GMの歩み:長く販売台数第1位を続けるも経営破綻し復活の途上に【自動車用語辞典:海外の自動車メーカー編】

■20世紀のモータリーゼ―ションの中で巨大成長した米国最大手の自動車メーカー

●21世紀に高まった環境対応技術で欧州と日本メーカーに後れを取って窮地に陥る

GMの2019年販売台数は、世界第4位でした。かつては、1931年から2007年までの77年間世界第1位の座を守り通した絶対王者でしたが、近年は経営危機にも直面して厳しい状況が続いています。

フォードとともに自動車黎明期と成長期を牽引したGMのこれまでの歩みについて、解説していきます。

●会社概要と業績

・会社名:ゼネラルモーターズ

・代表取締役会長兼CEO:メアリー・パーラ

・創立:1908年

・資本金(2019.6現在):1400万ドル

・従業員数(2019.6現在):17万3000人

・販売台数:772万台(2019.1~2019.12)

●起源

GMの起源は、ビュイックの経営者ウィリアム・C・デュラントが1908年に設立したことから始まります。

同年にオールズモビルを買収し、1909年にはキャデラック、オークランド(後のポンテアック)を、1918年にはシボレーを傘下に収めました。

GMは、先にT型フォードで大成功を収めたフォードに対抗するため、傘下のブランドをフル活用して富裕層から低所得者層までをカバーする強力なラインナップを揃えました。

●メーカーとしての歩み

1911年に金融会社GMACを設立すると、そのオートローンが潜在顧客を開拓し、販売台数を飛躍的に向上させました。さらに、1931年にオペルを完全子会社にして、遂に販売台数でフォードを抜き世界第1位になりました。

その後2007年までの77年間世界第1位の座を守り通し、トヨタとも熾烈な首位争いを繰り広げました。

21世紀に入り、市場の低燃費志向などに後れを取って収益が激減し、政府の支援介入にもかかわらず、2009年に経営破綻に追い込まれ連邦倒産法が適用されました。

また、日本メーカーとの係りは古く、かつていすゞやスズキ、富士重工に出資した時期もありましたが、いずれも経営不振のときに手放しています。

2010年に優良資産の譲渡によって再び株式市場に上場して、復活を目指した新生GMがスタートしました。

●往年の代表的なモデル

キャデラックやシボレー、ビュイック、ポンテアックなど、数多くのブランドから成り立っているGMだけに、多くの名車を生み出しています。

・1948年、キャデラックからメッキグリルや巨大なテールフィンを採用したシリーズ59が発売

キャデラック・フリートウッド
1948年、キャデラック・フリートウッド 60スペシャル

・1954年のコルベット、1958年インパラ、1967年カマロが若者向けブランドのシボレーから発売

シボレー・コルベット
1954年、シボレー・コルベット(初代)

・1950年のロードマスターがシボレーの上級ブランドのビュイックから発売

・爽快な走りが堪能できるGTO、カマロの姉妹車であるファイヤーバードがポンティアックから発売

ポンティアック・ファイヤーバード
1967年、ポンティアック・ファイヤーバード(@Wikipedia)

●最近の代表的モデル

1970年代のオイルショックによって、キャデラックは小型化に方向転換しました。

・1984年に発売したスポーツクーペのフィエロがヒット

ポンティアック・フィエロ
1984年、ポンティアック・フィエロ(@Wikipedia)

・1991年、小型車サターンのSシリーズ発売

・1992年の4代目セビルがヒット

・1999年、独特の風貌で人気のハマーH1発売

ハマーH1
1999年、ハマーH1(@Wikipedia)

かつては、米国ビッグ3と呼ばれたGM、フォード、クライスラーですが、現在はいずれもかつての輝きを失いました。

米国が大型車中心の市場のため、小型化や燃費低減技術への対応が遅れることによって、欧州メーカーと日本メーカーにその座を奪われてしまいました。現在ではホンダとの提携も報道されています。

(Mr.ソラン)

この記事の著者

Mr. ソラン 近影

Mr. ソラン

某自動車メーカーで30年以上、自動車の研究開発に携わってきた経験を持ち、古い技術から最新の技術までをやさしく解説することをモットーに執筆中。もともとはエンジン屋で、失敗や挫折を繰り返しながら、さまざまなエンジンの開発にチャレンジしてきました。
EVや燃料電池の開発が加速する一方で、内燃機関の熱効率はどこまで上げられるのか、まだまだ頑張れるはず、と考えて日々精進しています。夢は、好きな車で、大好きなワンコと一緒に、日本中の世界遺産を見て回ることです。
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