太平洋戦争が勃発/原子炉もんじゅが火災事故/スタイリッシュな軽乗用車スバルR2デビュー!【今日は何の日?12月8日】

■真珠湾攻撃で太平洋戦争勃発、高速増殖原子炉「もんじゅ」で火災事故発生

ハワイオアフ島の真珠湾
ハワイオアフ島の真珠湾

1941(昭和16)年12月8日、日本軍の戦闘機がハワイのオアフ島にある真珠湾の米海軍基地を奇襲攻撃。米軍は、複数の艦船と多くの戦闘機を失い、約2400人の死者が出ました。これを受け、翌日には米国が日本に宣戦布告し、米国も第二次世界大戦へ本格参戦することになりました。真珠湾攻撃が、日本にとっては最悪のシナリオのトリガーになってしまったのです。

福井県敦賀市の高速増殖炉「もんじゅ」
福井県敦賀市の高速増殖炉「もんじゅ」

また1995年(平成7)年のこの日、福井県敦賀市の日本原子力研究開発機構の高速増殖原子炉「もんじゅ」で、冷却用の液体ナトリウムが漏れて火災事故が発生。さらに幹部が事故時のビデオを編集したり、事実を隠蔽したことから、社会的に大きな問題へと発展しました。高速増殖原子炉自体は、ウラン238からプルトニウムを生産しながら発電するもので、消費した量以上の燃料を生み出すという画期的な原子炉です。ウラン資源のない日本では、電力確保の設備として期待されていましたが、トラブル続きで2016年には廃炉が決定されました。

さて、クルマ界の今日は何があったのでしょう?

●個性派デザインのスバルR2がデビュー!

2003(平成15)年のこの日、スバル(当時は富士重工)から新型の軽自動車「スバルR2」が発売されました。実はR2という車名は、往年の名車「スバル360」の後継として1969年にデビューした「R-2」を復活させたものです。

2003年に発売されたスバルR2。ワンモーションのスマートなスタイリング
2003年に発売されたスバルR2。ワンモーションのスマートなスタイリング

スバルR2がデビューした頃は、1993年に登場したスズキの「ワゴンR」が開拓した背の高いハイトワゴンが軽市場を席巻していました。スバルR2は、その流れに乗らず、全長と全幅は軽規格一杯ながら全高が1520mmと低いワンモーションのスタイリッシュなデザインを採用、ボクシーな軽が一般的な中では個性的でした。

スバルR2に搭載されたスーパーチャージャーエンジン
スバルR2に搭載されたスーパーチャージャーエンジン

搭載エンジンは、当時としては非常に珍しい660ccの直4エンジンで、標準的なSOHCの「i」(46PS)、可変バルブ機構付DOHC 16Vの「R」(54PS)、スーパーチャージャー付DOHCの「S」(64PS)の3種。トランスミッションとしては、CVTおよび5MTをベースに、スーパーチャージャー付エンジン車「S」については7速シーケンシャルモード付CVTが組み合わされ、駆動方式はFFとビスカスカップリング式4WDが用意されました。また足周りについては、前後ともストラット/コイルの4輪独立サスペンション、ベンチレーテッド・ディスクブレーキなど、軽としては豪華な装備が採用されました。

2005年にフロントグリルを変更したスバルR2
2005年にフロントグリルを変更したスバルR2

個性的なスタイリングと高度な技術が採用されたスバルR2は、他社とは一味違う軽自動車として高く評価されましたが、販売は伸びませんでした。その後も改良を繰り返しましたが、事態は好転せず2010年に生産を終了します。スバルは、その2年前の2008年、登録車の開発に集中するため軽自動車の自社開発を止めることを英断、R2に続いて2011年にトールワゴン「ステラ」の生産を終え、軽自動車の自社開発から撤退することになるのです。

毎日が何かの記念日。今日がなにかの記念日になるかも知れません。

Mr.ソラン

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Mr. ソラン

Mr. ソラン 近影
某自動車メーカーで30年以上、自動車の研究開発に携わってきた経験を持ち、古い技術から最新の技術までをやさしく解説することをモットーに執筆中。もともとはエンジン屋で、失敗や挫折を繰り返しながら、さまざまなエンジンの開発にチャレンジしてきました。EVや燃料電池の開発が加速する一方で、内燃機関の熱効率はどこまで上げられるのか、まだまだ頑張れるはず、と考えて日々精進しています。夢は、好きなクルマで、大好きなワンコと一緒に、日本中の世界遺産を見て回ることです。