【自動車用語辞典:低燃費技術「予混合圧縮着火エンジン」】点火プラグに頼らず圧縮の温度上昇で自己着火させる革新技術

■マツダが世界で初めて量産化に成功

●まだ発展段階にあり今後の進化に期待

長年多くのエンジン技術者が、実用化に向けて注力してきたHCCI(予混合圧縮着火)エンジンが、2019年、マツダによってついに量産化されました(新型マツダ3に搭載)。

マツダが開発した「SPCCI(火花点火制御圧縮着火)」を例に取り上げ、その手法や効果について解説していきます。

●HCCIエンジン(予混合圧縮着火)とは

HCCI(予混合圧縮着火:Homogeneous Compression Charge Ignition)エンジンは、燃料と空気を燃焼室全域で濃度が均一になるように混合して、圧縮による温度上昇によって自己着火させる「多点着火による予混合燃焼」です。

ガソリンエンジンの均一予混合という特性と、ディーゼルエンジンの圧縮着火の特性を併せ持つエンジンです。

●HCCIの何が良いのか

通常の火花点火では燃焼(火炎伝播)できないような超リーンな(薄い)均一混合気を形成し、燃焼室全域で起こる多点圧縮着火の低温燃焼を実現するHCCIには、以下のメリットがあります。

・均一な予混合気の燃焼であるため、ディーゼルのような煤を含んだPM(微粒子状物質)がほとんど発生しません。

・非常に薄い超リーンバーンであるため、スロットル開度が大きくなり、ポンプ損失が低減します。また、燃焼温度が低いため、NOxの生成がほとんどなく冷却損失も減少します。

・燃焼室全体で均一混合気の多点着火が起こるので、未燃損失が少なく完全燃焼しやすいため、熱効率が高くなります。

●HCCIの課題

一方、長年実用化を妨げてきた最大の課題は、HCCIが成立する運転領域が限られる、狭いことです。低負荷域では、混合気の温度が低いため安定して着火できず、高負荷になるとノッキングが発生します。ノッキングの発生は、高負荷では燃料量を増やすため燃焼が急激になることに起因します。

圧縮による自己着火であるため、自在に着火時期を制御できないことが解決を困難にしています。

着火時期を制御するため、過給技術や可変動弁機構を活用したEGR導入などが試みられています。広い運転領域でHCCIを成立させるのは難しいので、現時点は後述のマツダ方式のように火花点火方式と切り替えることが、最も現実的な解かもしれません。

●マツダのSPCCI(火花点火制御圧縮着火)

マツダは、SPCCI(Spark Controlled Compression Ignition)を採用した次世代エンジンを、マツダ3に搭載して2019年に市場に投入しました。

低速・低負荷の運転領域をHCCI、高速・高負荷の運転領域は通常の火花点火燃焼に切り替える方式です。

低速・低負荷を中心とした実用運転領域では、点火プラグを補助的に使いながら、超リーンバーンの多点圧縮自着火のHCCIを実現しています。

空燃比が30を下回るような運転領域では、理論空燃比の燃焼に切り換え、さらに高速高負荷域では通常の火花点火燃焼にシームレスに切り替える方式を採用しています。

高圧縮比や火花点火制御、可変動弁機構、EGR制御、過給技術などを駆使して、燃焼を制御しています。成果としての燃費向上は、エンジン単体で20~30%程度と予想されています。

●HCCIはディーゼルにもある

ディーゼルエンジンでも、限定的ですがHCCIと見なされる燃焼が実現しています。

一般的には、「低温燃焼方式」と呼ばれ、低圧縮比と大量EGRによって意図的に着火遅れを伸ばして、均一混合を促進する手法です。混合気が均一化されているので、従来のディーゼルのようなリッチな領域が存在せず、煤とNOxがほとんど発生しません。


日産の可変圧縮比に続いて、ついに長年多くのエンジン技術者が取り組んできたHCCIが実用化されようとしています。

現存するすべての先進技術を組み合わせたマツダのSPCCIは、現時点では現実的なHCCIの姿かもしれません。まだ進化の余地は多いので、今後もさまざまな形態のHCCIが出現してくると思われます。

(Mr.ソラン)

この記事の著者

Mr. ソラン 近影

Mr. ソラン

某自動車メーカーで30年以上、自動車の研究開発に携わってきた経験を持ち、古い技術から最新の技術までをやさしく解説することをモットーに執筆中。もともとはエンジン屋で、失敗や挫折を繰り返しながら、さまざまなエンジンの開発にチャレンジしてきました。
EVや燃料電池の開発が加速する一方で、内燃機関の熱効率はどこまで上げられるのか、まだまだ頑張れるはず、と考えて日々精進しています。夢は、好きな車で、大好きなワンコと一緒に、日本中の世界遺産を見て回ることです。
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