80~90年代の日本車からグッドデザインを振り返るシリーズ。第29回は、F1譲りの高性能を遊び心満載のボディに包み込んだパーソナル・コミューターに太鼓判です。
誰にでも手が届く、二輪感覚のコミューターを作りたい。1991年、先行したNSXが示した本格スポーツとは対照的に、まったく新しい乗り物を目指し「ミドシップ・アミューズメント」を名乗って登場したのが、ホンダ・ビートです。
緩やかなクサビ型のボディは、前後を走るハイライトやサイドシルを前側では前下がり、リアは後ろ下がりに向け、実寸以上に伸びやかに見えるよう考えられました。
ヘッドランプからフェンダー、エアインテークからドアの見切りまで、1本のラインで結んだ流れは圧巻。さらに、リアに向けた形状のホイールアーチは前後で相似形を示すなど、各要素は徹底して整理されます。
ボディは「張り」と「切れ」のメリハリを意識。ボンネットや張り出したショルダーからリアフェンダーへの流れは豊かな面を、エアインテークに続くドアパネルは引き締まった面と、軽サイズとは思えないコントラストを表現。
また、ホイールアーチまで伸びたフロントランプは、外側への「発散」をテーマとし、フロントフェイスが貧相に見えないよう工夫。一方のリアランプは、大きく柔らかな形をパネル内に収めて「止め」を打ち出します。
インテリアは、小径ステアリングと独立形の小型メーターによって二輪感覚の開放感を演出。「シマウマの爽やかさ」から発想したゼブラ柄のシートは、外観に負けず、トータルでクルマをアピールできるとしました。
先行開発チームによる初案は、クルマではない新しい乗り物を模索。また、デザイナー陣は「ミッキーマウス」を合い言葉に、可愛らしいだけでなく、長い時間愛着を持たれる普遍性を持たせたいとしました。
最新のS660が、先鋭的なスポーツカーとして「いま」を表現する一方、高性能を「遊び」で包んだビートが30年もの間まったく色褪せないのは、より先を見据えた懐の深い思想があったからなのかもしれません。
●主要諸元 ホンダ ビート(5MT)
形式 E-PP1
全長3295mm×全幅1395mm×全高1175mm
車両重量 760kg
ホイールベース 2280mm
エンジン 656cc 直列3気筒SOHC12バルブ
出力 64ps/8100rpm 6.1kg-m/7000rpm
(すぎもと たかよし)