初期のトヨタの躍進を支えた3代目「コロナRT40型」、なぜ宿敵・日産ブルーバードを制することができたのか【歴史に残るクルマと技術015】

■米国進出に成功して初期のトヨタ躍進の起爆剤になった3代目コロナ

1964年にデビューした3代目トヨペットコロナ
1964年にデビューした3代目トヨペットコロナ

1964(昭和38)年9月、トヨタの「クラウン」の下に位置する小型乗用車「トヨペットコロナ」の3代目が登場しました。

ライバルの日産自動車「ブルーバード」から小型乗用車トップの座を奪取するヒットモデルとなり、米国でも大成功を収めて、トヨタ躍進の原動力となりました。


●ダットサン110型に対抗して登場したトヨペットコロナ

1957年、トヨタから初代「トヨペットコロナ(RT10型)」がデビューしました。当時は、モータリゼーションに火が付いた自動車黎明期、車は一般ユーザーには手の届かない贅沢品でした。

まだ需要の多くはタクシーであり、中型タクシーは「クラウン」が人気でしたが、小型タクシーは日産自動車の「ダットサン110型&210型」の独壇場、コロナはダットサンに対抗するモデルとして登場したのです。

1959年にデビューしたダットサン・ブルーバード1200DX
1959年にデビューしたダットサン・ブルーバード1200DX

初代コロナは、クラウンの足回りやトヨペットマスターの車体を流用して短期間で造り上げ、丸みを帯びたフォルムから“ダルマ”の愛称で親しまれました。トヨタ初のモノコック構造を採用し、搭載エンジンは1.0Lの直4サイドバルブエンジンでした。

ただし、パワー不足や耐久性の問題から販売は目論見通りに伸びず、ライバルのダットサンの対抗馬には成り切れませんでした。一方ダットサンは、1959年に「ブルーバード」に引き継がれ、ブルーバードは大ヒットして発売から連続64ヶ月の間、小型乗用車トップの座に君臨したのです。

●ブルーバードからトップの座を奪取した3代目コロナ

コロナが人気を獲得したのは、すべての設計を刷新した1960年の2代目(RT20型)から、3代目で始めてブルーバード超えを果たしました。この頃から、日産のブルーバードとコロナの“BC戦争”と呼ばれた長きにわたる販売合戦が始まったのです。

アローラインと呼ばれたシャープなスタイリングが特徴の3代目トヨペットコロナ
アローラインと呼ばれたシャープなスタイリングが特徴の3代目トヨペットコロナ

3代目コロナの人気を支えたのは、矢(アロー)をイメージさせる“アローライン”と呼ばれたスポーティなスタイリングと、クラス最大のボディによる広い室内空間でした。パワートレインは、最高出力70PS/最大トルク11.5kgmを発揮する1.5L直4 OHVエンジンと3速MTの組み合わせ。最高速度は140km/h、0-400m加速は19.7秒と俊足ぶりを記録しました。

3代目トヨペットコロナの主要諸元
3代目トヨペットコロナの主要諸元

また、発売直後に開通したばかりの名神高速道路で“10万km連続高速走行テスト”を敢行し、高速性能と耐久信頼性の高さをアピール。これが、タクシー業界を中心に人気を呼ぶ引き金となり、発売4ヶ月で小型乗用車トップの座を奪取し、1968年に「カローラ」に抜かれるまでトップをキープする大ヒットとなったのです。

車両価格はデラックスグレードで64.4万円。当時の大卒初任給は1.9万円程度(現在は約23万円)なので、単純計算で現在の価値では約780万円になります。

さらに1965年には、「ブルーバード1600SSS」に対抗して排気量1.6L直4 SUツインキャブを搭載した「トヨペットコロナ1600S」を投入。1965年には、国産車初の2ドアハードトップを追加して、ブルーバードの追撃を振り切りました。

●北米輸出で大成功を収めた3代目コロナ

自動車黎明期の日本メーカーにとって、世界一の市場を持つ米国に進出して米国メーカーと肩を並べることが夢でした。

トヨタは、その目標を果たすべく、1957年にクラウンで米国進出に挑戦。クラウンは、日本の道路環境ではタフで快適性にも優れている乗用車でしたが、高速走行が中心の米国市場での評価は低く、高速走行の性能や安定性不足、さらにはエンジンの信頼性不足などが指摘されました。そこでトヨタはクラウンに続いて2代目コロナを投入しましたが、やはり課題は克服できず、結局トヨタは一旦乗用車の米国輸出から撤退を決断します。

そして、米国でも通用するモデルとして選ばれたのが3代目コロナで、1965年に満を持して米国市場での復帰を果たしました。徹底的に米国市場を研究した専用モデル「コロナ(RY43L型)」は、パワフルな1.9Lエンジンを搭載し、ラジオやヒーターなども標準装備して、ギヤチェンジ操作でもMT(マニュアルトランスミッション)の他にAT(オートマチックトランスミッション)も選択できました。

3代目コロナの性能と耐久信頼性は米国でも高く評価され、米国でのトヨタの販売は一気に右肩上がりとなり、トヨタの米国進出の立役者になったのです。

●3代目コロナが誕生した1964年は、どんな年

1964年には、プリンス自動車の「プリンス・スカイラインGT」、東洋工業(現、マツダ)の「ファミリア800セダン」、三菱重工(現、三菱自動車)の「デボネア」も登場しました。

1964年にデビューした三菱の最高級車デボネア
1964年にデビューした三菱の最高級車デボネア
1964年にホロゲーションのために100台販売されたスカイラインGT
1964年にレース参加許可であるホモロゲーションのために100台販売されたスカイラインGT

スカイラインGTは、2代目スカイランに「グロリア」搭載の2.0L直6エンジンを換装し、第二回日本グランプリで一時的ながら「ポルシェ904」をリードした伝説のモデル。ファミリアは、マツダ初の大衆乗用車で40万台を生産したマツダの自動車メーカーとしての地位を不動にしたヒットモデル。デボネアは、三菱が「セドリック」「クラウン」に対抗するために投入、当時の国産乗用車としては全長、ホイールベースとも最長の最高級乗用車でした。

そのほか、この年には日本の高度経済成長を象徴する東京オリンピックが開催され、それに合わせて東海道新幹線が開業、カルビー「かっぱえびせん」、ロッテ「ガーナチョコレート」、大関酒造「ワンカップ大関」が発売されました。また、ガソリン48円/L、ビール大瓶120円、コーヒー一杯70円、ラーメン60円、カレー120円、アンパン12円の時代でした。


アローラインと称されたスタイリッシュなデザインに、優れた性能と耐久信頼性を兼ね備えた、トヨタの米国進出の道を切り開いた3代目トヨペットコロナ、日本の歴史に残る車であることに、間違いありません。

Mr.ソラン

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Mr. ソラン

某自動車メーカーで30年以上、自動車の研究開発に携わってきた経験を持ち、古い技術から最新の技術までをやさしく解説することをモットーに執筆中。もともとはエンジン屋で、失敗や挫折を繰り返しながら、さまざまなエンジンの開発にチャレンジしてきました。
EVや燃料電池の開発が加速する一方で、内燃機関の熱効率はどこまで上げられるのか、まだまだ頑張れるはず、と考えて日々精進しています。夢は、好きな車で、大好きなワンコと一緒に、日本中の世界遺産を見て回ることです。
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