ミニバンの元祖三菱のデリカD:5ディーゼルは評価に困った

〈Mondaytalk星島浩/自伝的・爺ぃの独り言45〉 マツダがCX-5とアテンザにディーゼルエンジンを載せて大ヒット。メーカーも予想以上の売れ行きに驚いているくらいだもの。クリーンディーゼルなら「パジェロも積んだ、こちらが先輩」と、三菱も黙っちゃいない。

 曰く「ミニバン初のクリーンディーゼルだ」と、デリカD:5を発売。

 アウトランダーPHEV試乗直後に三浦半島あたりを走らせてきた。

 

 しかし感心するには至らず。ボディが背高で重いため、確かにターボディーゼルのほうが、ガソリンエンジンより低速トルクが大きく、存在意義を認めたものの、商品価値となると些か首を傾げる。

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                                                Delica D:5 Diesel 

 顧みて、SUV、ミニバンの大半がディーゼルで売れていたのに、石原・東京都知事が煤入りペットボトルを振って見せた後は、厳しい排ガス規制に遭い、いずれの国内メーカーも生産中止。後ろ指がイヤなばかりに、ユーザーの多くが捨て値で手放さざるを得なかった———実際、音がうるさく、早朝出発、深夜帰宅に神経を遣ったし、煙もひどかった。

 

 そういえば以前、同じ団地にいたVWゴルフ・ディーゼルが「あれはゴルフじゃない、エルフだ」と不評を買い、ビルに近い彼の駐車区画と、離れた位置にあった私と交換したっけ。保管場所変更手続きが案外、厄介だった。

 

 当時と比べれば、うんと静か。煙も皆無。なるほどクリーンである。

 でも始動させれば、ガラガラ音こそなけれ、車外であれ車内であれ、明らかにディーゼルと分かるし、ハンドルを通じて微かな振動も伝わってくる。

 

 現行デリカD:5が、ガソリンエンジンしか積まないと決めて開発されたんだろう。その点、新型車のCX-5やアテンザと違っていて不思議はない。初手からディーゼルを積むとあらば、それなりの手当てをしていたと思う。

 D:5の弱点である乗降性も改善されなかった。身長170㎝でもアシストグリップの助けがないと前席乗り込みが容易じゃなく、降りる際も足が地面に届かない。

 以前、指摘———なぜ、ドア開閉と連動するステップが実現しないのか。ドアを開けるとサイドシル裏からステップが出てくる、閉めると引っ込む連動だ。

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 それにしても、三菱はミニバンを置き忘れてしまったのかしら。

 シャリオもRVRも10年前に引っ込めたんでしょ? 小型寄りD:2はスズキからのOEM供給だし———そう思ったら、ちょっぴり悲しいョ。

 

 そう。そもそも三菱はミニバンの元祖だった。

 スタンザ・ベースの日産プレーリーも、ほぼ同時期なので正真「元祖」とはいえないが、いずれにせよ、開発開始はタッチの差だったろう。

 

 当時、三菱はクライスラーと提携。6気筒など大排気量寄りのエンジン開発を諦めざるを得ないなど、提携というより、かなり支配されていたのかもしれない。ために2.4Lエンジン設計&開発をヒュンダイに頼んだことさえある。

 北米で「バニング」が盛んだった頃、トラックベースの大型ではなく、自宅ガレージにも収まる乗用車プラットフォームで「VAN」を開発し「受けて」いたクライスラーが、三菱に小型セダンベースの「ミニVAN」開発を薦めたのが発端だ。むろん当時「ミニバン」なるカテゴリーも呼称もなかった。

 

 これも余談だが、当クリッカーに連載していた松本さんの記事を最近、見ないねェ。あれこそアメリカで今も好まれている典型的な「バニング」なのに。

 

 さて三菱は1983年にシャリオを発売。ほどなくリヤサイドにスライドドアを備えたRVRを派生———日産プレーリーがセンターピラーレスでリヤサイドにスライドドアを採用、開口面積の大きさを誇っていたため、RVRが追いかけたもの。一方、スタンザがベースだけに、プレーリーはボディ剛性に難ありと指摘され、次期モデルをブルーバード・ベースに改めたっけ。

 

 もっとも本格的、乗用車ベースのミニバンは94年誕生のオデッセイだ。

 

 世に商用車=トラックベースの多人数乗りワゴンは少なからず存在したが、本来ホンダにはトラックがなく、いすゞからビッグホーンのOEM供給を受けて販売店の求めに応えていた。

 

 一方、アコードの売行きが落ちてきた事情もあり、同じ工場で、アコードの下半身を生かしながら、3列席6~7人乗り移動手段=ミニバンのコンセプトが生まれた。同じ組立ラインで流すには背を高くできない。背が低く、フロアやサイドシルもセダン同様に低い。———苦しまぎれの発想が、初代オデッセイのホームランに繋がったのだから皮肉と言えば皮肉。アコードを抜いたばかりか、一躍トップセラーに躍り出たもの。

 

 クリエイティブ・ムーバーと称したっけ。前後席間ウォークスルーやガラスルーフ。やがて助手席回転対座シート出現など、いかにもセダン派生らしいミニバンのあり方が示されたのに、いつのまにやら「室内を立って移動できる」背高ミニバンが、もてはやされる時代になってしまった。

 

 でも市場は変わりつつある。少子・高齢化もあり、一時は乗用車の30%を占めていた背高ミニバンが、ここ数年、周囲から減る傾向をみせてきた。

 

 なにも20年前のオデッセイに戻れというつもりはない。が、市場が求めるミニバン像を元祖三菱が発想してもよろしいんじゃないの? ためにD:3とD:4車名を「お取り置き」してるんでしょ。元気出してほしいョ。★

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