スペシャルゲスト【ケニー・ロバーツ】の「これぞキング」と思ったかっこよすぎるエピソードを八代俊二さんに聞いた!【SUZUKA Sound of ENGINE2019】(PR)

サウンドオブエンジン2019

■WGP世界チャンピオンが鈴鹿サーキットにやってくる!

2015年から新たに誕生した、鈴鹿サーキットのヒストリックイベント「SUZUKA Sound of ENGINE」が今年も11月16日、17日に開催されます!

鈴鹿サーキットには超豪華レジェンドドライバー、ライダーが集結するのですが、彼らが現役で活躍していた頃は私はまだ生まれる前・・・。

でもせっかくなら、どれだけ凄い偉業を成し遂げたのか、どのような人柄なのかちゃんと知ってからイベントに参加したい!と思い、その道の先輩方から色々とお話を伺ってきました。

今回は元WGP(ロードレース世界選手権)ライダー、「突っ込みハッチ」の所以でもある八代俊二さんのインタビューを紹介します。

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取材にご協力いただいた、八代俊二さん。

■ケニー・ロバーツ

—八代さん、はじめまして。今日はよろしくお願いします。いきなりですが、今年の「SUZUKA Sound of ENGINE」はウェイン・レイニー、エディ・ローソン、ケニー・ロバーツのWGPチャンピオンがやってきますね。この3人のライダーについて、それぞれ印象に残っているエピソードなどあれば教えてください!

「こちらこそ、よろしくお願いします。ちなみに3人の中で一番気になるライダーは誰ですか?」

—現在でも“キング”とその名を轟かす、ケニー・ロバーツです!

「ケニーは元々はアメリカのチャンピオンだったのですが、1978年にWGPに初参戦するとそこから3連覇を果たしたんです。ヤマハのエースとして圧倒的な強さを見せ付けていたので、他のメーカーは『ライダーでは勝てないので、その分をバイクで補わなければ!』とマシン開発に力を入れたという伝説まであるんですよ」

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ケニー・ロバーツ、現役時代の走り。

—デビュー後いきなり3連覇とは驚きです。実際に会ったことはありますか?

「ありますよ。彼は小柄なんですけど、胸を張って堂々としていました。1987年に十数年振りにアルゼンチンでレースが行われたんですね。当時のアルゼンチンは軍事政権下で、『なぜここで?』という場所でした。コース環境も良くなかったですしね。『俺はチャンピオンだから転ばない』と言う人もいれば、『危険だから走行したくない』という人もいてライダーの意見はまとまらなかった。そんな状況の中、現役を引退し自身のチーム監督をしていたケニーが、善後策を検討するミーティングで『こんな所でレースをしてはいけない』とレース開催に反対したんですよ。チームを運営していると、色々しがらみがあって、普通はレースを止めろなんて言えないはずなんですけどね。その姿を見た時に、“これぞキングだ”と思いましたね。結局レースは、コースが大幅に改善され開催にこぎ着けたのですが、ケニーの後押しは大きかったですね」

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現役時代のケニー・ロバーツ。

■ウェイン・レイニー

—先行逃げ切りの“レイニーパターン”を確立させ、どれだけ後続と引き離してもまったくペースを落とさずに戦う姿勢から“ミスター100パーセント”とも呼ばれた、ウェイン・レイニーはどうでしょう?

「強いライダーでしたね。1992年はマシンの状態が良くなかったんですけど、それでもチャンピオンを獲りましたからね。『よくあのマシンで勝つよな』って思っていました。1988年には、ゲストのエディ・ローソンとチャンピオン争いもしていたんですよ。とにかくキレのある走りが凄かったです」

—現在は車椅子を使っているとお聞きしましたが・・・。

「1993年のイタリアGPで転倒し、下半身不随になってしまったんです。でも懸命なリハビリをし、翌年にはマール・ボロ・ヤマハ・チーム・レイニーを立ちあげ監督としてレース現場に復帰したんですよ!まさに“ミスター100パーセント”なライダーです」

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現役時代のウェイン・レイニー。

■エディー・ローソン

—1984年、86年、88年、89年と4度の世界チャンピオンに輝いたエディー・ローソンはどのようなライダーでしたか?

「普段はクールで物静かなんだけど、走ると熱いんですよ。与えられたマシンで最高の走りができる、生粋のプロフェッショナルレーサーですね。当時はライダーがメーカーを移籍することは滅多になかったのですがエディーは1989年に長年いたヤマハからホンダに電撃移籍をして、その年にチャンピオンを獲得しました。2メーカーに渡ってチャンピオンを獲ったライダーは極めて稀なんですよね。そういう意味でも偉大なライダーの1人ですね」

—八代さんは1986年~89年の間WGPで活躍し、エディーと同じ時代で走っているんですよね。引退後、接点はありましたか?

「イベントで一緒に走ったことがあります。彼はヤマハに、僕はホンダのバイクに乗りました。その時『お前、絶対飛ばすなよ』って走行前に何回も言われたんですけど、いざ走行が始まったらめちゃくちゃ飛ばしてましたね(笑)。「SUZUKA Sound of ENGINE」で走行するかはまだ分からないですけど、穏やかになっていることを願いたいですね(笑)」

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現役時代のエディー・ローソン。ヤマハのTシャツがかっこいい!

■当時のマシンは素揚げしたから揚げ!?

—ゲストライダーが走っていた頃と、現在のバイクの違いは何ですか?

「当時は2ストローク500ccで今は4ストローク1000ccなので、まずパワーが全然違いますよね。後、当時は今のように電子制御システムも付いていなかった。まるで素揚げしたから揚げみたいな感じですかね(笑)。現在は様々な電子制御システムがついていますが、じゃあ現代のライダーは楽して走っているかと言われたらそうじゃなくて。皆がそういうバイクに乗っているから、その中で限界までいかなければいけないので、その分大変だと思いますよ」

—素揚げしたから揚げ、分かりやすいです(笑)。お恥ずかしながら私、生まれてこの方4輪畑で生きてきたので、2輪のことはあまり良く分からないんです。でも、私のような人もたくさんイベントに来場すると思うんですよね。4輪ファンが2輪も楽しむには、どのような所に注目したら良いですか?

「まず大きな違いは、ライダーは身体がむき出しです。バイクを傾けてヒザ擦りなど、ライディングテクニックを直に見ることができます。後、2輪は接触してしまうのではないか、というくらい他のマシンと接近した走りが、初めて2輪レースに接した方にはスリリングに見えるかもしれませんね。もちろん、デモランではそこまでしないでしょうけど(笑)。なのでライダーのスゴ技を実際に見て、楽しんでほしいですね」

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ウェイン・レイニー、現役時代の走り。

—ヒザ擦り、いつも凄いなって思っていたのですが、あれは一体どうなっているんですか?

「マシンを傾けるので、バランスをとるためにヒザを擦っているんですよ。大切なのは力まずにリラックスして乗り、ここぞ!という時に力を入れられるかなんです。そう言えば、エディーはちょっと身体が硬かったかな(笑)。89年の来日時、当時公表していなかったけどストレッチでトレーナーから体重を掛けられて、身体を痛めてたんですよね。今も身体が硬いのか、サーキットで会ったら聞いてみたいですね(笑)」

—もう時効でしょうから、ぜひ聞いてみましょう(笑)。ところで八代さんも「SUZUKA Sound of ENGINE」に来場されるとのことですが、走行するのですか? ヒザ擦り見たいです!

「まだ未定だけど、もしかしたら走るかもしれないね。マシンとタイヤの状態が良ければ、もちろんヒザ擦りしますよ!」

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バイク名物(!?)のヒザ擦りをしながら走行する、エディー・ローソン。

八代さん、ありがとうございました!

同じ時代で戦ったきた八代さんだからこそ分かる、マル秘エピソードをたくさん聞くことができ「SUZUKA Sound of ENGINE」が益々楽しみになりました☆

【八代俊二さんプロフィール】

1960年8月26日生(59歳)
鹿児島県鹿屋市出身

1984年:全日本ロードレース選手権TT-F1 初代チャンピオン
1986年:GP500CCにスイッチ、全日本RR菅生大会で初優勝後、世界GPに参戦開始。
全日本RR選手権GP500CCクラスランキング2位。世界GP500CCランキング13位。
1987年:世界GP500CCランキング9位(最高位4位)
1994年:スポット参戦で鈴鹿8耐出場、プライベート最上位の6位入賞。レース活動から引退。

以後、専門誌への執筆、テレビ解説等で活動。
’08年からは、Jスポーツで、ワールドスーパーバイクの解説を担当、現在に至る。

(yuri)

【関連リンク】

「SUZUKA Sound of ENGINE2019」オフィシャルサイト
https://www.suzukacircuit.jp/soundofengine/

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