開発者が語る、ヤマハ・MT-09に採用された革新的な「超軽量ホイール」誕生秘話

■超肉薄「スピンフォージドホイール」が出来るまで

高い運動性能とアグレッシブなスタイルで人気が高い、ヤマハのストリートファイターモデル「MT-09」。2021年8月に3代目となる新型が発売されましたが、新開発の888cc・3気筒エンジンやIMUによる高度な制御など、数々の新技術が盛り込まれたことで話題となっています。

中でも注目なのは、随所に織り込まれた軽量化技術です。従来モデル比で約4kgの軽量化を施し、189kg(SPは190kg)という900ccの大型バイクとしてはかなり軽量な車両重量を実現しています。

ヤマハ新型MT-09に採用された超軽量ホイール誕生秘話
ヤマハ・MT-09 ABS

そういった軽量化に大きく貢献した新技術のひとつが、2輪量産車で初採用の「スピンフォージドホイール(SPINFORGED WHEEL)」。これによりMT-09用アルミホイールは厚さ2mmという超肉薄で、前後合わせて約700gの軽量化に成功したといいます。

まさに革新の新技術ですが、一体この技術はどのようにして生まれたのでしょう?

「ヤマハ」ブランドを手掛けるヤマハ発動機の材料技術部に所属し、この新しいアルミニウム加工技術の生みの親である、大島かほりさんが語っていますので、紹介しましょう。

●現場に頼られるアルミブレンダー

大島さんは入社以来、研究部門でアルミ一筋に向き合ってきた材料研究者です。社内では「ヤマハ発動機が誇るアルミブレンダー」と称されるほど、開発や製造の現場からも頼りにされている存在です。

「ほんの少しの条件を変えただけで性格がまったく変わってしまう。本当に繊細で遊びの幅もない相手」。大島さんは、専門であるアルミニウムについて、まるで友人を語るような親しさを込めて語ります。

ヤマハ新型MT-09に採用された超軽量ホイール誕生秘話
開発者の大島かほりさん

金属素材のひとつであるアルミニウムは、2輪車のフレームやエンジン関連、ホイールなど、多岐に渡る部品に使われるほか、船外機など、ヤマハ発動機のさまざまな製品に欠かせない材料です。

ただ、ひとくちにアルミといっても、製品や使用部位、その加工方法によって求められる性格は異なるといいます。一方、今回の新技術が開発された背景には、同社が長年アルミの鋳造を自社で手掛けてきた実績も関係しているそうです。

大島さんは、「弊社には先人たちが積み上げてきたアルミのレシピが豊富にあって、それが強みになっています」と語ります。

ヤマハ新型MT-09に採用された超軽量ホイール誕生秘話
ヤマハ発動機ではアルミ部品は長年自社で製造してきた(出展:ヤマハ発動機Youtube公式チャンネル)

赤々と燃え上がるアルミ溶湯の温度管理や、そこにブレンドする秘伝の“はなぐすり”、そして成形された製品に与える仕上げの熱処理などなど、同社は今でもさまざまなトライを続けながら、自社でアルミ製部品を製造しているのです。

そして、蓄積してきた知見だけでなく、学術的知識や自由な着想など、硬軟織り交ぜながら目指す強度や靭性、美しさを追求するのが大島さんの仕事なのです。

●前例のないアルミ合金のブレンドと熱処理

今回、MT-09に採用されたスピンフォージドホイールは、そういった大島さんが行った多くの研究成果の中でも代表作といえる存在だといいます。

「素地のアルミを強くすれば、製造の現場から革新を起こすことができる」。

そんな野心から始まった超軽量化へのチャレンジ。設計・製造部門と力を合わせてプロジェクトに没頭し、先人のレシピにもない専用のアルミ合金のブレンドと熱処理を生み出しました。

ヤマハ新型MT-09に採用された超軽量ホイール誕生秘話
スピンフォージドホイール製造の工程例

その結果、生まれたのが回転塑性(フローフォーミング)加工という製法を用いて製造されるMT-09用のアルミホイールです。

アルミホイールの製法は、一般的に、鍛造の方が強度が高くなり、鋳造はデザインなどの造形自由度が高いといわれています。一方、回転塑性加工は、鋳造でありながら、鍛造のような強度を持たせることを可能とする製法で、4輪車のホイールなどでも用いられています。

ヤマハ新型MT-09に採用された超軽量ホイール誕生秘話
アルミを溶かして型に流し込むのが鋳造製法(出展:ヤマハ発動機Youtube公式チャンネル)

独自に開発した技術とこの製法により製造されたMT-09のホイールは、前述の通り、厚さ2mmという超肉薄(前モデルは3.5mm)を実現し、前後合わせて約700gの軽量化に成功しています。

これにより新型MT-09はバネ下重量が軽くなり、リアの慣性モーメントも11%低減。加減速時や旋回時の性能向上など、多くの効果を生むことでより俊敏な走りを実現。

トータルの車両重量が軽くなったことにも貢献し、燃費の向上などにも繫がっています。

●アルミの可能性を探究

まさに革新と呼べる技術の開発について、大島さんはこう語ります。

「一番の苦労は指標がなかったこと。評価の指標がなければ、どこを攻めていくべきなのかもつかめません。材料開発と評価方法の構築を同時に進めていくところに難しさがありました」。

ヤマハ新型MT-09に採用された超軽量ホイール誕生秘話
ホイールの軽量化は運動性能の向上に繫がる

苦労が多かった分、やり遂げた時には「誇らしい気持ちになった」という大島さん。今後の抱負をこう述べています。

「たとえば、強さだけなら鉄に敵わない。でもアルミには軽さや腐食のしにくさ、加工の自由度、そして美しさといった長所があります。この先ものづくりが変わっていっても、アルミはいつまでも選ばれていくはず。そしてその力を発揮させるのが研究の役割だと考えています」。

アルミ一筋で研究を重ねる大島さんの挑戦は、まだまだ続きそうです。そして、これからも、より我々ユーザーが快適で楽しめるバイクやそのほかの製品の登場に期待します。

ヤマハ新型MT-09に採用された超軽量ホイール誕生秘話
MT-09のフロントホイール

ちなみに、今回紹介した超軽量ホイールを製造している模様は、以下のヤマハ発動機YouTube公式チャンネルで見ることができます。

(文:平塚 直樹/写真:ヤマハ発動機)

【関連リンク】

ヤマハ発動機YouTube公式チャンネル
「YAMAHA MOTOR CRAFTSMANSHIP〈ヤマハの手〉〜SPINFORGED WHEELのご紹介〜」

この記事の著者

平塚 直樹 近影

平塚 直樹

自動車系の出版社3社を渡り歩き、流れ流れて今に至る「漂流」系フリーライター。実は、クリッカー運営母体の三栄にも在籍経験があり、10年前のクリッカー「創刊」時は、ちょっとエロい(?)カスタムカー雑誌の編集長をやっておりました。
現在は、WEBメディアをメインに紙媒体を少々、車選びやお役立ち情報、自動運転などの最新テクノロジーなどを中心に執筆しています。元々好きなバイクや最近気になるドローンなどにも進出中!
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