ウェット路面でフォーミュラカーを走らせるのはほんとに大変。 ~両角岳彦のデータと観察で“読み解く”自動車競争【スーパーフォーミュラ2022年第7戦・モビリティリゾートもてぎ】

■スーパーフォーミュラ・レースを見舞ってくるウエットコンディションへの対応を読み解く

●グリッドに落ちてきた雨

週末2連戦の1日目・土曜日、タイムスケジュールには「14時30分、フォーメーションラップ開始」と、今年のスーパーフォーミュラのレースでは毎回おなじみの文字が記されています。その前にはまず決勝レースに向けて車両状態を確かめる最後の機会、「8分間ウォームアップ」から、スターティンググリッドに向かって各車がピットを後にし、グリッドに付いたら色々とセレモニーがあって…という「スタート進行」のプログラム。それは予定どおりに始まり、進んでいました。

でも私も、そして各チームのスタッフも、その中で繰り返し空を見上げていたのは、「14~15時に雨」という天候予想と、西から近づく雨雲の観測データを見ていたから。

ここでその時の私の取材メモを再録してみます。

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気温25℃ 路温36℃

14時10分過ぎからはっきり雨が落ちてきて路面も濡れ始め、「WET宣言」が提示された。

でも各車それぞれに作業禁止となる(フォーメーションラップ開始)「3分前」まで待つか、というところでさらに雨粒多くなり、グリッド上は大急ぎでタイヤ交換。当然、雨の予測で持ち込み、並べてあったウェットへ。

その中でギリギリのセッティング変更として、リアのロール剛性調整(おそらく「柔らかく」)が何台か、またリアのトーインをシム1枚増やした車両(38坪井車)も。空力に関しては、ここはHDF(ハイ・ダウンフォース)の、しかも迎角最大なのでウイング類の調整はない。

スーパーフォーミュラ第7戦もてぎ
スターティンググリッドにマシンを着けて待つ中で突然(予報どおりに、だったが)落ちてきた雨。「ウェットレース」が宣言されて、メカニックたちがグリッド脇に運び込んであったウェットタイヤと、ここまで履かせていたドライタイヤとの交換を急ぐ。その中で、少しでもウェット路面に合わせた脚の動き方、タイヤの踏ん張り方にしようと、この場所と時間の中で可能な「セッティング変更」を行う車両も。38坪井車はリアのアップライト締結ボルトを緩めて後ろ側にシム(薄板)を追加。ということはイニシャル・トーインをわずかに増やした、はず(撮影:筆者)
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グリッド3番手につけた野尻車もタイヤ交換と合わせて、リアはメカニックの動きを見るとプッシュロッド長、すなわち車高を変更。フロントでもロール剛性の調節などを行っているのを目撃。マシンの外装表面に水滴が付き、車両直下の路面はまだ乾いているのに周辺はもう濡れているのがわかるだろうか。そのくらい急な降雨だったのだ(撮影:筆者)
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こちらではリア上面カウルを持ち上げ、メカニックの手はT字形の部品、つまり両端が逆方向に動くと下から伸びる軸が捻れる構造のアンチロールバーに掛かっている。タイヤの摩擦力が弱まるウェット路面走行では、車体をより柔らかく動かし、タイヤへの荷重変動を穏やかにするためにロール剛性は低めにするのが基本(撮影:筆者)

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視認したところで、軽く雨に濡れながらグリッドを見下ろせるコントロールタワー建屋の2階、メディアセンターに駆け戻る。いつもながらこの短い現場取材は忙しい。ここで「セーフティカー先導のスタート」という公示が。もちろん急にフルウェットに変化してゆく路面を誰も周回確認をしていない状況下で、安全にレースを始めるため、という競技委員側の判断。この場合、ダミーグリッドから1周のフォーメーションラップは行われず、先頭に付いたセーフティカーが先導して各車が走り出したところでレース開始、ここから1周目として周回数のカウントが始まる。これもレースの約束事。

久々のポールポジションを、この日午前中、まだドライ路面だった予選で獲得していた山本尚貴を先頭に静々と、と言ってもエンジンのサウンドはちゃんと響かせながら、でも3000~4000rpmあたりの、レーシングエンジンにとっては「アイドリングちょっと上」程度のスローペースで走るSF19の隊列からは、もう水飛沫が巻き上がるほど路面は濡れてきていました。

スーパーフォーミュラ第7戦もてぎ
急に路面を濡らし始めた雨に、セーフティカー先導スタートとなった第7戦。一般車としてはけっこう速い100+km/hでの集団走行でも、剥き出しで回転するタイヤ4本×21台が巻き上げる水飛沫はこのくらい

そういえばこのスターティング・ポジションを決めた予選。Q1・A組では平川亮が「路面変化」、つまりトレッド表面が発熱して溶け、ベタベタに“貼りついて”グリップする今日のレーシングタイヤを履いたマシンの群れが周回を重ねることで、その「溶けゴム」が路表面に粘着して残ることで、タイヤ表面のゴムとくっつき合うようにしてさらにグリップが上がる(ということだろうと考えられています)、その「路面にラバーが乗る」状況が刻々進行する中で早めにアタックしたことでタイムが伸びずノックアウト、なんて番狂わせも起きました。

そしてグリッド上位12番手・6列目までのポジションを決めるQ2では、その「路面が良くなる」最後のタイミングにアタックしたいと、皆が同じように考え、行動したようで、7分間のセッションの残り5分を切ってから連なるようにコースイン。タイヤを発熱させるのに2周、残り1分を切る時間帯で次々にアタックラップへ入っていったのですが、その最後尾を走っていた笹原右京がほんの1、2秒間に合わずセッション終了のチェッカードフラッグが出たところを通過。タイムを出せずに終わってしまう。

その前方も各車1~2秒程度の間隔に詰まった状態。これだと前を走るマシンが生む渦流が残った中を走ることになる。結局、11台の先頭でアタックに入ったS.フェネストラズが2番目、その後ろを走った山本が最速、という結果になりました。さすがに翌日の第8戦のQ2では各車もっと間隔を空けてアタックラップに入るように調整したのでしたが。

ちなみに5週間前の富士ラウンドで接近戦の中のアクシデントからハードにクラッシュ、マシンがモノコックとエンジンの間で千切れるほどの損傷を受けたフェネストラズでしたが、モノコック、エンジン、トランスアクスルケースと、「主骨格」を形作る基幹部品を全て新品にして組み直した、「事実上の新車」で臨んだそうです。

最近はモノコックやシャシー部品を供給するダラーラ側の製造品質管理も向上し、昔のように現物合わせで加工しないと組めない、なんてことはなくなった一方、組み上げた時の微細な寸法精度がマシンの微妙な特質に現れるレベルになっているので、この短期間に「1台作り上げた」チームの技術スタッフは大変だったと思います。その一方で、接着部分の多いモノコックタブなど、少なくなったとはいえ「疲労」が挙動に影響することがあり、フェネストラズの予選での「一発」の速さに、チームの苦労も報われたのではないでしょうか。

●ダウンフォースが生む濃い水煙の中を走る

グリッドを離れてから3周目、コース後半に入るところでセーフティカーのルーフでフラッシュを繰り返していた信号灯が消え、我々も見守る場内TVのタイミングモニターには「SafetyCar in this lap」の文字表示が。4周目に入るフィニッシュラインを通過するところから(そこまでは各車、追い越し禁止のまま)戦闘再開です。

スーパーフォーミュラ第7戦もてぎ
4周目、「戦闘開始」となってポールポジションの山本尚貴を先頭にもてぎロードコースの1コーナーにアプローチするSF19群。山本は最終コーナーから自分のペースで加速、そのすぐ後ろの数台もグリッド・ポジションをキープしているが、後方の水煙の中では少しでも前に出ようとするせめぎ合いが始まっている

しかし雨は変わらず降り続け、路面の水膜も厚くなったまま。そこをスーパーフォーミュラの剥き出しのタイヤがレーシングスピードで、加減速でも旋回でも「滑り」を伴って転動してゆくと、そのタイヤに巻きつくようにして濃い水煙が立ち上るようになります。

こうなると先頭を行く山本は圧倒的に有利。彼だけはクリアな前方視界の中、ドライビングを組み立てて行けるから。後続のドライバーたちは前のマシンのタイヤが巻き上げる水煙が、その車両底面後端から斜め上に向かって拡散しながら吹き出す気流(これが車体下面の圧力を低下させ、ダウンフォースを生む効果そのものなのです)が大きく反ったリアウイングでさらに上向きの流れを強める中に細かな水の粒子となって巻き上がる、この「白い霧」の中に突っ込んでゆくことになります。

オンボード映像を見ると、先行者に近づくとまさに白一面の視界。その中にひとかたまり、水粒子が濃く集まっているのが前を走るクルマがいるところ。それが近づいてきたらどちらかに自分のマシンを振って、こんな中でもバトルを仕掛ける。さらにそこからもオンボードビデオで“観戦”する(今、試用中の「SFgo」というアプリでそれが可能になろうとしています)と、お互いのタイヤが巻き上げる水煙で自分たちも包まれ、前も横も「白濁」する中でタイヤとタイヤが並びかけ接するギリギリでコントロールしている。これがレーシングドライバーの競争本能。

スーパーフォーミュラ第7戦もてぎ
最新のトップフォーミュラがウェット路面を本気の「レースペース」で走り始めると、タイヤが巻き上げる水飛沫がフロア下面と前後のウイングが生み出す強烈な跳ね上げ気流と渦(これがダウンフォースを生んでいる)に巻き込まれ、細かな水滴に千切られながら、走り去る車両の背後に密度濃く拡散して「濃霧のカーテン」を生み出す。この写真でも先頭を走る山本車が巻き上げる白煙の中に“すぐ後ろ”で追うフェネストラズ車が走っているのですが、ロールバーのOTS表示LEDの緑の光列でやっと見えるだけ。逆に後方のドライバーの視界は白い霧に包まれ、先行車の後尾中央にある赤LEDのレインライトが見えるかどうか、という状況

トップの山本は一見、淡々と、でももちろんタイヤは一瞬一瞬ずって滑り続け、その中でまずは7、8周、後続よりも2~1秒速いラップタイムを刻んで2番手で続くフェネストラズに5秒ほどの差を開きます。ここからは自分自身もミスを犯さないようにペースコントロールしてゆくことで主導権を握る。そうした競争の“流れ”がわかっていて、それをドライビングに反映できるのは、さすがにチャンピオン経験者。

こうしてレースが中盤に差しかかるあたりでは、フェネストラズと野尻智紀、牧野任祐と坪井翔と山下健太、など至近距離で走っている2台、あるいは3台のグループがありつつ、全体としては少し間隔が開いて競争としての展開はちょっと落ち着いた、ように見えました。

●「仕切り直し」でも勝利は手放さず

この状況を動かしたのは、まさに「上手の手から水が漏れる」というインシデント。37周レースの27周目を走っていた平川がセカンドアンダーブリッジを潜った先の左コーナーでスピン、ピットロード分岐に近いグリーン上にコースアウトして止まってしまったのでした。オンボード映像を見ると左にステアインしてクルマの向きが変わり始めるその瞬間に一気にリアが流れてしまって、もはやカウンターステアも効かない状況。ただレース後に本人のコメントとして伝わってきた話では、ヘルメットのバイザーが曇ってしまっていたとか。

この平川車を退かすためにセーフティカー導入。これで各車の間隔は一気に詰まり、「少し距離を空けてミスなく淡々と」の状況ではなくなりました。30周目を走る中でセーフティカーのフラッシュライト消灯。残り7周でのリセット、戦闘再開となりました。

ここでも再び先頭を走る山本がまず、背後のフェネスとラズを4秒近くも引き離すペースに乗せ、そのラップタイムを維持して差を広げました。もちろん視界の有利さはここでも大きかったのですが、それに加えてここまでのペースコントロールの中でウェットタイヤの消耗も抑えるようにしていた、といった老獪さも久々の勝利を、最後にヒヤヒヤすることもなく掌中に収めることにつながったはずです。

スーパーフォーミュラ第7戦もてぎ
山本以下、決勝レースで10位までに入ったドライバーたちの37周・周回毎のラップタイム推移を追ったグラフ。SC先導走行終了・先頭開始から最初の5,6周、後半でも平川車回収のSC先導走行が明けてから、山本のペースが他を上回っているのがはっきりわかる。水膜の厚いウェット路面でのレースでは、先頭を走るメリットはこんなに大きい、とも言える。2番手をキープしたフェネストラズは、タイヤが「フレッシュ」でブロックのエッジがシャープな状態では速いペースで走れているが、タイヤの消耗とともにペースが上がらなくなったように見受ける。野尻は前車との間隔など状況が整えば、やはりウェット路面でも速いが、この日は2年連続チャンピオンに向けてリスク・マネージメントに徹していたような
スーパーフォーミュラ第7戦もてぎ
優勝した山本が毎周、計時ラインを通過した瞬間を基準に、他の20車がどのくらいの差で走っていたか、を整理した「ギャップチャート」。各車の毎周の順位とそれぞれのタイム差が見渡せる。さすがにフルウェット路面で視界も限られ、タイヤが一気に滑ってしまうギリギリの「エッジ」でコントロールするドライビングが求められる状況では、順位変動は少なく、各車・者が走れるペースの差によって徐々に間隔が広がってゆくのが見てとれる。しかしSCが入って車速が下がり時間間隔が一気に詰まったところからの競争再開では、視界もタイヤ・グリップも不安定な中でも並び掛け、攻め・守りのドライビングが展開されたことが、各車の線の接近、交差(攻防で順位が入れ替わった)に現れている

この「雨中のポール・トゥー・ウィン」について、レース直後、ナカジマ・レーシングでエンジニアリング全般を担当し、山本車のトラック・エンジニアでもある加藤祐樹さんに振り返ってもらいました。

スーパーフォーミュラ第7戦もてぎ
久々の「ポール・トゥー・ウィン」を飾り、パルク・フェルメ(規則で定められた車両保管)に停めたマシンから降り立った山本尚貴をチームオーナーの中嶋悟さんが迎える。山本をチームに迎えて2年目の「初勝利」。右手奥で見守っているチームウェアの人物が加藤祐樹エンジニア

「(山本尚貴がチームに加入してから)じつは車両側に機構要素系の問題が出ていて…。その原因追求~対策に目処が付くまでにちょっと時間がかかってしまいました。そこでやっと山本選手のドライビングを、タイヤ側から分析するとどうなっているのかなど、彼のスタイルを理解して、それに合わせたセッティングを構築することに取り組めましたが、そこでもそれなりに時間が必要で、ようやく最近になって『どうするか』が見えてきた、というところです。

今日も、レースとしては山本選手に組み立ててもらった、という感じですね。一番前から出て、それもSC先導スタートになったのでトップで走り始めることができ、そこから序盤は飛ばし、少し後ろが空いた所からは、『このまま走るとタイヤがつらくなる』としばらく“後ろを見ながら”ペース・コントロールしていました。そこにSCが入って、最後は残りがもう少ないのでもう一度、行けるだけ行く、と判断しつつ走ってくれました。

予選は、後の方からアタックに行った人たちがトラフィック(前走車両が邪魔になること)にはまってしまい、思ったようなタイムが出ない、という状況でしたね。そうなることも予想できたので、ウチは空間があるところでアタックさせたいと、早めにコースへ送り出しました。それでP.P.を獲れたのですが。決勝がドライ路面+ドライタイヤだったらどうなったか。ボクとしては、やっと山本選手のドライビングを(タイヤの働き方や車両運動のプロセスとして)理解でき、それに対応するセッティングを組み立てられるところまできたので、その成果がドライ路面での走りに現れるのを早く確かめたい。今はそういう段階ですね」

(文:両角 岳彦/写真:JRP(特記以外))

この記事の著者

両角岳彦

両角岳彦 近影
自動車・科学技術評論家。1951年長野県松本市生まれ。日本大学大学院・理工学研究科・機械工学専攻・修士課程修了。研究室時代から『モーターファン』誌ロードテストの実験を担当し、同誌編集部に就職。独立後、フリーの取材記者、自動車評価者、編集者、評論家として活動、物理や工学に基づく理論的な原稿には定評がある。著書に『ハイブリッドカーは本当にエコなのか?』(宝島社新書)、『図解 自動車のテクノロジー』(三栄)など多数。