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■ミニバンは箱。しかも「キレイな箱」であること
●ミニバンらしさをギリギリに狙ったライン
5月27日に発売された、ホンダ新型「ステップワゴン」のシンプルなスタイルが話題です。近年、派手なデザインが主流となっているミニバン市場にどんな変化が起きているのか? エクステリアデザインを担当した蟻坂氏に話を聞いてみました。
── カタログを見ると新型は「箱」を追求したとありますが、グランドコンセプトである「素敵な暮らし」がなぜ「箱」につながったのでしょう?
「いえ、それは話が逆で、まずミニバンは『箱』だというのが先にあったんです。初代以降、見ただけでしっかり大きさや広さが感じられることがミニバンに求められてきたわけで、変にスラントさせるべきじゃない。そのうえで、自分を主張しすぎない『キレイな箱』を目指したわけです」
── たしかに箱っぽいプロポーションに変化しましたが、たとえばAピラーの傾きを見ても、それほど「立っている」という感じはしません。
「実はAピラーは何度もやり直したところで、当初はもっと後ろに引いていたのですが、それでは室内が狭く見えてしまう。かといって前に出し過ぎると視界が悪くなる。運転席からまったくノーズが見えないと車両感覚がつかめませんから、ボンネットはしっかり見せたい。そうした機能面を踏まえつつ、しっかりとした箱に見える角度に決めました」
── 各部分について伺います。エアーのフロントランプとグリルの厚みは絶妙ですが、これはどうやって決めたのですか?
「これも悩んだところで、当初は丸目やツリ目なども検討したんです。実を言うとクレイモデルを作る中で決めたんです(笑)。構造体の諸条件の中でどこまでスマートにできるか? あまり細くすると攻撃的な表情になってしまうし、全体のボリュームに対して顔が小さく見えてしまう。ミニバンらしさが感じられるギリギリのところを狙いました」
── スパーダのグリルは、写真よりも実車の方が立体的で大きく見えますね。
「新型はリアビューから方向性が固まったのですが、そのリアに対してあまり仰々しい表情はバランスが取れないだろうと。ですからメッキは盛る方向ではなく、細くすることで品の確保を考えました。また、ベタッとした表情にならないよう、すべてのメッキパーツにしっかりとした断面を与えています」
── エアーのバンパー両端には、ボンネットから流れてくる縦のラインが引かれていますが、スパーダにはラインがありませんね。
「左右両端のラインは車幅を狭く見せる効果がありますが、エアーでは『箱』に見せるためにあえて引いています。一方、スパーダはより大きく見せる意図からなくしました。その分、アンダーグリルを横いっぱいに広げることができました」
●シンプルなデザインが受け入れられる世の中に
── 次はサイド面です。初代や2代目のキャラクターラインは「折れ線」でしたが、新型は非常に細いラインです。また、そのラインをクオーターウインドウへ持ち上げました。
「通常、折れ目を入れるとその下にネガ面ができてしまうんです。今回は張りのある面を意識したので、私たちが『V谷』と呼んでいる非常に細いラインで張りを確保しました。ここは製造技術の向上もありますね。また、今回はリアにキャラクターラインを着地させる場所がないので、上に向けることでキレイに消しているんです」
── そのサイド面は、初代などの道具感的な面に比べ、非常に上品に感じられます。
「初代や2代目は、5ナンバー枠の制限の中で室内の広さも確保しなくてはいけませんでした。新型は、当初からドアの厚みが感じられるような張りを目指し、そのために3ナンバー化に踏み切りました。初代などと違って、完全にドアの外側をデザインのために使うことができたんです」
── リアハッチは「箱」というイメージからすると、意外なほど丸みを持たせていますね
「そこは『キレイな箱』ということです(笑)。商用車的にならない張りのある箱ですね。実はここもクレイモデルの段階で何度も作り直したところで、常に360度から確認しつつ徐々にカタチを詰めて行きました」
── 縦長のランプはやはり初代などのオマージュですが、この長さはどうやって決めたのですか?
「上部はリアガラス上端ですぐに決まったのですが、下をどこまで伸ばすかは、実はこれもまたクレイモデルの段階で検討しました。リアガラスはベルトラインより少しだけ下げているのですが、そこにアクセントのメッキモールを入れていて、その位置とのバランスを考えた結果です」
── 最後に。ミニバン市場ではライバルが派手なデザインで好調に売れています。その中で、この新型を含めたホンダデザインのあり方についてどのように考えていますか?
「いや、正直新型については覚悟が必要でしたね(笑)。実は、先代を開発していて、この先もこのままというのは『違う』と感じていたんです。一部の家電製品のように、ベーシックでシンプルなデザインが受け入れられる世の中になるんじゃないかと。そう考えているとき、ホンダのデザインもシンプルな方向に舵を切り始めた。お陰様で初期の受注は好調ですが、これが本物であると信じたいですね」
── ユーザーにもそういう声は少なくないと思います。本日はありがとうございました。
【語る人】
本田技研工業株式会社 四輪事業本部 ものづくりセンター
LPL(シニアチーフエンジニア):蟻坂 篤史
(インタビュー:すぎもと たかよし)