過激チューニングカー雑誌OPTION創刊号企画で青森から山口までナント平均時速81.8km!

今、「若者のクルマ離れ」な~んて言葉が腐るほど言われています。その理由には、クルマを買うお金が無い、他に楽しみがたくさんある・・・などと世間は謳っています。

確かにそうなのかもしれません。

しかし、80年代初頭、若者がクルマを持つことがステータスとされ、しかもカッコいいクルマに乗っていればモテる時代が、確かにありました。

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1981年6月創刊号から、その年の12月号。時代を超え、今読んでもワクワクする記事がいっぱいです。

そんな時代の1981年に創刊された自動車雑誌「OPTION」をご存知でしょうか? 休刊することなく今現在も発行されている雑誌なので、一度は目にした方も多いかと思います。

記事のメインは、クルマのチューニング。チューニングショップやチューニングメーカーの作ったマシンによる最高速・ゼロヨンテストや、速く走るためのエンジン、フットワークチューン紹介。また、納得のいかない異様な交通取り締まりに喝!や、ストリートに生きる走り屋さん紹介など。

創刊当時のOPTION誌には、新車のインプレッション記事は、ほぼ皆無。皆無というか、メーカーからは「あの雑誌は危険すぎてイカン!」と思われていたためか、試乗会には誘ってもらえなかったからなんですけど・・・。

そんな中で1番人気となっていた記事が、日本自動車研究所(通称:谷田部)の高速周回路を使用しての最高速、ゼロヨン計測。新記録達成!などの記事が掲載されると、その世界に魅了されているクルマ好きにとっては、すっげ~!となるワケです。

しかし、記事の内容によっては、国の偉い機関からお小言を言われたり、取り締まりの参考にお巡りさんが読み漁っていたり、編集長が呼び出されたり・・・! 自由でステキですね・・・今思えば。

現在、5万部、10万部発行となると物凄く売れている自動車雑誌になりますが、超バブル期~バブル崩壊期辺りの時代には、マジモンの水増し無しで35万部、40万部の実売があった、モンスター級に読まれていたのが、自動車改造雑誌「OPTION」誌なのです。

そんな、クルマ好き、チューニング好きがこぞって読み漁っていた、その時代のOPTION誌を懐かしみつつ、当時からのチューナーさんやチューニングカーオーナーの方々にもお話を聞きつつ、危険ながらも魅力溢れる当時のチューニングの世界を振り返ってみる・・・そんなシリーズを始めます。

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読者投稿コーナー「グランパスクラブ」に採用されるとプレゼントとして送られるOPTIONステッカー。クルマに貼って読者同士が街中でコミュニケーションをとる楽しい手段として大人気でした。今でも年期の入ったコレをタマ~に見かけますが、とっても嬉しくなります。

 

「あの記事がもう一度見たい!」「○○○km/h出したあのクルマを見せて!」、そんなリクエストも承ります! お父さん、お爺ちゃん世代が楽しみ、そして今に受け継がれているチューニングの世界を見ていきましょう!

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1981年6月創刊、OPTIONの第1号

さて、そんなストリートに生きる走り屋さんのバイブル、1981年6月号創刊号のメイン記事は、映画「キャノンボール」の日本版へ向けての第一歩とするべく行った、本州激走レポートです。青森県・下北半島大間岬から山口県下関関門橋までの、走行距離1800km、所要時間22時間、平均スピード81.8km/h。走るマシンは、RE雨宮自動車の200psオーバー13Bサイド・キャブ仕様のRX-7(SA22C)。

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途中、ミッショントラブルやエキゾーストマニホールドの亀裂、雨で濡れた路面との戦い、パトカーとの遭遇・・・などをクリアしつつ、ワインディング、一般道、高速道路でゼロヨンや最高速計測をしながら走破。長距離走行に決して優しくはないチューニングカーであるRE雨宮のチューンドセブンが、本州縦断をやり遂げたのです。

記事の最後は、こう締めくくられています。

「この国のクルマ意識はそう高くない。スピード=暴走と見られるし、クルマを使いこなすセンスも低い。運転もアメリカやヨーロッパ先進国と比べるとヘタだ。自由を自分の責任で享受できるクルマ好きが少ない。つまり、日本では、(キャノンボールをやることが)非常に大きな危険性を伴うことも事実なのである。が、激走の精神はやはり永遠だ。日本版キャノンボールが開催される日こそ、オレたちのカーライフが大人の時代を迎えた時ではないだろうか。その日が早く来ることを祈りたい」。

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過激です。危ないです。でも、魅力的ではないですか!?

当時、世間一般からは「チューニングカー、いや、改造車なんてものは、危ない暴走族たちの乗り物」としか見られていませんでした。しかし、今では自動車メーカーがチューニングを施した特別仕様のクルマを売っています。チューニングすべてが悪としていた世間の見る目を徐々に変えていった、その第一歩が、OPTION創刊号のトップ記事に垣間見られているのです。

[1981年6月創刊号より]

(Play Back The OPTION by 永光やすの)