ヤマハ「MOTOROiD2」は”倒れないバイク”だけじゃない、人生の伴侶として人と共に歩む存在だ

■自分で起き上がり、ゆっくり”歩く”バイク

MOTOROiD2は、2輪だけで自立し、その場で静止することができます。
MOTOROiD2は、2輪だけで自立し、その場で静止することができます

ひと昔前だったら、単なるリモコンバイクで、用意されたプログラム通りに動いているのだろうなと思ったことでしょう。

2023年秋にジャパンモビリティーショー2023(JMS)のヤマハ発動機(以下ヤマハ)ブースで公開された「MOTOROiD2」は、2輪車でありながら、停止状態から自力で起き上がり、そのまま静止状態を保ち、一緒にステージに立ったダンサーと息を合わせ、ゆっくりと前後進などの移動をし、リヤタイヤを振ってダンスをしてみせました。

まずはその模様をごらんください。

もちろん上から吊られているわけでも、誰かが操作しているわけでもなく、自律的に起き上がって静止し、人間のジェスチャーを判断して動いていたのです。そのパフォーマンスはマシンが生き物のように人とコミュニケーションをとり、まるでパートナーのように呼応する関係性を表現していました。

バイクのカタチをしていながら、バイクとは思えないことをやってのけるこのモデルの名称は「MOTOROiD2(モトロイドツー)」。6年前の東京モーターショー(JMSの前身)で発表されたMOTOROiDと共通する機構もありますが、コンセプトとしてはかなり異なるもののようです。今回は、このMOTOROiDの開発者の方にお話を聞いてみました。

●コンセプトは人と道具の関係性を、人生の伴侶にまで昇華すること

まず、MOTOROiD2は、どんなコンセプトで、なにを目指して開発されたのでしょうか?

デザイン/企画担当の渡邉祐也サン。これまでも2輪車のカラーリングデザインや企画、スタイリングデザインを手掛けてきたそうです。
デザイン/企画担当の渡邉祐也さん。
これまでは欧米から東南アジアを中心とした市場の量産モーターサイクルの企画、スタイリングデザインとカラーリングデザインを手掛けてきたそうです

このMOTOROiD2の企画とデザインを担当した渡邉さんは、「初代MOTOROiDで追求した高速域でマシンを意のままに操る悦びを肯定したうえで、未来にはさらにモーターサイクルの経験がないお客様でも気軽に楽しめて共感いただける価値創造が必要と考えていました。

またコロナウイルスのパンデミックを経て、人とのコミュニケーションがデジタル化され便利になっていく反面、リアルだからこそ感動するコミュニケーションの機会が減っている面もあるのではないかと感じていました。

そのため、人がモノとのコミュニケーションを通して生き物感や愛着を感じ、パートナーや人生の伴侶のような存在だと認識できれば、現在ライダーではない多くのお客様にも感動が届けられないか?という仮説検証が、今回MOTOROiD2を作るきっかけになったひとつです」と渡邉さんはいいます。

その中でヤマハには強みがありました。すでに6年前のMOTOROiDで発表していた自立機能です。

「既存バイクだと、超低速域では倒れないようにバランスを保つ運転技術が求められますが、MOTOROiD2は自ら安定して自立してくれます。そのためモーターサイクルの経験がないお客様が乗っても、気軽にコミュニケーションを取れる余裕ができる点が大きなメリットです。

MOTOROiD2は既存のモーターサイクルの常識に囚われず、人とのコミュニケーションを最大化するために、機能視点で再構築したスタイリングが最大の特徴だと思います」(渡邉さん)。

そのためMOTOROiD2のデザインは、既存のSF映画やロボットアニメ等の見た目からインスパイアされた等は特にないそうです。しかし発表後にSNSなどで「□□□というアニメに出てきたバイクに似てる」、「◯◯◯というロボットに影響を受けているはず」といった投稿を見て開発陣は驚いたとのこと。見る人によって多様な印象を与え、想像力を掻き立てるスタイリングデザインは、未来の万人の個性に合わせた人生の伴侶になる可能性を秘めています。

篠原功次サン。これまでは2輪車のエンジンや駆動系などからロボティクスの開発などを手掛けてきたそうです。
篠原功次さん。これまでは2輪車の新技術開発からひとの代わりに働くロボットの研究を手掛けてきたそうです

開発エンジニアでプロジェクトリーダーを務めた篠原さんは、「MOTOROiD2は、モノと人とのコミュニケーションに重きを置いています。

マシンなのに、どこか生き物のような、パートナーのような関係性まで能力が向上できたときに、どのような新しい価値が生まれるのか? ここを目指して開発しました。

例えば、その観点でいうと、家庭内や店舗案内などで活躍するロボットなどは人に寄り添い、惹きつける能力があると思います。この考え方としては似ている部分もあるかもしれませんが、特に意識したことはないです。MOTOROiD2は、パーソナルモビリティとして考えていますので、例に挙げたロボットとは分野や環境も異なります。今の世の中にはない、人とモビリティの新たな関係性を目指しています」と話します。

ウエイトを動かして自立し、カメラでオーナーの意思を汲み取る

このMOTOROiD2、そういったコンセプトを実現するために、通常のバイクとは異なる機構も採用しています。

バッテリーが収納されている部分。ここを左右に振ることでバランスをとります。
バッテリーが収納されている部分。ここをウエイトにして左右に振ることでバランスをとります

「まず最大の特徴は、自立することです。これは初代MOTOROiDのときから採用している、AMCES(アムセス)というバランスコントロールシステムを用いています。車体の中心、通常のバイクで言えば、エンジンの搭載位置にレイアウトされたバッテリーをウエイトにします。車体の姿勢情報からアクチュエータを制御して、倒れそうな方向とは逆にウエイトの位置を変え、重心を移動することでバランスをとり、2輪車でありながら倒れずに自立することができます。

なお、このウエイトはリヤタイヤを支えるスイングアームと一緒に動き、車体に対してねじれるような動きをするので、その大きな動きに驚かれるかたが多いです。

もうひとつの大きな特徴が、画像認識でオーナーを識別し、ジェスチャーからオーナーの意思を汲み取るAI機能を搭載していることです。そのために車体のフロント部、左右にひとつずつ、そしてライダーの顔を捉える位置にひとつ、計4ヵ所のカメラを備えています。

今回、新たに車体の左右にカメラをつけたことで、隣に立つオーナーと一緒に散歩するかのように動くことができ、ジェスチャーを認識して、後を追ったり離れたりすることもできます。より親密なコミュニケーションや動きが出来るようになりました」と篠原さんはいいます。

ちなみに、今回発表のMOTOROiD2は、2017年発表の初代MOTOROiDと違って、楽しめる人の間口を大きく広げようというのがコンセプトのひとつにあり、「進化版」というものではないのだそうです。どちらが進んでいるとか、どちらが優れているということではなく、コンセプトが異なるんですね。

LEAFが立ち上がったところ。ここに上体をあずけることができます。
LEAFが立ち上がったところ。ここに上体をあずけることができます

このMOTOROiD2の新しいコンセプトは、乗車姿勢にも表れています。MOTOROiD2では、シートに座らないのです。

そこで採用されたのが、通常のバイクのタンクにあたる部分に立ち上がってくる「LEAF」と呼ばれるインターフェースです。これはどういったところから生まれたパーツなのでしょうか。

「人の自然な所作によってコミュニケーションをとるために、まず両手をハンドル操作から解放する必要がありました。

そこで、どのような乗車姿勢が最適なのか検証するために、最初は鉄パイプで組んだシミュレーション機を試作しました。実際に自分たちで跨ってみて、議論していく中でLEAFと呼ばれるインターフェースが生まれたと思います。

具体的には見た目の美しさだけでなく、『超低速域で体を安定させるために膝を固定するニーホールドという部品が必要だよね』、『カメラにオーナーの表情や所作を認識させるために、LEAFの先端中央にスリットを入れて上半身を見やすくすべきだよね』など、設計者との会話を通してLEAFの形が機能美として洗練されていきました」と、デザイン担当の二宮さんが答えてくれました。

二宮龍次朗サン。これまでは車椅子や船、ロボティクスのデザインにたずさわってきました。
二宮龍次朗さん。これまでは車椅子や船、ロボティクスのデザインにたずさわってきました

MOTOROiD2の乗り方は、速度域に応じて2通りにトランスフォームします。1つ目の超低速域ではニーホールドという皿型のインターフェースを膝で挟んで立ち乗りするモードです。上半身がハンドルやシートの操作から解放され、ハンドジェスチャーによる指示でコミュニケーションや移動を楽しむことができます。

ニー
フレームの左右についているニーホールド、ここを膝で挟んで身体を支えます

そして、2つ目の中速域スピードで走行する場合は、LEAFが立ち上がります。ライダーはそこに胸部を預けて曲がりたい方向に重心移動を行います。MOTOROiD2はその入力を汲んで、自立しながら前後進や旋回してくれる、そんな乗り方を想定しているそうです。


●MOTOROiD2進化のカギは人間を研究すること!?

JMSで注目を集めたMOTOROiD2ですが、開発者の方に、自分が気に入っているところを聞いてみました。

・渡邉「感動体験を生み出すデザイン」

渡邉さんは、「デザインには、狭義と広義の2種類の意味があると思っています。今回のプロジェクトではモノのカタチを作る狭義のデザインだけではなく、ショーを通してご来場者のかたにリアルな感動体験を提供する広義のコンテクストデザインまで達成することが目的でした。
実際、説明員として9日間ショー会場に滞在しましたが、ショーをキラキラした眼差しで見つめるお子様や、大人の笑顔と驚喜の歓声が嬉しかったですね。
また、ご来場者の方から『すごい! ヤマハらしくて最高だった!』、『未来を感じたよ!』と直接、話しかけていただいたことはデザイナーとして幸せなことだなと感じました。デザイナーだけでは成し得ない広義のデザインを、プロジェクトチームメンバーと協力して実現できた点が一番気に入っていますね」。

・篠原「人と協調する美しい自然な動き」

ハンドルには走行モードなどを切り替えるスイッチなどが備わっています。
ハンドルには走行モードなどを切り替えるスイッチなどが備わっています

篠原さんは、「もちろんすべて気に入っています(笑)。ひとつ技術目線で例を挙げれば、自立するためのウエイトの動きに気を使いました。自立することだけ考えれば、もっと機敏にする、小刻みに動かしたくなる場合もあるんです。
けれど今回、私たちがMOTOROiD2で目指した、生き物感、人が乗って美しく見える、人と一緒に協調しながらパートナーのように振る舞う姿を表現するためには、一見見過ごしてしまうような細かい動きまで配慮しなければ実現できないと考えたんです。そこで、オーナーの隣に自然に寄り添うように、乗ったときに不快感を抱かせないように、様々なマシンの所作におけるウエイトの動きに対して制御の作り込みをしています。 このひとつひとつの動きを私はすごく気に入っていて、皆さんに見ていただきたいポイントでもあります」。

・二宮「人とのつながりを光で表現」

MOTOROiD2の車体にはLEDが各所に配置され、透過光が生命感を演出しています。
MOTOROiD2の車体にはLEDが各所に配置され、流れる透過光が生命感を演出しています

そして二宮さんは、「発光表現を採用した理由は、人とMOTOROiD2のコミュニケーションや反応を視覚化するためです。具体的な箇所は、LEAFとバッテリーカバーに流れる光です。オーナーには生き物のように感じてもらいたく、MOTOROiD2の中に神経が通っているような有機的な発光色、自然に流れるような動きにこだわりました」。

すると渡邉さんが、「彼はライティングデザインの主担当で、大変な試行錯誤をしてきました。実はこのLEAFは、複雑な4層構造になってるんですよ。そのため、スケッチ段階から4層構造が透けて光る最終の見え方をイメージし、かつ設計要件を入れながら検討していかなければならなかったんです。そのため、事前に発光構造のサンプルを作り、理想通り光らなかったらドリルで穴を開けたり釘で傷をつけて、理解した光の反射や屈折の特性を本機へ織り込んでいきました。

ときには制御や機械設計の担当者にお願いしたり、課題解決のアイデアを会話して苦しみながらも楽しそうにやってきたので、気に入ってるのはわかりますね」と補足してくれました。

●さらに時間があったら研究したいのは人間のほう

MOTOROiD2は、ヤマハ発動機が持っている最新の技術を投入して製作されていることがわかりますが、もし技術的に可能だったらやってみたかったことがあるのか質問をしてみたところ、意外な答えが帰ってきました。

渡邉さんは、「工数がもっとあったとしたら、人間研究のほうももっとやりたかったと思っています。

例えば、初代MOTOROiDの出展時は、AMCES軸をバランスさせるためにリヤタイヤを振る動きがあるんですけど、それが他者から見ると、『大型犬がしっぽを振っている仕草に見える』、『生き物みたいで可愛い』などのコメントをSNS等でいただきました。その事象が今回のMOTOROiD2では人が生き物感を感じ、愛着を生む所作の追求につながっています。
人間がどのような動きや質感に愛着や親近感を感じるか?などの人間研究をさらに深掘りできれば、未来のヤマハ製品を所有する意味づくりを量産開発に落とし込めると考えています」。

篠原さんも、「私も思っていることはまさに一緒なんですよね。人にとって、 愛着が湧くっていうのはどういうことなのかなって思うところがあって。
動物がそうであるように、人間に好まれようと自然に行動すると思います。そこで、マシン側が人間の癖を読み取って、人間に好まれようとする、マシン側が人間の趣味嗜好、行動に合わせてパーソナライズするようなことができるようになれば…。それがマシンのトランスフォームなのかもしれないし、別のなにか違う表現かもしれません。人間を深く理解することでその機能が実現できるようになると、製品開発の考え方も新たな進化が生まれるのではと、開発しながら思っていました」と話してくれました。

●バイクらしさを超越できたのはヤマハだから?

非常にユニークで革新的なコンセプトのMOTOROiD2ですが、ここにはやはりヤマハ発動機らしさが表れているのでしょうか? 二宮さんはこう言います。
「『人機官能』というヤマハの開発思想があります。『人機官能』とは、人と機械が高次元で一体化することで悦びを得るという思想です。その思想は現在に至るまで、様々な商材に展開されています。

MOTOROiD2もモビリティと人が気軽にコミュニケーションをとり、心の一体感を得る新しい『人機官能』の形であり、ヤマハ発動機らしさなのかなと思います」。

渡邉さんは、「企画の初期段階ではMOTOROiD2がいる世界で人はなにがうれしいんだろう? ヤマハとして未来にありたい姿は何なのか?という視点から考えました。もちろん、利便性や社会性を考えて人の暮らしに役立つ機能を追求していく進化もできます。しかし、機能的価値だけではいずれシェア/レンタルサービスでいいじゃん、ヤマハでなくてもいいじゃん、という価値観に埋もれてしまうと感じました。

そこで、自立する安全性という機能的価値だけでなく、人の愛着を誘発させて未来にモノを所有する意味を作る情緒的価値を創造する検証を始めました。すべてが手探りの研究開発の中で、一見『そんなの有り得ない』と否定されそうな飛びぬけたアイデアでも、可能性を感じて挑戦させてくれるところがヤマハらしいですね」。

その“否定されそうなこと”とは?と聞いてみると、「例えば既存のバイクの常識で考えると、LEAFが立ち上がった形状の空力は最悪ですよね(笑)。くわえてシートもありません。バイクは速く走るから楽しい、という既存の価値観だけで見れば理解不能なデザインです。そういう固定概念を打破しようと挑戦できてしまう柔軟さが、ヤマハらしいなって思います」。

そして篠原さんは「ヤマハは感動創造企業という企業目的があります。社内の風土として、新しい感動を抱かせるためにはどうしたらいいか? 新しい価値やワクワクをどうしたら届けられるか?ということを考える意思が、広く社員に根付いています。

これまでにはなかったような、現在のひとつ先の何かを創造しようとしたときに、アイデアを生み出す人がいますし、そのアイデアが大きく実るように育て考える人もたくさんいます。かつ、それを具現化しようと、楽しみながら技術開発を行うエンジニアもいます。

その意識と行動する人たちがいる中で開発できるのが、ヤマハ発動機らしさだと思っています。

LEAFを立ち上げた状態のMOTOROiDと、左から二宮サン、篠原サン、渡邉サン。
LEAFを立ち上げた状態のMOTOROiD2と、左から二宮さん、篠原さん、渡邉さん

このような環境だからこそ、ただのバイクではなく、モノと人との新たな関係性の実現を目指し、そこから生まれる感動や価値を探求し検証しようというMOTOROiD2開発に繋がったんだと思っています」と話してくれました。
世界的にも有名な2輪車の巨大メーカーのひとつでありながら、自らその殻を破る新たなコンセプトを打ち出す、そんなことができるのは、ヤマハ発動機の自由で先進的な社風だからなんでしょうね。

ヤマハ発動機のYouTubeチャンネルでは、MOTOROiD2の練習やリハーサルの様子も公開されています。

(文:まめ蔵/写真:小林 和久、ヤマハ発動機)

【関連リンク】

ヤマハ発動機 コンセプトモデル MOTOROiD2
https://global.yamaha-motor.com/jp/design_technology/design/concept/motoroid2/

ヤマハ発動機 技と術
https://global.yamaha-motor.com/jp/design_technology/technology/

ヤマハ発動機 クラフトマンシップ ヤマハの手
https://global.yamaha-motor.com/jp/design_technology/craftsmanship/

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この記事の著者

まめ蔵 近影

まめ蔵

東京都下の農村(現在は住宅地に変わった)で生まれ育ったフリーライター。昭和40年代中盤生まれで『機動戦士ガンダム』、『キャプテン翼』ブームのまっただ中にいた世代にあたる。趣味はランニング、水泳、サッカー観戦、バイク。
好きな酒はビール(夏場)、日本酒(秋~春)、ワイン(洋食時)など。苦手な食べ物はほとんどなく、ゲテモノ以外はなんでもいける。所有する乗り物は普通乗用車、大型自動二輪車、原付二種バイク、シティサイクル、一輪車。得意ジャンルは、D1(ドリフト)、チューニングパーツ、極端な機械、サッカー、海外の動画、北多摩の文化など。
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