興味を持ち、それを作る側になりたくて工学部に進み、某自動車部品メーカへの就職を決めかけていたのに広い視野で車が見られなくなりそうだと思い辞退。他業界へ就職するも、働き出すと出身学部や理系や文系など関係ないと思い、出版社である三栄書房へ。
その後、硬め柔らかめ色々な自動車雑誌を(たらい回しに?)経たおかげで、広く(浅く?)車の知識が身に付くことに。2010年12月のクリッカー「創刊」より編集長を務める。大きい、小さい、速い、遅いなど極端な車がホントは好き。
続きを見る
閉じる