「三菱500」の発売50周年イベント開催。三菱初の量産乗用車は航空機がルーツだった【今日は何の日?7月30日】

■「三菱500オーナーズクラブ」主催の50周年記念イベント開催

2010(平成22)年7月30日、三菱自動車本社ショールームで「三菱500発売50周年記念イベント」が開催されました。当時発売50年を迎えた「三菱500」は、三菱にとっては記念すべきクルマ、三菱が独自開発した初めての量産乗用車なのです。

1960年に登場した三菱500(前)と1962年登場したコルト600(後)(C)Creative Commons
1960年に登場した三菱500(前)と1962年登場したコルト600(後)(C)Creative Commons

●国民車構想に対応した三菱初の独自開発乗用車「三菱500」

三菱自動車は、1970年に三菱重工の自動車部門が独立して設立されました。いっぽう三菱重工の歴史は古く、岩崎弥太郎が設立した九十九商会を起源とする三菱グループの中核をなす重工業メーカーです。

自動車との関わりは、三菱造船が陸軍の要請に応じて1919年に日本初の量産乗用車「三菱A型」を製造したことに始まります。1934年に三菱重工業に名称変更し、戦時中は主に航空機やトラックを製造、戦後はジープや海外メーカーの乗用車モデルをノックダウン生産していました。

1958年にデビューした富士重工の「スバル360」。てんとう虫の愛称で大人気となった名車
1958年にデビューした富士重工の「スバル360」。てんとう虫の愛称で大人気となった名車

その後1960年に、本格的な乗用車事業に乗り出した三菱重工(当時は、新三菱重工)から、三菱初の独自開発の乗用車「三菱500」がデビューしました。三菱500は、1955年に当時の通産省が、乗用車の開発を促進するために提唱した「国民車構想」に応えたものでした。これは、一定の基準をクリアした乗用車を開発したメーカーに、製造や販売資金の一部を政府が支援するというもの。これに応える形で、三菱500だけでなく、富士重工スバル360」やトヨタパブリカ」、マツダ「R360クーペ」などがデビューしたのです。

●航空機にルーツを持つ三菱初の量産乗用車

その後国民車構想は、目標が高すぎて自工会が達成不可能と表明するなどして実現できず、構想そのものは不発に終わりました。しかし、乗用車の国産化技術の発展とモータリゼーションの火付け役としての役割は、非常に大きかったと評価されています。

三菱500がモデルチェンジして1962年に登場したコルト600 (C)Creative Commons
三菱500がモデルチェンジして1962年に登場したコルト600 (C)Creative Commons

1960年4月から発売された三菱500は、2ドアの先進的なモノコックボディのリアに、500cc空冷直列2気筒OHVエンジンを搭載したRR(リアエンジン・リア駆動)方式を採用。トランスミッションは、3速MTが用意されました。開発メンバーの多くは、航空機部門の出身者で、かつては「ゼロ戦」など数々の名航空機の開発者をルーツとするエンジニアであったため、技術的には優れたモデルでした。

しかし、販売は期待通り伸びませんでした。多くのライバルメーカーが税金や車検制度(軽には車検がなかった)の点で有利な軽自動車から参入したのに対して、排気量の大きい三菱500は不利であったこと、またスマートとは言えないスタイリングも、販売が振るわなかった要因でした。

●三菱500のエンジンは、ゼロ戦のエンジン?

零式艦上戦闘機(通称ゼロ戦)(C)Creative Commons
零式艦上戦闘機(通称ゼロ戦)(C)Creative Commons

販売50周年のイベントでは、「三菱500オーナーズクラブ」のメンバーや当時の益子社長も参加して、様々な話題が取り上げられました。三菱500を知るOBも参加して、「航空機のエンジニアしかいなかったので、空冷2気筒のエンジンの構造は、ゼロ戦の星形14気筒エンジンを2気筒抜き出したようなもの」とか、「ペラッペラのシートのバックレストは、戦闘機そのもの」などの貴重なエピソードも飛び出したそうです。


航空機技術をベースにしたメーカーと言えば、スバルも同様です。ともに、当初は技術に対する強いこだわりを持ったメーカーでしたが、100年の歴史の中で紆余曲折があり、現在両社は全く異なる道を歩んでいますね。

毎日が何かの記念日。今日がなにかの記念日になるかも知れません。

Mr.ソラン

この記事の著者

Mr. ソラン

Mr. ソラン 近影
某自動車メーカーで30年以上、自動車の研究開発に携わってきた経験を持ち、古い技術から最新の技術までをやさしく解説することをモットーに執筆中。もともとはエンジン屋で、失敗や挫折を繰り返しながら、さまざまなエンジンの開発にチャレンジしてきました。EVや燃料電池の開発が加速する一方で、内燃機関の熱効率はどこまで上げられるのか、まだまだ頑張れるはず、と考えて日々精進しています。夢は、好きなクルマで、大好きなワンコと一緒に、日本中の世界遺産を見て回ることです。