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電動化技術で次世代自動車の性能を高めたいZF。同じく電動化戦略で存在感を増す中国市場。両者が手を携えると巨大な掛け算となる。その結果を垣間見られるイベントに参加してきた。
■Next Generation Mobility Day in Shanghaiイベントレポート
ご存じ、世界最大の自動車市場となった中国。ZFも中国市場に注力、同社の発表によれば過去5年間でアジア太平洋地域における研究開発投資は、2019年の2億2000万ユーロから、2022年には3億8000万ユーロまで増加。売上高に占める研究開発の割合は2.8%から4%に上昇したという。
その多くは中国での展開のはずで、事実、今回のNext Generation Mobility Day:NGMDで発表された技術の多くは、本国エンジニアチームと中国チームが共同で開発したものだという。電動化戦略を果敢に進めるZFにとって、同じくBEVを強力に推し進める中国市場(最近はNEVにも移行)は親和性が高いはずで、事実、車両統合制御ソフトウェアcubiXや電動アクスルシステムEVSys800などは、中国市場から量産導入されている。
NGMD自体は中国メディア向けのイベントだった模様で、非常に多くの関係者で賑わっていた。プレゼンテーションももちろん中国語で、個人的には非常にエキサイティングな催しであった。残念だったのは、並んでいた車すべてに乗れなかったことと、展示物の撮影が許されなかったことである。
なお、NGMDは上海インターナショナルサーキットで開催されたため、上海の様子をうかがうことができた。ご存じ中国のBEVのナンバープレートは緑地ですぐに区別ができるため、市街地を走る車両を眺めていると、およそ2~3割というところか。もちろん中国有数の都市エリアだけにBEV率も高いと思われるものの、想像していた「BEVだらけ」という印象ではなかった。
しかし、PHEVを含めると電動車の割合は少なくないはずで、モーターをいかに効率的に動かすか、バッテリーをいかに大切に長期運用するかといった世界共通の課題は、割合ではなく絶対数では群を抜いて大きな中国市場では非常に有効な策であるはず。ZFの進める次世代技術群が、これら電動車性能のジャンプアップに結びつくのだろうと感じ入った次第だ。
●ZF、中国でのプレゼンス
ZFボードメンバーで、アジアパシフィックリージョン・電動パワートレーン技術担当のステファン・フォン・シュックマン氏。
「世界最大かつもっともダイナミックな自動車市場である中国において、ZFは中国のカスタマーとともに、中国内および世界中において『China Speed』で投資と成長を続けていく。そのため、中国内における市場シェアを拡大、ZFにおける世界売上高の中国市場シェアは17%まで高めていく」と今後の展望を述べた。
■Dry Brake-by Wire|「油圧配管を全廃すると何ができるか」
欧州サプライヤー各社が、このところ次々と提案を始めた感のあるブレーキ・バイ・ワイヤ:BbW。ZFもその例に漏れず、今回のNGMDのトピックのひとつとして試作車を持ち込んだ。なお、彼の地ではBbWに「ドライ」という名称を付することが多い。
BbWのメリットは、フルードを含む配管をなくすことができる点による軽量化と維持の容易さ、長寿命化、機能面では配置の自由度、応答速度の高速化、四輪それぞれの独立制御の自由度などが挙げられようか。
一方の課題に目を向ければ、万一のシステム失陥時に冗長性をいかに持たせるか、そして油圧では比較的容易に得られた入力→出力の増力の確保だろう。前者については制御系統を多重化する、後者では大減速比を得られる機構でピストン推力を得るなどの解決が見受けられる。
ZFの本システムでこれに対し、どのような手段を採っているのかを聞くチャンスは得られなかったので、機会を見て訊いてみたい。
●test car: BYD Han
BEVとPHEVをラインアップする、BYDのEセグメント4ドアセダン。中国内では汉(=漢)として販売される王朝シリーズの車種で、2020年の登場。試作車はBEV仕様をベースとしてBbWシステムを組み込んでいた。
4つのキャリパーを自在に動かせるのがBbWの強みのひとつ。スラロームコースでは、旋回の容易性を高めることが試走でも感じ取ることができた。ピストンを物理的に引き戻す動作があることから、パッドの引きずりを最小限に抑えられるのも長所。
自動緊急ブレーキにおいて100km/hからの制動距離では9mの短縮が得られるという。ペダルフィーリングについても0か100かのデジタルタッチではなく、極めて自然な感触で違和感なく仕立てられていたのは、開発者のセンスによるものか。
前輪に寄って見たところ。キャリパーがふたつ備わっていたのは冗長性を持たせているためか。裏側から眺めようとしたところ、「試作車だしそれは勘弁してくれ」と笑いながら言われた。構造自体はモーター+減速機でピストンを動かすものと思われる。
■cubiX|「アクチュエータ群を自在に統合制御」
cubiXとは、ロール/ピッチ/ヨーの回転運動と、サージ/スウェイ/ヒーブの並進運動を最適に制御することを目的とした、ZFの車載用シャシー制御ソフトウェアの名称である。写真のメカニズム展示で示すようなシャシーコンポーネントやドライブトレーンを統合制御、快適性とダイナミクスを考慮しながら運転行動を最適化する。
じつはZFにとっても初となるソフトウェア製品で、ZFによれば「メーカーや特定の設計に関係なく、ダンパー、ブレーキ、リアアクスルステアリングなどのさまざまなアクチュエーターと互換性がある」という。
従来の「デバイスごとのECU」「そのシステムのためのコントローラ」といった設計からドメインコントローラコンセプトによる中央制御方式とすることができ、システムのスリム化やさらなる高機能化を実現できるのが特長。機能のアップデートやアップグレードはOTAなどを用いた方策、つまりSDVを実現しているのも最新トレンドに沿っている。
●test car: Lotus Eletre
2023年初頭から、cubiXを搭載した市販車として中国市場に投入されているSUV型BEV。ロータス初のSUVでもある。前後軸それぞれに電動アクスルを備えるAWDで、上級版「R」は2速変速機を搭載した。
インプレッション:ロータス・エレトレ試験車の室内に備えられたコントロールパネル。駆動と制動を四輪独立で自在に制御できることで、とんでもないパフォーマンスが実現できるというデモンストレーション。左右別μ路での制動および発進性能では大きな効果を確かめられた。
インプレッション:1周目はどの車もZFエンジニアによるデモンストレーション走行となるのだが、これがとにかくアグレッシブで強烈なドライビングの一言。むちゃくちゃ飛ばす、強烈に曲がるの繰り返しで、良くも悪くも車両の特質を味わうことができた。
●test car: Mengshi 917
東風汽車のサブブランドMengshiにおける初の市販車種で、BEVとRex-EVをラインアップ。5m×2mの巨体に142kWhもの巨大な電池を積み、800kWもの出力で3t超の車体を駆動する。
インプレッション:Mengshi 917の四輪操舵のデモの様子。狭いスラロームコースで後輪側を同相操舵することでCrab walk=カニ歩きができるというもの。このほか、異相操舵のOn-Offで最小回転半径を小さくする試走もできた。最大舵角は10度。
■EVbeat|「高効率800Vシステムをワンパッケージに」
少々ややこしいのだが、EVbeatというのはコンセプトカーに与えられた名称で、そこに載せられているのが新開発の800V電動駆動システムであるEVSys800。そのEVSys800にはさらに特長があり、期待のSiC=シリコンカーバイド搭載のパワーエレクトロニクス、遊星歯車機構による同軸式減速機、特許取得済みの「編み込み式巻線」を用いるステーターという内容。
ローターの永久磁石は希土類を用いないタイプで、熱減磁対策としてはZF初のBEV用中央熱管理システム:TherMasが手当てする。3つの冷却回路設計で、熱源の多寡によって冷却性能をコントロールする仕組み。冷媒にプロパンを用いる方式で、ご存じ効果は大きい一方で防爆対策が難しいとされるもの。
ZFは今回TherMas単体でのプレゼンテーションは実施せず詳細は不明だが、肉厚の配管や筐体などで設計しているものと思われる。2023年初頭に発表した誘導電動機:I2SMはまだ載せていないようだった。
減速機には遊星歯車機構を用いる同軸型を採用、平行軸式歯車減速機に対してユニット全体の軽量化と小型化を実現する。考えてみると、変速機メーカーであるZFがもっとも得意とする技術のひとつである。
シリコンカーバイドを用いるパワーエレクトロニクス。ZFは2023年4月にSTマイクロエレクトロニクスとSiC製品に関する複数年供給契約を締結。2025年に量産予定のインバータープラットフォームに統合する予定。
誘導電動機・I2SM(EVSys800のものではない)。当然ながら永久磁石は不使用で、非接触式給電による長寿命性も長所のひとつ。EVSys800 のステーターには「編み込み式巻線」方式を採用、これにより銅使用量を10%削減できた。
●test car: Porsche Taycan
ポルシェのハイパフォーマンスBEVで、前後に電動アクスルを積むAWD。リヤ側に2速変速機を持つことでも話題を呼んだ。ストックのシステムに対して小型軽量かつ高出力大トルク仕様のEVSys800を訴求する。
TherMasの管理画面。BEVにとって死活問題の高発熱をいかに抑えパフォーマンスを引き出すか、逆に恒常的な熱源に乏しい特質からいかに安定した暖房性能を確保するか。プロパン冷媒によって高度な冷暖房を図る。
3種を切り替えて全開加速を試す。正直なところ、最高出力版においても感動は薄く、某中国車の恐怖を覚える加速感には届かなかったのだが、本システムの真骨頂は「安定した高出力が持続できる」というところにあるはず。
■Active Kinematic Control|「後輪操舵がもたらすダイナミクス」
BEVはキャビン床下に電池を敷き詰めるレイアウトが多く、ホイールベースが伸張しがち。重量も嵩み車体サイズも大きくなる傾向から、取り回しや車両ダイナミクスに難が現れ始める。
それを解決する手段として、かつて日本勢が得意とした後輪操舵が再注目されている。ZFのAKCは、図版に示すシングルアクチュエーター式に加えて、左右独立式のデュアルアクチュエーター式も用意、さまざまな要求に応える。当日は残念ながら試走の機会を得られなかった。
■Steer-by-Wire|「曲がる動作はいかにも創出可能」
日産がDASの名称で世界初の市販車搭載を果たしたステア・バイ・ワイヤ。機械的なリンクを介さないことによるレイアウトの比較的な自由度の高まり、自在に変更できる入出力比、路面からの入力をステアリングホイールに伝えない構造などがメリットとして挙げられる。
当日の試作車はコース上で派手な旋回運動を繰り返し、パフォーマンスの高さを見せつけていた。後輪操舵と組み合わせれば、車の動きは相当に進化させられるだろう。
■Integrated Safety Systems|「次世代安全技術のパッケージ」
非常に目立たない試験車だったが、緊急ブレーキ時に効果を発揮するアクティブコントロールリトラクター、シートベルト内蔵エアバッグ、熱源内蔵シートベルトなど、ユニークな発想のシステムを多数載せていた。
■Frequency Sensitive Control|「ダンパーに二面性を持たせる」
周波数感応型ダンパー:FSCを搭載した試験車。高周波入力と低周波入力時のいずれも対応できる懐の広さを持ち、乗り心地とダイナミックパフォーマンスを両立、しかし安全性には一切の妥協がないというのが美点だ。
(文:MFi/写真:森山 良雄/MFi/図版:ZF)
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