現在もスバルに受け継がれる水平対向エンジンを初めて搭載し「スバル1000」はなぜ販売でサニー、カローラに勝てなかったのか?【歴史に残るクルマと技術025】

■名車スバル360に続いたスバル初の小型乗用車「スバル1000」

1966年にデビューしたスバル1000、スバル初の小型乗用車
1966年にデビューしたスバル1000、スバル初の小型乗用車

1958年に登場して一世を風靡した「スバル360」に続いて、富士重工業(現SUBARU)初の小型乗用車「スバル1000」は、1966(昭和41)年5月にデビューしました。

水平対向エンジンとFFレイアウトなど、元航空機技術者が作り上げた先進技術満載の小型車です。


●元航空機技術者のこだわり技術を結集したスバル1000

中島飛行機製作所を起源とする富士重工業は、戦後1950年にその中枢が富士産業として再出発し、1953年に飛行機と新たな自動車開発のために設立されました。富士重工業で自動車開発の指揮を執ったのは、中島飛行機で戦闘機用エンジンを設計していた百瀬晋六氏です。

1958年デビューしたスバル360、国民的な人気を集めた
1958年デビューしたスバル360、国民的な人気を集めた

最初に手がけたのは、国産初のモノコックボディでリアにエンジンを搭載した「ふじ号」、同じ全長で主流だったボンネットバスよりも多人数乗車が可能で、さらに静粛性に優れていました。

その後、政府が提唱した国民車構想に呼応して開発されたスバル初の乗用車「スバル360」が登場。フルモノコックボディのRR(リアエンジン・リアドライブ)レイアウトで“テントウ虫”の愛称で大ヒット。そして、同じくRRレイアウトで後に“農道のポルシェ”との異名を持つことになる商用車「サンバー」と、スバルは立て続けに斬新かつ先進的なクルマを市場に投入しました。

そして、満を持して登場したスバル初の小型乗用車が、スバル1000だったのです。

●水平対向エンジンとFFレイアウトを採用した斬新なスバル1000

スバル1000に搭載された水平対向エンジン(EA52型)
スバル1000に搭載された水平対向エンジン(EA52型)

スバル1000のスタイリングは、オーソドックスなファストバック風の4ドアセダンでしたが、最大の特徴は現在のスバルの中核技術である水平対向エンジンを初めて採用したことであり、さらに駆動方式はスバル360のRRから一転して、当時としては画期的なFFレイアウトを採用したことです。

最高出力55PSを発揮する1.0L水平対向4気筒OHVエンジンは、4MTと組み合わせて最高速度150km/hを記録。その他にも、4輪独立サスペンションや、ブレーキをドライブシャフトのデフ側に置くインポート・ブレーキ、冷却性能を向上したデュアルラジエターなど、小型車として贅沢かつ斬新な技術が採用されました。

スバル1000の主要諸元
スバル1000の主要諸元

技術的に優れていたスバル1000でしたが、販売面では苦戦を強いられました。その理由のひとつが、価格が高いことでした。標準仕様で日産自動車「サニー」が41万円、ライバルのトヨタ「カローラ」は43.2万円、一方スバル1000は49.5万円。ちなみに当時の大卒の初任給は、2.5万円(現在は約23万円)程度だったので、いまでこそ車両価格差6.3万~8.5万円はそれほど大きく感じませんが初任給比で言えば3ヶ月分くらいの差で大きかったのです。

さらにカローラ(C)とサニー(S)は、当時“CS戦争”と呼ばれた熾烈な販売合戦を繰り広げていたのに対し、販売力で富士重工業が大きく差を付けられたことも後れを取った要因でした。

●現在はスバルとポルシェしか使わない水平対向エンジン

水平対向エンジンは、シリンダーを左右水平に配置し、左右に向かい合った一対のピストンが、水平方向に往復運動するエンジンです。ボクサーがパンチを打ち合う様子に似ていることから、“ボクサーエンジン”とも呼ばれます。

一般的なエンジンに対して、機構が複雑になることから、世界的にみても現在乗用車用として量産しているのは、スバルとポルシェだけです。2社が採用しているのは、低重心の水平対向エンジンが運動性能に有利で、スポーティな走りができるという強みがあるからです。

ビートルの愛称で世界的な大ヒットになった水平対向エンジン搭載のタイプ1(ビートル)
ビートルの愛称で世界的な大ヒットになった水平対向エンジン搭載のタイプ1(ビートル)

ちなみに歴史的に有名な水平対向エンジンは、フォルクスワーゲン「タイプ1(ビートル)」の水平対向4気筒、シトロエン「2CV」の水平対向2気筒などがあり、いずれも歴史的な大ヒットとなりました。また、ポルシェは911ほか伝統的に採用し、フェラーリも採用(ただし、厳密には180度V型とも言われます)していた時期がありました。

国内に目を向けると、トヨタ「パブリカ」が日本初の水平対向2気筒エンジンを搭載。それから数年遅れて、「スバル1000」が登場。その後、「レオーネ」、「レガシィ」の成功を経て、スバルの中核技術となったのです。

●当時の先進技術だったFFレイアウトも採用

自動車が誕生した時点では、リアにエンジンを搭載して後輪を駆動するRR方式が主流でした。舵を切る前輪を駆動するには技術的に難しく、FRのようにプロペラシャフトが必要ないなどからです。しかし、騒音や振動の面で問題もありました。それを解消するために登場したのがFRで、すぐに駆動方式の主役となりました。

1955年に登場した日本初のFF搭載のススライトSS
1955年に登場した日本初のFF搭載のスズライトSS

一方で画期的なFF方式を本格的に量産化したのは、1934年にデビューしたシトロエン「7CV」です。日本車も当初はFRが主流でしたが、初めてFFを採用したのは1955年に登場したスズキ「スズライトSS」でした。一方で「スバル360」、「三菱500」、マツダ「キャロル360」など多くの軽自動車は、機構が簡単なRRを採用していました。

その後RRが廃れて、長くFR主流の時代が続きましたが、FFの弱点だったステアリングの操作性や信頼性が改善されると、スバル1000に続いてホンダは「N360(1967年~)」と「シビック(1972年~)」にFFを採用。日産自動車も、「チェリー(1970年~)」で初採用し、徐々にFF車が増え、高級車やスポーツモデルの一部を除いて1990年代には完全にFRからFFの時代に切り替わったのです。

●スバル1000が誕生した1966年は、どんな年

1966年は、サニーとカローラが国民的な人気を得て大衆車市場を切り開いたことから、“マイカー元年”と呼ばれています。同年には、大衆車では日産自動車「ダットサン・サニー」、トヨタ「カローラ」が、競技用車両ではプリンス自動車「プリンスR380」などが登場しました。

1966年4月にデビューしたダットサン・サニー
1966年4月にデビューしたダットサン・サニー

サニーは、軽量ボディのファストバック風の斬新なスタイリングで、マイカー時代の先陣を切って人気を獲得したファミリカー。

1966年12月にデビューした初代カローラ
1966年12月にデビューした初代カローラ

カローラは、サニーの約半年後11月にデビューし、サニーとともに日本のモータリゼーションをけん引、現在も人気のロングセラーモデル。

プリンスR380は、打倒ポルシェ904のためにプリンス自動車が開発したレース用マシンで、1966年第3回日本グランプリにおいて1、2フィニッシュを飾った高性能マシンです。

その他、この年には日本の人口が1億人を突破し、ビートルズが来日してミニスカートとロングブーツが流行りました。TV番組「笑点」と「ウルトラマンシリーズ」の放映が開始され、江崎グリコの「ポッキー」、明星食品「チャルメラ」とサンヨー食品「サッポロ一番」の発売が始まりました。

また、ガソリン51円/L、ビール大瓶120円、コーヒー一杯76.5円、ラーメン70円、カレー126円、アンパン16円の時代でした。

元航空機技術者のこだわりが結実した、今でもスバルの看板技術として受け継がれる水平対向エンジンを、初めて搭載したスバル1000。日本の歴史に残る車であることに、間違いありません。

Mr.ソラン

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Mr. ソラン

某自動車メーカーで30年以上、自動車の研究開発に携わってきた経験を持ち、古い技術から最新の技術までをやさしく解説することをモットーに執筆中。もともとはエンジン屋で、失敗や挫折を繰り返しながら、さまざまなエンジンの開発にチャレンジしてきました。
EVや燃料電池の開発が加速する一方で、内燃機関の熱効率はどこまで上げられるのか、まだまだ頑張れるはず、と考えて日々精進しています。夢は、好きな車で、大好きなワンコと一緒に、日本中の世界遺産を見て回ることです。
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