世界一売れたゲーム機「プレイステーション2」発売/英国人ドライバーのジム・クラークと光岡自動車の創業者光岡進が生まれる!【今日は何の日?3月4日】

■全世界で1億6000万台売れたPS2がデビュー

2000(平成12)年3月4日、ソニー・コンピュータエンタテインメントから「PlayStation2」が発売されました。画期的な機能を備えていることから、発売時には1000人を超える大行列ができる大変な人気でした。現在、世界で1億6000万台の売り上げを記録し、世界一売れたゲーム機として君臨しています。

さて、3月4日に生まれたのは、俳優の佐野史郎と片岡愛之助、女優の浅野温子、光岡自動車創業者の光岡進、作家の有島武郎、レーシングドライバーのジム・クラーク、作曲家のポール・モーリアなどです。本日紹介するのは、ジム・クラークと光岡進です。

●フライング・スコット(天駆けるスコットランド人)と呼ばれた天才ドライバーのジム・クラークが誕生

ジム・クラーク(1965年) (C)Creative Commons
ジム・クラーク(1965年) (C)Creative Commons

ジム・クラークは1936年3月4日、スコットランドのファイフ半島キルメニーの農家に生まれました。牧童として働きながら草レースで活躍している時に、ロータスの創始者コーリン・チャップマンに見い出され、1960年にF1デビュー。早速1962年のベルギーGPで初優勝を飾ると、翌年1963年に圧倒的な強さでチャンピオンに輝きます。この年の年間7勝は、1988年にアイルトン・セナが8勝するまで1シーズンの最多勝利記録でした。1965年に2度目のチャンピオンを獲得すると、その年のインディ500も制し、史上初のF1とインディ500同時制覇という偉業を達成しました。今後のさらなる飛躍が期待されましたが、1968年のレース中に事故を起こし、32歳の若さでこの世を去ってしまいました。

ロータス・25に乗るクラーク(1962年ドイツGPにて)(C)Creative Commons
ロータス25に乗るクラーク(1962年ドイツGPにて)(C)Creative Commons

ジム・クラークはF1史上最も偉大なドライバーのひとりに挙げられます。ジャッキー・スチュアートは「レーシングドライバーとしても一人の男としても、私がそうなりたいと思った存在」と述べ、アイルトン・セナは「ベスト中のベストドライバー。ボクにとって少年時代のヒーローだ」と褒め称えています。

さて、クルマ界の今日は何があったのでしょう?

●日本10番目の自動車メーカーを創業した光岡進が生まれる

光岡自動車の創業者で現在会長を務める光岡進は、1939(昭和14)年3月4日に富山県で生まれました。子どもの頃からモノづくりが好きで、地元の工業高校卒業後、乗り物に携わりたいと自動車販売会社へ就職します。10年ほど乗用車の営業を担当しますが、一大決心して独立。1969年に板金や整備、中古販売を行う「株式会社光岡自動車」を設立します。

1998年に発売されたマイクロカー「MC-1」
1998年に発売されたマイクロカー「MC-1」

その後、長年の夢であったクルマの独自開発に取り組み、1982年に初の自社オリジナルのマイクロカー「BUBUシャトル50」を発売しました。原付免許で乗れる手軽さから大ヒットしますが、道路交通法の改正によって販売が低迷したことを機に、既存のクルマの内外装を改造する「レプリカ戦略」へと大きく舵を切ります。

第1弾は、1987年の「BUBUクラシックSSK」、さらにシャシーとサスペンション、ボディパネルなどを自社設計した「ZERO1」を市場に投入。このモデルが運輸省の型式認定を取得し、光岡自動車は日本で10番目の乗用車メーカーとして認可されたのです。

2018年に発売された2シーターオープンカー「ヒミコ」
2018年に発売された2シーターオープンカー「ヒミコ」
2006年に発売されたスーパーカー「オロチ」
2006年に発売されたスーパーカー「オロチ」

以降、1998年「リョーガ(凌駕)」、2006年「オロチ」、2008年「ヒミコ」、2014年「リューギ(流儀)」、2018年「ロックスター」と次々に個性的なモデルを市場に投入し、自動車業界に独自の地位を築く存在となりました。

小規模メーカーゆえにできる完全受注生産と手作りという特長を生かして、現在も自社開発のレプリカモデルとともに、個性的溢れるスタイリッシュなクルマづくりに挑戦しています。

毎日が何かの記念日。今日がなにかの記念日になるかも知れません。

Mr.ソラン

この記事の著者

Mr. ソラン

Mr. ソラン 近影
某自動車メーカーで30年以上、自動車の研究開発に携わってきた経験を持ち、古い技術から最新の技術までをやさしく解説することをモットーに執筆中。もともとはエンジン屋で、失敗や挫折を繰り返しながら、さまざまなエンジンの開発にチャレンジしてきました。EVや燃料電池の開発が加速する一方で、内燃機関の熱効率はどこまで上げられるのか、まだまだ頑張れるはず、と考えて日々精進しています。夢は、好きなクルマで、大好きなワンコと一緒に、日本中の世界遺産を見て回ることです。