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■あなたにいつでも寄り添ってくれる、「ちょっとそこまで」のおでかけサンダル
アルト「リアル試乗」の第2回は、実際にアルトの最ベーシックグレード「Aタイプ」を街に山に繰り出して見てみます。
といっても、過去4回もそうですが、本試乗ページ作成はすべてひとりで行っていて、自分が走らせているクルマの外観写真を自分で撮ることはできないため、走りの話の割に走りの写真はございません。ごめんね。
●走り
いまは聞きませんが、かつて安いクルマのことを「ゲタ代わり」ということがありました。このアルトAタイプは、日常の買い物・送迎・ちょっと気分転換にそこいら1周という使い方をするには実にちょうどいいゲタ。ゲタが悪ければつっかけ代わりになります。いや、最廉価の簡素モデルだからゲタ、つっかけといいたくなるだけで、スタイルそのものの愛らしさからすると、毎日の移動につきあってくれるおでかけサンダルというのが適切でしょうか。ことにフェニックスレッドパールのアルトには、さわさわという新緑のざわめきが耳をかすめる、春の青空の下の新興住宅地が似合うイメージがある。実際の軽市場はハイト型一辺倒ですが、昔なら若い女性や新米ママががルンルン気分でハンドルを握る姿が似合ったはずのスタイル…やはり遠乗りよりは、「ちょっとそこまで」にうってつけの、おしゃれなおでかけサンダルなのです。
街乗りでの走りの印象にいいたくなる点はありません。出だしはスムースで、出力・トルク不足を感じる点はないし、音も取り立ててうるさいこともありません。いや、先回のワゴンRスマイルに比べたらむしろこちらのほうが静かなくらい。
背中に貼ったサロンパスのようなアスファルトの補修跡を乗り越えるときだって、タイヤは適当にストロークしていなします。毎度書いていますが、前後2.4kgm/cm2という高めのタイヤ圧の割には微小突起に対する小刻みな「ガタガタ」を感じることもなく、快適に走ります。
筆者はかつて550cc・4MTの軽自動車に乗っていた時期がありましたが、高速路で流れに乗ろうものなら「空中分解するのではないか。」と思うほど、走行音がけたたましかったものです。それに引き換え、2022年のアルトの高速走行は、いまの普通車並みというとお世辞が過ぎますが、いまの1000~1300cc級に対してかつてほどの差はありません。
「軽で高速? あぶないヨ」なんていわれた軽自動車ですが、それもいまはむかし。ユーティリティ面から見ても高速走行主体ではないのは事実ですが、高速路を走ったら走ったで、このおでかけサンダルはちょいとしたスニーカーに変わり、ある程度までの長距離なら高速走行をものともしない能力を見せてくれます。今回もエアコンをONにしっぱなしにして走ったのにもかかわらず、100km/h維持に息切れすることはなかったし、道の継ぎ目もリズミカルに乗り越えます。
R06A型658ccエンジンの最高出力は46ps/6500rpm、最大トルクは5.6kgm/4000rpm。特にトルクの5.6kgmなんて、最近の普通車エンジンの20kgm超、30kgm超のトルク値を見慣れた目には実に頼りっけなく見えるのですが、CVTであることに加え、車重が680kgと軽いことからまったく不足感は抱きません。
厳密にいえば、継ぎ目越えの前輪の上下揺れ(ピッチング)が1発で収束するのに対し、後輪は2~3回揺れることがないではありませんでしたが、意識的に神経を研ぎ澄ませていれば感じるくらいのもので、気づかないひとは気づかないでしょう。これは値段を問わず、多かれ少なかれどのクルマにでも見られる挙動で、何の問題もありません。
スペーシア級でもワゴンR並でもない、ごくコンベンショナルな全高のクルマだけに重心が低いため、山間道カーブでの横傾き(ロール)は少なめ、というよりもこの全高ならではの常識的な量です。ここ数年というもの、乗るクルマ乗るクルマ、背高ばかりだったので、むしろこの「ごく普通」な量のロールが懐かしかったほど。一般道ゆえに坂の上り下りは40~60km/h程度にとどめたため、タイヤの鳴り出しは確認できませんでしたが(この程度の速度で鳴り出すクルマも割とある)、155/65R14と車重680kgの組み合わせに難点はありません。
そりゃあ「もうちょいエンジン音が静かになれば」「もうちょい走り味がマイルドになれば」など、挙げれば望みはキリなく出てきますが、それも94万3800円の値札を見れば引っ込めざるを得ません。「いまどき軽自動車でさえ160万~200万円するのに、ハイト型ではないクルマの最廉価モデルなのによくぞここまで仕上げた。」「この値段でここまでできるのなら、他の軽ももうちょい安くしやがれ」と他の軽自動車に対して反感、アルトAに好感を抱いたほど…少なくとも、むかしの軽自動車にあった「安いからがまん」「安いからこんなもの」というフレーズはもはや皆無です。
なお、ターボRSやワークスでもない、標準モデルだけのラインナップなら、いまどき機種ごとに走りの味つけを変えるはずはなく、このアルトAの走り味は他の3機種にも共通だと思われます。
いつもなら80km/h、100km/h時のエンジン回転数は…というところですが、このクルマは回転計がないため、今回は省略。
●世界初のワイパーモーター利用の電動パワステはスズキ・セルボから
タイヤは155/65R14。アルトAのキャラクターなら、タイヤの乗り味だのグリップだのという以前に、タイヤ交換が気軽である点に注目したい。というのも、最近は20インチ前後がザラになり、軽自動車でさえ15インチが標準的になっています。タイヤは消耗品の筆頭ですが、大径化、ましていまは材料価格の高騰もあってタイヤ価格が上昇、タイヤ取っ替えどきが訪れたときの頭痛の種になっています。その意味で、タイヤ価格がおおかた安価ですむこのサイズ選定に好感が持てます…といいながら、実はワゴンRスマイルもまったく同じサイズなのですが、この走行感が維持できるなら、いっそアルトAだけは12インチでもいいヨ。
ハンドルは軽く、右に左にスルスルまわる、まわる、まわる! 筆者は電動パワーステアリング初期の人工的(そもそもクルマ全体が人工物なのですが)が嫌いで、一気に据え切りするときの、断続的に重くなることで生じる引っかかり感、右左折後のハンドル戻り時の不自然感が嫌だったのですが、軽いとは言えなかった電動パワーステアリングも、油圧式に遜色ない感触になりました。
筆者は、ハンドルは軽ければ軽いほどいいと思っていますが、最近の軽自動車の例に漏れず、ちょいと軽すぎるように思います。これが車速の上がる高速路になると適度な重みが与えられますが、街乗りや据え切りではかなり軽く、何だか空まわりしているような感触です。「軽い」と「反力」は相反する要素ですが、もうちょい反力が得られれば、路面の様子やタイヤの弾性変形もわかりやすくなっていいと思います。
モーター式で車速感応がたやすいなら、スイッチ操作でアシスト量を3段くらいに切り替えることくらいわけなくできるはずです。車両価格高騰の折、安易な提案は避けるべきですが、そもそも油圧ポンプ駆動によるエンジン出力損失を免れるべく、ワイパー用モーターをパワステに応用した電動式を、軽のセルボ(1988年)で世界初採用したスズキなら、ここらでそろそろ一手打ってほしいとも思います。
ハンドル回転数は、筆者目測でワゴンRスマイルと同じ片側2回転と5度ほど。すなわち端から端までは4回転と10度となり、フルロック時のタイヤのようすは写真のとおりとなります。
●ひと工夫ほしい、インパネシフトの操作性
先代のパーツをそのまま使いまわした影響もあるでしょう、CVTシフトの操作性はあとひとひねりしてほしいと思った点でした。
見てのとおり、いわゆるインパネシフトで、PRNDLのストレート式。ゲートもシフトレバーも、前後移動のフロア式用をそのままにほぼ垂直面に移した形のため、上下移動を強いることになっています…すなわち動かしにくい。レバー状のものをガチャガチャ操作するとき、人間の手や腕の軌跡からすると、上下移動よりは前後移動のほうがしやすいと思うのです。
このアルトとワゴンRスマイル、写真で比べると、ハンドルとレバーの相対位置はほとんど同じですが、アルトのほうがなぜか低く感じられ、かつ垂直に近いので操作性の難がより浮き彫りになりました。実はこれはメーカー問わずインパネシフト車に共通するもので、ワゴンRスマイルでも感じたことなのですが、あちらはいくらかゲートが上向き傾斜しているため、多少救われています。
そもそもインパネシフトの狙いはサイドウォークスルー。サイド移動のためには、フロアには何もないほうがいいに決まっています。となるとこのようにせざるを得ないわけですが、運転中ははみ出ていてもいいから、P位置をレバーを握れる程度の余白を残してインパネ面ギリギリまで寄せ、レバー根元を回転軸に、扇形を描く前後移動のシフトにできないでしょうか。どうせ横すべりするのはPでの停車中に限られ、そのときだけレバーが引っ込んでいてくれればいいのだから。
シートは形状も表皮も機種間の区別はなく、全車ヘッドレストが一体となったハイバック型。ヘッドレストの上下調整ができないのと、見た目に圧迫感があるのであまり好まないのですが、座り心地は先入観を裏切るものでした。ヘッドレストがヘンに後頭部を前に押してくることもなく、クッションも座面も線のない、曲面全体で身体を受け止める印象です。比べればシート形状も先代とほとんど同じみたい。
適度にすべることで座りなおしがしやすい表皮が「ジーンズ風だな」と思ったら、資料には「あらゆる世代で親しまれているデニムを連想させる表皮を開発」と。青系統ですがちょっと暗いかな。もうちょいスカッとした明るい青のほうがいいのと、同じデニム風表皮のまま、あと1色、赤系統の色でもバリエーションに加えればまた違ったアルトになりそうです。もっとも、違う味わいのアルトを求める向きにはアルト・ラパンがあるわけで…
身長176cmの筆者が運転姿勢をとったときの、開口部や着座高さは写真に示しているとおり。
ハイト型ほどではないものの、着座位置は昔の軽自動車に比べれば高くなっているはずですが、いまはセダンだってけっこうな高さになっているのが実情です。そのような中では、隣りの車線のクラウンのタクシーすらそびえ立っているように見えるほど、このクルマの着座位置は低く感じられるものでした。だからといって有効視界にも乗降性にも難があるということはございませんので念のため。
今回はここまで。
次回、スズキセーフティサポート編でお逢いしましょう。
(文・写真:山口尚志)
【試乗車主要諸元】
■スズキアルト A(3BA-HA37S型・2022(令和4)年型・2WD・CVT・シルキーシルバーメタリック)
●全長×全幅×全高:3395×1475×1525mm ●ホイールベース:2460mm ●トレッド 前/後:1295/1300mm ●最低地上高:150mm ●車両重量:680kg ●乗車定員:4名 ●最小回転半径:4.4m ●タイヤサイズ:155/65R14 ●エンジン:R06A(水冷直列3気筒DOHC) ●総排気量:658cc ●圧縮比:11.5 ●最高出力:46ps/6500rpm ●最大トルク:5.6kgm/4000rpm ●燃料供給装置:EPI(電子制御燃料噴射) ●燃料タンク容量:27L(無鉛レギュラー) ●モーター:- ●最高出力:- ●最大トルク:- ●動力用電池(個数/容量):- ●WLTC燃料消費率(総合/市街地モード/郊外モード/高速道路モード):25.2/23.0/26.0/25.8km/L ●JC08燃料消費率:29.4km/L ●サスペンション 前/後:マクファーソンストラット式/トーションビーム式 ●ブレーキ 前/後:ディスク/リーディングトレーリング ●車両本体価格:94万3800円(消費税込み・除くディーラーオプション)