1967年登場の「ホンダN360」が、軽自動車の常識を打ち破り「スバル360」を首位から陥落させたその魅力とは【歴史に残る車と技術029】

■広い室内空間と卓越した走り、低価格を実現した革新の軽自動車

1967年にデビューして大人気となった「ホンダN360」(画像は、1968発売のサンルーフ仕様)
1967年にデビューして大人気となった「ホンダN360」(画像は、1968発売のサンルーフ仕様)

ホンダ初の4人乗り軽乗用車「N360」は、1967(昭和42)年3月に誕生しました。

FFパッケージを活用した広い室内空間と高性能エンジンによる卓越した走り、驚異の低価格を実現したN360は、爆発的な人気を獲得。それまで10年間軽トップの座に君臨していた富士重工業「スバル360」からその座を奪取したのです。


●2輪の成功を基盤に4輪へ進出したホンダ

2輪車で成功を収めたホンダは、1960年代前半に4輪事業への進出を目指しました。

ところが1961年に、政府は“特定産業振興臨時措置法案(特振法)”の策定を発表。これは、日本産業の国際競争力を強化するために、既存の自動車メーカーを優遇する法案ですが、これが制定されれば当時2輪車しか作っていなかったホンダは、4輪車事業への参入が困難となる可能性があったのです。

1963年に登場したホンダ初の4輪車「T360」
1963年に登場したホンダ初の4輪車「T360」

そこでホンダは、急いで4輪車を市場に投入することを決断。1962年10月の東京モーターショーに軽トラック「T360」とオープンスポーツの「S360」、「S500」の3台を発表。翌1963年に、まずホンダ初の4輪車となるT360とオープンスポーツS500を発売しました。

T360は、最高出力30PS/最大トルク2.7kgmの360cc直4 DOHCエンジンをミッドシップに搭載するという、まるで高性能スポーツカーのようなレイアウトでした。一方、S500はロングノーズのオープンボディに、最高出力44PS/最大トルク4.6kgmの531cc直4 DOHC エンジンを搭載し、最高出力回転8000rpmまで一気に吹き上がる加速性能が大きな魅力でした。

●スバル360が牽引した軽自動車市場

1954年に排気量を360ccに統一する軽自動車の規格が制定され、翌1955年に通産省から乗用車の開発を促進するための「国民車構想(国民車育成要網案)」が発表されると、多くの自動車メーカーが軽乗用車の開発に注力し始めました。

1958年デビューした「スバル360」、国民的な人気を集めた
1958年デビューした「スバル360」、国民的な人気を集めた

1955年に登場した軽自動車初の量産モデルとなった鈴木自動車「スズライト」を皮切りに、1958年に富士重工業の「スバル360」、1962年に東洋工業「マツダキャロル」および新三菱重工「三菱ミニカ」、1966年にはダイハツ「フェロー」と続きました。

その中で大ヒットして軽自動車をけん引したのが、スバル360です。スバル360は、フルモノコックボディやRR(リアエンジン・リアドライブ)レイアウトなどの大胆な設計思想で、一般的な車が500kg程度ある車重を385kgまで軽量化するなど、随所に航空機で培った高い技術が盛り込まれました。

エンジンは、最高出力16PSを発揮する360cc直2空冷2ストロークエンジンをリアに横置きして、最高速度は83km/hを達成。また実用性の高さに加えて、キュートなスタイルから“てんとう虫”の愛称で親しまれて大ヒット、デビューから10年間にわたり軽販売トップの座に君臨したのです。

●スバル360から軽トップの座を奪取したホンダN360

スポーツカーと商用車で4輪車業界に参入したホンダの次なるターゲットは軽乗用車であり、ホンダ初の軽乗用車N360は、1966年の第13回東京モーターショーで披露されました。

1968年デビューしたホンダ「N360T(ツーリング)」
1968年デビューしたホンダ「N360T(ツーリング)」

N360は、既存の軽乗用車とは異なる端正でスポーティな2ドア2ボックスの軽量ボディに、FFパッケージングによる広い室内空間を確保。さらに、実績のある2輪用エンジンをベースにした31PSを発揮する360cc直2空冷4ストロークエンジンによる卓越した走りは、ライバルたちを圧倒したのです。

「ホンダN360」の主要諸元
「ホンダN360」の主要諸元

さらに当時の競合車よりも5万円以上安価な31.3万円という低価格が追い風となって、N360の人気は爆発。ちなみに当時の大卒初任給は2.7万円程度(現在は約23万円)だったので、単純計算では現在の価値で267万円に相当します。また、発売年が違うのでおおまかな参考ですが、スバル360(1958年)が42.5万円、ミニカ(1962年)が38.5万円、キャロル(1962年)は37.0万円ほどでした。

ホンダN360は、発売後わずか2ヶ月でそれまで10年間独走していたスバル360から、軽販売トップの座を奪取したのです。

●軽市場を開拓したその他の軽自動車

日本独自の軽自動車市場を開拓したのは、スバル360とホンダN360だけではありません。同時期に登場して人気を獲得した軽自動車を紹介します。

1962年にデビューした初代「キャロル」、先進的な360cc水冷4ストローク4気筒エンジン搭載
1962年にデビューした初代「キャロル」、先進的な360cc水冷4ストローク4気筒エンジン搭載

・東洋工業「キャロル360」

キャロルは、「R360クーペ」に続いて1962年にデビュー。最高出力18PSを発揮するエンジンは、軽乗用車初のオールアルミ合金製の360cc直4水冷4ストロークという軽としては画期的で贅沢な仕様。

・新三菱重工「三菱ミニカ」

1962年にデビューした三菱・初代「ミニカ」
1962年にデビューした三菱・初代「ミニカ」

ミニカは、1962年に三菱初の軽乗用車としてデビュー。最高出力17PSを発揮する360cc直2空冷2ストロークエンジンを搭載し、駆動方式は当時主流のRRでなくFRを採用した3ボックスボディが特徴。

・ダイハツ「フェロー」

1966年デビューのダイハツ・フェロー
1966年デビューのダイハツ・フェロー

フェローは、1966年にダイハツ初の軽乗用車としてデビュー。箱型ボディに角型ヘッドランプが特徴、縦置きエンジンのFRで、360cc直2空冷2ストロークエンジンは最高出力23PSを発揮。

・鈴木自動車「フロンテ360」

1967年に発売され人気を博したフロンテ360
1967年に発売され人気を博したフロンテ360

フロンテ360は、1967年にスズライトシリーズの後継としてデビュー。最高出力25PSを発揮する360cc直3空冷2ストロークエンジンと軽量ボディの組み合わせで、ホンダN360に対抗できる高性能が特徴。

●ホンダN360が発売された1967年は、どんな年

1967年には、N360の他に「トヨタ2000GT」やマツダ「コスモスポーツ」、トヨタ「センチュリー」、日産自動車「プリンス・ロイヤル」も登場しました。

1967年にデビューした「トヨタ2000GT」
1967年にデビューした「トヨタ2000GT」

トヨタ2000GTは、ヤマハと共同開発し世界トップの性能を誇った日本初の本格スーパースポーツカー。コスモスポーツは量産初のロータリーエンジン搭載車。センチュリーはトヨタを代表する4.0L V8エンジンを搭載した最高級乗用車。プリンス・ロイヤルは6.4L V8エンジンを搭載した天皇陛下の御料車として製造された最高級乗用車です。

その他、この年にはカラーTVの本放送が開始され、ラジオ番組「オールナイトニッポン」の放送が始まりました。タカラの「リカちゃん人形」、森永製菓の「チョコフレーク」と「チョコボール」、人気マンガ「天才バカボン」、「ルパン3世」、「あしたのジョー」の連載が始まりました。

1967年にデビューした世界初のロータリーエンジン搭載車のマツダ「コスモスポーツ」。シャープな流線形フォルム
1967年にデビューした世界初のロータリーエンジン搭載車のマツダ「コスモスポーツ」。シャープな流線形フォルム

また、ガソリン53円/L、ビール大瓶128円、コーヒー一杯77.5円、ラーメン132円、カレー126円、アンパン21円の時代でした。

後発メーカーながら、常識を打ち破った革新的なFF軽自動車としてホンダ躍進の原動力となったN360。現在まで続くホンダの車づくりの原点と位置付けられる、日本の歴史に残る車であることに、間違いありません。

Mr.ソラン

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Mr. ソラン

某自動車メーカーで30年以上、自動車の研究開発に携わってきた経験を持ち、古い技術から最新の技術までをやさしく解説することをモットーに執筆中。もともとはエンジン屋で、失敗や挫折を繰り返しながら、さまざまなエンジンの開発にチャレンジしてきました。
EVや燃料電池の開発が加速する一方で、内燃機関の熱効率はどこまで上げられるのか、まだまだ頑張れるはず、と考えて日々精進しています。夢は、好きな車で、大好きなワンコと一緒に、日本中の世界遺産を見て回ることです。
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