国内初300km/hオーバーマシン「光永パンテーラ」を作った男、ABR細木さんに迫ってみた! あの伝説を聞かせてください・前編【OPTION 1984年6月号より】

OPT:エンジンについて、何か面白い話ありますか?

細木:まぁ、あのテのクルマを作るには、エンジンを組み上げてセッティングするまでが全仕事の8割だからね。苦労というよりは戦いだったよ。ゲーリーと一緒にアメリカまでエンジンを買いに行ってね。ミッションとエンジン本体を別々に購入して日本に送ろうとしたんだ。それで運送屋に任せてボクたちは日本に帰り、送られてくるのを待っていた。エアーで送ったからすぐ着く予定だったんだ。

OPT:めちゃくちゃ運賃がかかったでしょう。

細木:そうだね。エンジンを買うのに日本円で約500万円(※当時)くらいかかって、それを送るのに90万円近く取られたね。もちろん、エンジンはブロックを除くすべてのパーツがチューニングキットでかためられたものだったから、結構高かった。でも高いも安いも、日本には比べられるエンジンが無かったから、ボクたちにとっては安いものだったんだ。

OPT:上手く届かなかったんですか?

細木:着いたのは着いたんだけど、エンジンとミッションの2個口で送ったものが1個しか届かなかったんだ。おかしいなぁと思ってその箱を開けてみると、なんとエンジンにミッションが組み込まれているんだよね。でもよく見ると、それは確かにボクらが買い付けたものに間違いない。きっと運送屋が気を効かせて、組んで1個口にしたんだな。ということで、早速クルマに載せてセッティングに取りかかった。(つづく)

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というところで、次回後編に続く! パンテーラのエンジンがボディに載り、いよいよセッティングがスタート! 果たして一発で決まるのか? はたまたトラブルに見舞われるのか?? お楽しみに〜。

[OPTION 1984年6月号より]

(Play Back The OPTION by 永光やすの)

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この記事の著者

永光やすの 近影

永光やすの

「ジェミニZZ/Rに乗る女」としてOPTION誌取材を受けたのをきっかけに、1987年より10年ほど編集部に在籍、Dai稲田の世話役となる。1992年式BNR32 GT-Rを購入後、「OPT女帝やすのGT-R日記」と題しステップアップ~ゴマメも含めレポート。
Rのローン終了後、フリーライターに転向。AMKREAD DRAGオフィシャルレポートや、頭文字D・湾岸MidNight・ナニワトモアレ等、講談社系車漫画のガイドブックを執筆。clicccarでは1981年から続くOPTION誌バックナンバーを紹介する「PlayBack the OPTION」、清水和夫・大井貴之・井出有治さんのアシスト等を担当。
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