今日はひな祭り。国民車スバル360誕生!【今日は何の日?3月3日】

■日本のモータリゼーションの幕を開けたスバル360

3月3日のひな祭りは、「桃の節句」とも呼ばれ、女の子の健やかな成長を願う日です。元々人形にけがれを移して川や海に流す行事でしたが、その人形がしだいに華やかになり家で飾るようになって現在のひな人形へ発展しました。

また1847(昭和22)年のこの日、米国で電話機の発明者グラハム・ベルが生まれました。正確には、発明者でなく電話機の特許を取得した人物です。誰が発明したのかは諸説あるようですが、イランシャ・グレイは特許の申請が2時間遅れ、またエジソンは1ヶ月前に特許申請したが書類不備で受理されなかったというエピソードが残っています。特許を取得することがいかに重要か、現在にも通じる話ですね。

さて、クルマ界の今日は何があったのでしょう?

1958(昭和33)年3月3日、スバル(当時は富士重工)から日本の自動車史に大きな足跡を残した「スバル360」が誕生しました。

1958年発売のスバル360
1958年発売のスバル360
1958年発売のスバル360の内装
スバル360の内装

当時の日本では、クルマといえば商用車が多く、乗用車は高価で一般庶民にとっては「高嶺の花」。乗用車を所有することは夢のような時代でした。そこで政府(通商産業省)は、1955年に規定の条件を満足するクルマであれば、クルマの製造と販売を国が支援するという「国民車構想」を打ち出しました。この自動車普及政策に対応する形で登場したのが、スバル360でした。

1958年発売のスバル360(バック)
1958年発売のスバル360

スバルの前身である富士重工は、中島飛行機製作所がその起源です。スバル360のエンジンは、空冷2気筒356cで最高出力16PS、最高速度83km/hを発揮。モノコックボディでRR(リアエンジン・リアドライブ)方式を採用、車重は385kgまで軽量化するなど、随所に航空機づくりで培った高い技術が盛り込まれていました。また実用性の高さに加えて、可愛いスタイルから「てんとう虫」の愛称で呼ばれて大ヒットし、登場後12年にわたり長く人々に愛され続けました。

最初の国民車として高い評価を受けたスバル360は、その後の日本のモータリーゼーションに多大な貢献を果たしました。クルマに興味のない人、名前が思い浮かばない人でも、画像を見ればほとんどの人は見たことある、知っているというのではないでしょうか。日本の自動車史に残る名車のひとつです。

毎日が何かの記念日。それではまた明日!

(Mr.ソラン/写真:スバル、中野幸次)

この記事の著者

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Mr. ソラン

某自動車メーカーで30年以上、自動車の研究開発に携わってきた経験を持ち、古い技術から最新の技術までをやさしく解説することをモットーに執筆中。もともとはエンジン屋で、失敗や挫折を繰り返しながら、さまざまなエンジンの開発にチャレンジしてきました。
EVや燃料電池の開発が加速する一方で、内燃機関の熱効率はどこまで上げられるのか、まだまだ頑張れるはず、と考えて日々精進しています。夢は、好きな車で、大好きなワンコと一緒に、日本中の世界遺産を見て回ることです。
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