三菱「コルト」デビュー。ダイムラー・クライスラーとの提携で生まれたコンパクトカー【今日は何の日?11月11日】

■低迷する三菱の再生を目指しコルトの名前が復活

2002(平成14)年11月11日、三菱自動車はコンパクトカーの新型「コルト」を発表、販売は11月16日から始まりました。三菱は、2000年7月にダイムラー・クライスラーと包括的提携を締結。このアライアンスの第1弾として登場したのが、コルトです。

2002年発売の新型コルト、フロント中心に大きなスリーダイヤモンドエンブレム
2002年発売の新型コルト、フロント中心に大きなスリーダイヤモンドエンブレム

●60年前コルト600で初めてコルトの名前が誕生

コルトという車名は、三菱(当時は、三菱重工)にとっては1962年に登場した「コルト600」以降、三菱自動車黎明期の基幹モデルとして人気を博した由緒ある車名です。

1963年登場した4ドアセダンのコルト1000
1963年登場した4ドアセダンのコルト1000

三菱が初めて独自開発した小型乗用車「三菱500」は、1955年に通産省が提唱した“国民車構想”に基づいて開発されたモデル。その三菱500の後継が、1962年にデビューした初めてコルトの名を冠した4人乗り2ドアセダンの「コルト600」でした。パワートレインは、594cc空冷2気筒OHVエンジンと3速MTの組み合わせで、RR(リアエンジン・リアドライブ)レイアウトでした。

その後、初の量産4ドアセダンの「コルト1000」などコルトシリーズが展開され、三菱を代表するセダンの1969年「コルトギャラン」、1970年の名車「コルトギャランGTO」と続きましたが、ここで一旦「コルト」の車名は途絶えます。

●復活したコルトのデザインは、ダイムラー・クライスラーが担当

コルトギャランGTOの販売終了から24年の時を経て、2002年に新型コルトがデビューしました。

デザインは、ダイムラー・クライスラーから派遣されたオリビエ・ブーレイが担当し、ワンモーションと呼ばれたシンプルなフォルムを採用。フロントマスクには、スリーダイヤモンドマークを中心にしたグリルや立体的なヘッドライトを組み込み、リアにかけて流れるようなラインで構成されました。

2002年発売の新型コルトの後ろ外観、流れるようなサイドラインと縦長のリアコンビネーションランプが特徴
2002年発売の新型コルトの後ろ外観、流れるようなサイドラインと縦長のリアコンビネーションランプが特徴

パワートレインは、MIVEC(可変バルブ機構)が組み込まれた1.3L&1.5L直4 DOHCの2機種エンジンとCVTの組み合わせ。駆動方式は当初はFFのみでしたが、4WDを追加。

また販売促進のため、三菱として初めてのフリーチョイス方式“カスタマー・フリーチョイス”を採用。外装から内装色、シート形状、装備類に至るまで、ユーザーの選択の自由度を上げました。

販売促進活動の効果もあり、発売1ヶ月の販売台数は15,000台を超える好調なスタートを切りました。その後、徐々に販売は落ちるものの、三菱を代表するコンパクトカーとして10年以上安定した販売を維持したのです。

●ダイムラー・クライスラーとの資本提携とその解消の歴史

1991年にデビューした2代目パジェロ。パリダカでも活躍してRVをけん引
1991年にデビューした2代目パジェロ。パリダカでも活躍してRVをけん引

三菱は、1990年代に「パジェロ」「RVR」「デリカ」などのRVの大ヒットで業績が急伸し、1995年には国内販売第3となる11.9%のシェアを獲得します。その勢いで拡大路線を展開しますが、その後他社のRVの投入やRV市場の縮小によって、業績は悪化。さらに2000年には、リコール問題が発生して、国内シェアが6.9%まで急降下してしまいます。

経営悪化に苦しむ三菱は、2000年にダイムラー・クライスラーが筆頭株主となる資本提携を締結。ダイムラー・クライスラーの支援を受けながら再建計画を進めますが、米国貸し倒れなどで再建は順調に進まずに2003年に赤字に転落。さらに、直後に大規模なリコール問題が発生して、4月にダイムラー・クライスラーとの提携は解消されました。


新型コルトは、当時リコール問題で販売が低迷していた三菱にとっては、信頼回復をかけた重要なクルマでした。クルマ自体の出来は良かったのですが、リコール問題やダイムラー・クライスラーとの提携・解消といった荒波に押し流された不運な境遇のクルマでした。

毎日が何かの記念日。今日がなにかの記念日になるかもしれません。

Mr.ソラン

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Mr. ソラン

某自動車メーカーで30年以上、自動車の研究開発に携わってきた経験を持ち、古い技術から最新の技術までをやさしく解説することをモットーに執筆中。もともとはエンジン屋で、失敗や挫折を繰り返しながら、さまざまなエンジンの開発にチャレンジしてきました。
EVや燃料電池の開発が加速する一方で、内燃機関の熱効率はどこまで上げられるのか、まだまだ頑張れるはず、と考えて日々精進しています。夢は、好きな車で、大好きなワンコと一緒に、日本中の世界遺産を見て回ることです。
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