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■電池の起源は、200年以上も前に発明されたボルタ電池
11(十一)月11(十一)日は「電池の日」。漢字表記の「十一」(じゅういち)が、プラス・マイナスに見えることから制定されました。
電池は1800年にイタリア人のボルタによって発明され、その後液体電池(湿電池)、固形の乾電池、酸化銀ボタン電池へと進化し、自動車用としては鉛蓄電池、ニッケル水素電池、リチウムイオン電池へと進化しています。
今や自動車における動力エネルギー源として重要な位置を占めるようにもなった電池。「電池の日」にちなんで、ボルタ電池~リチウムイオン電池までの歴史を簡単に振り返ってみます。
●ボルタ電池から始まった電池の歴史
歴史的にみて一番古い電池は今から2000年以上前に作られた「バクダッド電池」と呼ばれる電池で、イラクの首都バクダッド郊外で発見された“ツボの電池”とされています。
その後、18世紀後半にイタリアの生物学者ガルバーニがカエルの足を使った実験の際に足が金属に触れると死んだはずのカエルの足が動いたことが、その後の電池発見のキッカケになりました。
現在の電池のベースとなった本格的な電池は、1800年にイタリア人の物理学者ボルタによって発明された「ボルタ電池」です。電圧の単位であるV(ボルト)は、ボルタの名前に由来しています。銅を正極、亜鉛を負極に用いて、電極の間には希硫酸水溶液を満たし、電極同士を電線でつなぐと電子が移動し、電流を取り出せることを発明したのです。
●乾電池から酸化銀ボタン電池へ
その後、1866年にフランス人のルクランシェが、電解水に銅(+)と亜鉛(-)の棒を挿した液体電池(湿電池)を発明。現在の固形乾電池の原型は、1888年にドイツ人ガスナーによって発明されました。
乾電池として普及したのはマンガン乾電池で、負極の亜鉛缶に正極の二酸化マンガンを炭素集電体と一緒に入れ、電解液である塩化アンモニウムの水溶液を紙セパレーターに含ませた構造で、一般的に使われ始めました。
1980年代には小型の電子機器への対応のため、小型化や省電力、高い信頼性のニーズに応える形で、マンガン乾電池に代わる電池としてアルカリ乾電池、さらに酸化銀ボタン電池などが普及しました。
●自動車技術と2次畜電池の進化
充電も可能な2次電池の自動車用蓄電池は、1970年代から始まった本格的な自動車の普及とともに、進化を続けました。
一般的な鉛蓄電池は、負極に鉛(Pb)、正極に二酸化鉛(PbO2)を用い、電解液として希硫酸を用います。低コストで安全性にも優れ、充電と放電を繰り返すことが可能ですが、実際には充放電を繰り返すと性能劣化が起き、また希硫酸中の水分が減少するので電解液を定期的に補給する必要もあります。これらの課題解決のために密閉化技術が開発され、利便性が高められました。
さらに1990年以降、燃費改善の要求が高まり、ブレーキ作動中に発生するエネルギーを電気として回収するエネルギー回生の技術が開発され、充放電効率の優れたニッケル水素電池が登場。これにより、燃費の大幅改善が実現されて、ハイブリッド自動車普及の引き金になったのです。
●リチウムイオン電池の登場で電動化技術が加速
1991年、日本の吉野彰氏らにより、リチウムイオン電池が開発されました。
小型でエネルギー密度が圧倒的に高いため、2000年以降にスマホやノート型PC用として一気に拡大。そして、自動車では地球温暖化問題への対応としてカーボンニュートラルが叫ばれるようになり、リチウムイオン電池を搭載したHEV、PHEV、BEVが、2010年以降世界中の自動車メーカーから登場しました。
リチウムイオン電池は現在も進化し続けていますが、まだコストと航続距離、充電時間のバランスの観点からは、従来のエンジン車と同等、あるいは上回る性能を実現するには、もう少し時間がかかりそうです。さらに、次世代電池として有望視されている全固体電池にも注目です。
ご紹介したように、電池は次世代エネルギーシステムを支える重要な役割を担っており、今後のさらなる進化が期待されています。一方で、製造時にCO2を多く排出することや、廃棄が難しいなどの環境負荷に対する課題も残っています。
毎日が何かの記念日。今日がなにかの記念日になるかもしれません。
(Mr.ソラン)