目次
■5人乗りハッチバックスタイルの本格的なEV
2010(平成22)年12月3日、日産自動車は新型EV「リーフ」を発表、発売は12月20日から始まりました。
リーフの車名は、植物の葉“Leaf”にちなんでおり、ゼロエミッション、無公害であることの象徴を意味します。同年4月から予約注文が始まっており、多くのユーザーが心待ちにしていました。
●リーフの先祖となる電気自動車「たま自動車」の誕生
EVの歴史は内燃機関の自動車よりも古く、かの有名なポルシェ博士も手掛けています。19世紀末から20世紀初頭にかけては、蒸気機関やガソリン機関、ディーゼル機関と並んで、自動車の動力源の一役を担っていました。
しかし、内燃機関の進歩の一方で、EVは短い航続距離や実用的なバッテリーや充電法が存在しなかったために市場性を失い、その後はガソリン車とディーゼル車が長く自動車のパワーユニットの主流となったのです。
日本では、戦後間もない1947年頃に戦前の立川飛行機から派生した東京電気自動車が開発した電気自動車の「たま自動車」が市場に投入されました。
最高出力は4.5PSで最高速度35km/hを発揮し、満充電時の航続距離は65km。車両価格は35万円で、生産台数は80台程度と言われています。ちなみに、当時の大卒初任給は1万円程度(現在は約23万円)ですから、相当の高額になります。
東京電気自動車は、その後ガソリン自動車の生産に転身してプリンス自動車になり、1966年には日産自動車に吸収合併されることになります。もとを辿れば、60年以上も前のたま自動車は、リーフの先祖と言えるのです。
●国産EVの先駆けとして華々しくデビュー
2010年のこの日、本格的な量産EVのリーフが日産本社で発表されました。フロント部に電気モーターを搭載したFF駆動の5人乗りのハッチバックスタイルです。
永久磁石型同期モーターは、最大出力80kW(108.8PS)・最大トルク280Nm(28.55kgm)を発揮。バッテリーは、日産とNECが共同出資して設立されたオートモーティブ・エナジー・サプライ社の容量24kWhのラミネート型リチウムイオンバッテリーで、バッテリーセルを192個並列に接続して床下に搭載されました。
満充電時の航続距離はJC08モードで200kmを達成。充電時間は急速充電で容量80%まで30分、一般家庭の200V電源(3相200V)では8時間、100Vの家庭用電源(単相100V)では28時間が必要でした。
車両価格は376.425万円ですが、政府のEV購入補助金制度で約77万円の補助があるため、実質的には299万円の購入価格になりました。
一般のガソリン車と比べれば高価ですが、6年乗れば燃料費(EVの場合は電気代)を考慮したランニングコストは同等になる(当時の日産の説明)とのことでした。
ちなみに当時の大卒初任給は20万円程度(現在は約23万円)でした。
●リーフは大幅に進化し、他車からも続々とEVがデビュー
初代リーフは、バッテリー容量24kWhで航続距離200kmでしたが、航続距離が短いという市場の反応もありました。
その後、バッテリーやシステムの改良によって航続距離は徐々に延び、2017年10月の「2代目リーフ」では、バッテリー容量が40kWに増強されて航続距離は400km(JC08モード)/322km(WLTCモード)まで延びました。
2019年には、さらに性能と航続距離を向上させた「リーフe+」を追加。新しい電動パワーユニットは、バッテリー容量(エネルギー密度)を40kWhから62kWh に増大し、同時にモーター出力もパワーアップ、航続距離は322kmから458km(WLTCモード)まで向上しました。
そして、日産は航続距離470km(バッテリー容量66kWh)のクロスオーバーEV「アリア」や、航続距離180km(バッテリー容量20kWh)の軽自動車EV「サクラ」を投入。他社からも様々な性能やスタイルの電気自動車が登場し、EV市場が活況を呈しています。
初代リーフは、今となっては航続距離の短いEVでしたが、社会が普及の必要性を唱えながらも停滞していたEV市場を活性化させ、政府が充電インフラを整備するきっかけを作るなど、EV普及の立役者であり、現在もEV市場をリードする存在なのです。
毎日が何かの記念日。今日がなにかの記念日になるかもしれません。
(Mr.ソラン)