走行の記録が残されている世界5大陸特設ウェブサイトを見ると、オーストラリアを担当したスタッフによる「ステアリングのニュートラル付近の遊びが多いが、悪路ではこのくらいがベストマッチだ」というランクル70に関しての記述がある。
「日本ではそれを感じて頂けるオーナーさんは少ないでしょうし、自社の製品ながらトヨタの社員ですらそんな工夫を実感している人も少ない。でも、現地では大切なことなのです。そういったことを身をもって理解できたのも大きな収穫ですね。」(杉田氏)
参加したメンバーはエンジニアとしてクルマの見方も変わってきたことだろう。
「技術系は自分の担当部品があって、そこはとても詳しい人は多い。でもそれを突き詰めていくと『クルマ全体としてどう感じるか』という大切な部分を失いがちになる。たとえば操縦安定性の実験担当の人は振動や騒音、特に音なんか『あまり重要ではない』と考えたりすることもあるんです。でもこうして『やっぱり長距離運転で疲れないためには騒音対策も大事だよね』と認識するきっかけになったりもしますよね。」(杉田氏)
ところでこのプロジェクトの壮大なテーマは『いいクルマづくり』にある。そのヒントは見つかったのだろうか?
杉田氏はこう言う。
「本当のお客様目線を持て、それを踏まえてクルマ作りができる人材を増やせたと思います。各部署に別れている人たちのモチベーションを、その気持ちを、『自分の担当だけでなくクルマ全体で見ないといけない。クルマを使う人の気持ちにならないといけない』という意思を多くの人に伝えられたと思います。「道が人を鍛える。人がクルマをつくる」ということを深められたと信じたいですね。」
「いろんな部署の人がいます。その人たちの仕事をより深く知ることができたのも収穫でしたね」と自身もオーストラリアで1カ月、冬の北米で2週間参加した柳澤氏もそう続けた。
ウェブに残された記録を読み、そして関係者に話を聞いて伝わってくるのは、走破メンバーは自分の運転で現地を走ることでより消費者に近い目線でクルマに接することができたということ。日本とは違う環境と接し方で、クルマと触れ合うことができたのだ。
「自分たちが頭でわかっていることでも、やっぱり現地に行って実際に体感しないとわからないこともある。その地域に行ってこその価値観もある。我々がよく言っている『もっといいクルマ』を肌で感じることができたと思っています。」(杉田氏)
このプロジェクトの目的は、クルマのテスト走行をすることではない。普段、過酷な環境でクルマを体感することのない人。海外で乗ったことない人。自動車メーカーの社員なのだが、日常以外の状況でクルマを走らせたことがない人が、自社のクルマとそれが生活と密接に結び付きながら使われる環境、そして毎日を共にするユーザーを深く知る機会、すなわち「感じる旅」なのである。
オーストラリアと北米に続き、2016年は3つ目の大陸となる中南米地域を走破する予定。そしてさらに「5大陸走破」のプロジェクトは続く。その後のトヨタ車作りにどう生かされるのか、このプロジェクトをきっかけにトヨタがどう変わっていくのか? 世界最大の自動車メーカーが自分たちのクルマをより深く知るためにはじめたこの冒険を、今後も興味深く見届けたい。
■関連サイト
世界5大陸走破特設ウェブサイトhttp://gazooracing.com/pages/special/fivecontinentsdrive
(工藤貴宏)