絶滅危惧種の日/CMソングの日/7年ぶりに日産シルビアが復活!【今日は何の日?9月7日】

■オーストラリアで始まった絶滅危惧種の日

貝を食べるラッコ
貝を食べるラッコ

1936(昭和11)年9月7日、オーストラリア・タスマニア州の動物園で飼育されていた最後の「フクロオオカミ」が息を引き取り、フクロオオカミ種が絶滅しました。これを機に、オーストラリアが絶滅危惧種に対する理解を呼びかけるために「絶滅危惧種の日」を制定しました。世界中に2万8000種以上、日本では3690種が絶滅危惧種に指定されています。有名なのは、アオウミガメ、コウノトリ、ツキノワグマ、ラッコ、ランバルクイナなどです。ラッコが日本にいたとは知りませんでしたが、北海道では以前から確認されていたそうです。

コニカミノルタ(C)Creative Commons
コニカミノルタ(C)Creative Commons

また9月7日は、「CMソング」の日です。1951年(昭和26)年のこの日、中部日本放送と新日本放送が初めてCMソングを使ったラジオCMを流したことにちなみます。CMは、小西六写真工業(現、コニカミノルタ)の「さくらフィルム」でした。あえて会社名や商品名を出さない日本で初めてのCMソングは、「ボクはアマチュアカメラマン」でした。最近はクルマのテレビCMも少なくなりましたが、1970年代~1990年代は各メーカーが競うようにCMを流していました。特にCMソングはそのクルマを印象付ける重要な役割を果たし、「クルマは知らないけどCMソングは知っている」というようなこともありましたね。

さて、クルマ界の今日は何があったのでしょう?

●セリカのライバルとして2代目日産シルビア登場!

1975(昭和50)年、日産は初代「シルビア」の生産終了から7年経過したこの日、2代目シルビアの復活を発表しました。FRのスポーツクーペであるシルビアの歴史は古く、初代の登場は1965年までさかのぼります。最終モデルとなる7代目は2002年まで生産されました。

1975年発売の2代目シルビア
1975年発売の2代目シルビア
1975年発売の2代目シルビア(後ろ外観)
1975年発売の2代目シルビアの後ろ外観

初代シルビアは、ダイヤモンドカットのようなエッジの効いた美しいフォルムでデビュー、その美しいボディを実現するためにハンドメイドの部分が多く、それゆえ価格が高くなり、販売数は限定的でした。

美しいフォルムで評判となった1965年デビューの初代シルビア
美しいフォルムで評判となった1965年デビューの初代シルビア

その初代シルビアの生産終了から7年後、2代目シルビアが復活しました。直線的なフォルムの初代に対して、曲線を多用した躍動感のあるアメ車風フォルムに変貌。外観は大きく変わりましたが、目標生産数が少なかったことから、コスト低減のため積極的に量産車の部品流用を行いました。エンジンは、「ブルーバードU」の1.8L SOHCエンジンを搭載、プラットフォームや足回りなどもサニー系をそのまま使いました。その分、外観の大胆な変貌の割には、メカニズムに先進性は感じられず、販売は振るいませんでした。

歴代シルビアの中でも高い人気を誇った1979年発売の3代目シルビア
歴代シルビアの中でも高い人気を誇った1979年発売の3代目シルビア

トヨタの「セリカ」に対抗するスタイリッシュなモデルとして登場した2代目シルビアでしたが、性能面でのインパクトが乏しく、セリカの勢いを脅かすような存在にはなりませんでした。しかし、この反省を踏まえて斬新なデザインと先進的な装備を満載した3代目シルビアは、「セリカ」と肩を並べる人気モデルへと成長。これ以降、シルビアのスペシャルティカーとしての人気は盤石となったのでした。

毎日が何かの記念日。それではまた明日!

Mr.ソラン

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Mr. ソラン

某自動車メーカーで30年以上、自動車の研究開発に携わってきた経験を持ち、古い技術から最新の技術までをやさしく解説することをモットーに執筆中。もともとはエンジン屋で、失敗や挫折を繰り返しながら、さまざまなエンジンの開発にチャレンジしてきました。
EVや燃料電池の開発が加速する一方で、内燃機関の熱効率はどこまで上げられるのか、まだまだ頑張れるはず、と考えて日々精進しています。夢は、好きな車で、大好きなワンコと一緒に、日本中の世界遺産を見て回ることです。
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