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■プロトタイプのハイブリッド&電動バイクにオフロードで試乗
4輪車もそうですが、オートバイの電動化というのも現代の大きな潮流です。温室効果ガスの排出削減がおもな目的なわけですが、それ以外に電動化には大きな魅力もあるようです。
それは、インホイールモーターによるオールホイールドライブ(AWD)が容易になることです。その魅力を体感できるようにと、今回はヤマハ発動機の提案車「TMW」と、ヤマハ発動機の子会社であるヤマハモーターエンジニアリングの試作車「BiBeey」に、オフロードコースで試乗させてもらいました。その静かさと走破性、安定感は異次元でした!
●森を感じられるBiBeey
まずは、ヤマハモーターエンジニアリングが製作した試作車「BiBeey(ビビー)」です。
ヤマハモーターエンジニアリング(YEC)は、ヤマハ発動機の子会社で、量産車そのものの開発を含め、ヤマハ発動機と連携してさまざまな技術開発を行うエンジニアリング会社です。そのYECが、約3年前に製作したのがこの「BiBeey」です。
BiBeeyは、10数年前にYECが受託開発したヤマハの小型オフロードバイクの車体をベースにした電動バイクです。単にモーター駆動にしただけでなく、インホイールモーターを前後輪に搭載したオールホイールドライブ(AWD)になっています。
オートバイ史上、前後輪を駆動するモデルというのが存在しないわけではないんですが、エンジン駆動の場合は前輪への動力の伝達方法が非常に複雑かつ重くなるので、ごく少数の特殊なモデルしかないんですね。しかし、インホイールモーターなら比較的簡単にできてしまうわけです。
最初に、そんなBiBeeyに試乗させていただきました。まず、あたりまえですけど、静か! 森の中を進むと「カササササ」と落ち葉を踏みしめて進む音が印象的です。これは新感覚!
エンジン付きの乗り物だと、音としてはどうしても排気音ばかりが目立ち、外界の音はシャットアウトして自然界を切り開いていくような感覚になりがちですが、これは切り開いていくのではなく、「お邪魔します……」と立ち入っていくという感じ。なんか風の谷のナウシカを思い出すような気分です。
乗りかたは純然たるバイクなのですが、フロント駆動のおかげなのか走破性がすごい。路面の凹凸を乗り越えるときも気を遣うことがなく、るんっ!と軽々乗り越えてしまいます。太さ15cmくらいの倒木を乗り越えても、太さは半分くらいにしか感じませんでした。
BiBeeyは子供さんや小柄なひと用のオフロードバイクなので、私にはちょっと小さい感じがしましたが、大人向けサイズでも乗ってみたいと思うほどの乗りやすさでした。
●絶大な安心感と推進力のTMW
そして次はヤマハ発動機の試作車「TMW」です。これは、一世を風靡した名車TW200をベースに、トリシティ300の前2輪ユニットをドッキングしてリーニングマルチホイール(LMW)車とし、さらに前輪左右それぞれにインホイールモーターを組み込んだものです。
こちら試作車ということもあって、前輪モーターの出力は任意で設定できるようになっています。エンジンとドライブトレーンは残されているので、モーターをOFFにすれば普通の後輪駆動バイクとして、モーターをONにすればオールホイールドライブ(AWD)のバイクとして、ギヤをニュートラルにしてモーターをONにすれば前輪駆動として走れる車両です。
まず、ふつうのエンジン駆動(後輪のみ)で走行してみました。
LMW車でのオフロード走行にいまひとつ慣れなかったんですけど、まず安心感がすごい。地面には枯れ葉が積もっているので、上り坂などでうかつにアクセルを開けると簡単にリヤタイヤが滑りますが、前輪が2輪なので怖さを感じません。LMWはオフロードでも真価を発揮するということがわかります。
次にモーターをONにして後輪はエンジン/前輪はモーターのAWDで走行してみました。これはすごい! 戦車か!というような走破性です。もう後輪が滑ろうが、前輪がグイグイ引っ張ってくれます。
そして最後は前2輪のモーターのみの走行ですが、やはり静かです。静かだけど安心感は高い。
この3モードを経験すると、森の中がすごく身近に感じられます。比較的フラットな場所での移動はエンジンのみで。悪路はAWDで、野生動物を刺激したくない場所では静かなモーター駆動でといった具合に、使い分けるシチュエーションもすぐに思い浮かびます。
そしてATVよりもずっと身軽でスポーティ。新しい乗り物としてレジャーに使うのも魅力的だし、実用的にも自然保護区とか国立公園のパトロールによさそうな気がします。
●「未来感や自然との調和をみつばちで表現した」BiBeeyの開発秘話
試乗後、それぞれの開発チームにお話をうかがいました。
まず、BiBeeyを開発したのはヤマハモーターエンジニアリングの先行技術開発部です。先行技術開発ということで、モーターを制御する技術、そのモーターを複数個並べて連携させる技術は持っていたそうですが、それを車両として具現化して、多くのひとが体感できるものを作ろうというプロジェクトが立ち上がったのが約3年前。そのPL(プロジェクトリーダー)に星屋さんが選ばれ、メンバーも決められてスタートしたそうです。
PLとしてプロジェクトの推進や、スケジュールおよび費用の管理を担当した星屋さんは「もともと私が入社した17年ぐらい前に、ちょうど我が社で開発していた小型オフロードバイクが基本車となっています。そういう意味で思い入れのクルマです。ある時、会社の車両置き場にその車両がありまして、その隣に電動車の試作車があって、これをくっつけたら面白いんじゃないかなという発想が生まれたのです。
たまたま私自身もオフロードのバイクに乗り換えて、プライベートで山の中を走るのが楽しいなと思ってたときだったんで、こういうのをもっといろんな人に経験してもらえたらいいな、小柄な女性でも乗れるオフロード車ってなかなかないよな、っていうところから開発スタートしましたね」とそのアイディアの出どころを話してくれました。
このバイクの意匠と車体の多くの部分を設計したのが石田さんです。
「星屋さんと話しながら、なにか生き物のモチーフでやりたいねというようになって、最初は犬とかいろいろ検討しました。みつばちに行き着いたのは、EVならではの未来感とか自然との調和みたいなものを、ちょうどみつばちなら表現できるかなっていうところでモチーフにしました。
すごくかわいいキャラクターっぽい見た目に振ってデザインさせていただいたんですけど、最初は受け入れられなくて、一緒にやってるメンバーも『本当にこれでやるの』っていう反応が多かったんです。けれどモノができてきたときに、みんなが『いいじゃん』って言ってくれたり、展示会とかでも黄色い車両で目立つので、寄ってきた方に『かわいいね』とか『欲しい』ってすごく言っていただけて、そこがとてもよかったなって思います」
バッテリー自体は市販品ですが、その搭載方法やリレー、回路等の設計を行ったのが深澤さん。このチームの中でもっとも若く、プロジェクト開始当時は入社2年目だったという深澤さんは、
「それまでは研修や先輩について仕事をするっていうのがほとんどだったんです。このプロジェクトが初めて『バッテリーは君が担当だよ』と言われた仕事で、嬉しかったんですけど不安なことも多かったですね。
特にバッテリーも、それまでは3ボルト5ボルトで電子工作してたようなレベルだったのが、急に数十ボルトで車両が動きますっていうレベルになって、触るのも怖かったり。どこまで動いたらどう壊れるのかとかも全然感覚がないので、『これで合ってるのかな?』と思いながらずっと作ってた感じでした。最終的には動いて、いまも健全に走っているっていうのでだいぶ安心しています」とのことです。
そして、友岡さんが担当したのが実機評価と、車両とスマホとの連動です。
「自分は、物ができてから動かすまで、すごく大変だったっていう印象があります。というのも、ソフトとかも自分たちがイチから作ってるんで。もうぜんぜん動かないとか結構ありましたね。
ただ自分が企画段階から意見を言って入っていったっていうのは初めてだったので、すごく楽しかったなとは思ってます。できたときも最初のコンセプトにわりと近い感じで、みんな納得できる形になった。これはけっこう珍しいのかなと思いますし、試乗会に参加していただいた方の声もだいたい自分たちが狙った通りのものが来てるので、そういった部分はすごくよかったなと思います」と話してくれました。
プロジェクトリーダーの星屋さんは、「僕がやりたかったっていうのも当然あるんですけど、その中にいかにチームの皆さんの思いを詰め込むかというところは苦労して、形になって、石田さんなんかも『作れてよかった』と。そういう感想をもらえたんでよかったかなと。お披露目もできて、みんなに乗ってもらってニコニコしてもらえて、よかったかなと思います。
まだお客様のとこまでは届けられない状況ですけども、開発としてはこういう車両もありだねっていう会話ができるところまで来たかなと思っています」とまとめてくれました。
●「絶対バルーンタイヤだってこだわりました」TMW開発秘話
前述のBiBeeyが会社のプロジェクトとしてスタートしているのに対し、TMWのほうは、ヤマハ発動機の有志が集まって作った提案車です。
その発案者が今利(いまり)さん。
「僕は通勤でTWに乗っているんですけど、雨のときに交差点のマンホールやグレーチングに差し掛かるといつも不安な気持ちになっていて、仕事でLMWの開発を担当して、ウェット路面や不整地走行での前輪2輪の安定性がよくわかったので、どうにか僕の通勤車TWを3輪にしたいなと思ったんです。
前輪も後輪と同じサイズのファットタイヤにすれば見た目もカッコよくなるし、楽しさも感じるし。LMWパラレロ機構っていうのはヤマハにしかないので、パラレロアームを外装で隠さず表に出して、無骨でカッコいい感じで作れたらいいかなと思って提案しました。
砂浜の走行もそうですけど、林道を走るとブラインドコーナーは枯れ葉がすごくてドキッとすることがあるので、どのようなシチュエーションも安心で、その先も行ってみたいっという気持ちになる車両にできたらいいし、とにかく僕が乗りたいなと思って」と話します。
今利さんが所属する車両実験部では、少し前から提案車活動を行っていて、このTMWのほかにも様々な車両を試作して提案しているそうです。
その活動は、2050年という未来を想定して、その頃世界はどうなっているのか? その時代に即したオートバイってどんなものだろうか? というテーマで提案を募るもの。年に2回ほど報告会があり、そこに出てきたアイディアのひとつがTW200をベースにしたLMWでした。そこで、参加したいひとを集めてチームが組まれ、約4年前にこのTMWの開発がスタートしたわけです。
今利さん自身は、最初はエンジン駆動だけのLMWを想定していたそうですが、時代のニーズや技術の応用を考えて、モーターでフロント2輪を駆動させたらもしかするともっと駆動力も走破性も上がるのではないか、ということからモーターとエンジンのハイブリッド駆動という方式が採用されることになったそうです。
チームの中で、今利さんと一緒に以前トリシティ300の開発を行っていたのが梅谷さんです。
「トリシティ300をやっているときから、『これをオフロードテイストにしたらもっと面白いし、もっと世界が広がるんじゃないかな』っていう妄想は僕も持っていました。提案車活動の中で今利からそういう車両をやってみたいという話があったもんですから、『それいいね!』と参加しました。自分はこの実験部に来る前に溶接部門の製造のほうにいたこともあって、みんながちょっとやりたがらない(笑)フレームだったりタンクだったり、走行に関わるところの溶接なんかをやらせてもらいました」
いっぽうで電動部分の担当をしたのが村瀬さんです。
「私は入社してからほぼEVばっかりやってて。車両がエンジンのときから面白そうだなと思って手を挙げて参加させてもらってましたけど、EVもハイブリッドで搭載することになってからは、そのEVの部分でサポートさせていただいたのがメインの役割ですね」といいます。笠井さんによれば、村瀬さんがいなければこのハイブリッド車はできていなかっただろうということです。
このなかで最年少が古賀さん。古賀さんは学生時代にトリシティ125に乗っていて、その安定感に感動してLMWに関わりたいと考えたのがヤマハ発動機への入社動機だったそうですが、入社したときにはすでにこのTMWの活動が始まっていました。
「もともと梅谷から別の提案車活動に誘われまして。その中で3輪でやってるのがあるよって話をきいて、『私も参加します』っていう感じでした。学生のときに部活で学生フォーミュラの電装系を担当してたこともあって、TMWではけっこう電気系の配線をやったりしました」
今利さんは、メイン骨格以外の溶接やTMWのコンセプト演出のためのリヤカーやリヤキャリアの製作のほか、車両のプレゼン資料なども作ったそうです。「いろいろなところに発表したり、社外の人とコミュニケーションをとったり。デザイン部の方たちも活動初期からいろんな面で絡んでもらってるんですけど、僕が提案車を作ろうとしているという事を風の噂で知ってもらったのがきっかけで、協業することになりました。とにかくTMWへの想いを聞いてもらって、コミュニケーションをとってどんどん仲間を増やしていく役割も担当していました」といいます。
そして、予算もふくめて、全体を見るのが笠井さんの役目でした。「そもそも、私も含めこの開発に加わっているメンバーは、この車両の開発にどのくらいかかるものなのかわからなかったので、開発費の見積なんかもやりながら、お金の管理等を行ってきました。あと、このままではお客様に買ってもらえる物にはならないですよね。さすがにそのままの形で販売できないじゃないですか。
だけど、この活動をやりながら、かかわっているメンバーのモチベーションを上げていくのも私の重要な役目だし、この活動を通して次の開発につながるネタも出てくる。ただ、それなりにお金がかかるので、他の提案活動とのお金配分っていうのもリアルな話としてはありますけどね」とのこと。
このTMW、ベースとなったTWと、なんとなくLMWをかけて『TMW』と呼ばれるようになったようですが、公式には「Tough & Multipurpose Wheeler」の略という由来を与えられ、約3年前に形になりました。
「本当はもっともっといろいろなところ、モーターショーやキャンピングカーショーとかで大々的に発表しようかなと思っていて……あとはキャンプサイトにゲリラ的に持っていって、いきなりワーッてやってみるとか、そういうのを企画してたんですよ。それがコロナでぜんぶ飛んじゃった……」(笠井さん)という残念なタイミングにはなってしまったそうですが、それでも、ヤマハモーターサイクルデーに展示したときには、「本当に出すんですか?」「ヤマハさんありがとうございます!」「欲しいです」といった声も多く聞かれたそうです。
提案者の今利さんは、「イメージ通りにできて、見た目でも欲しくなるものができました。デザイン部とのすり合わせでも、ここは絶対譲らないってところはしっかり言いました。絶対バルーンタイヤが良いって思って提案したので。
EVにした部分も、落ち葉のところもそうですけど砂浜なんかもフラットダートくらい普通に走れるし、妄想していた通りのすごくいいものができあがりました。ヤマハで初のハイブリッド車なので、ちょっと満足感というか、ちょっと“やってやった感”も得ることができました。あとは製品化のために商品企画に売り込みに行きたいな、というところです」
TMWは、有志のプロジェクトチームとはいえ仕事の一環なので、それぞれ持っているメインの業務の一部の時間を使ってみなさん開発・製作に関わってきました。コアなメンバーは今回来ていただいたかたがたですが、実際には10人くらいが関わって作られたそうです。業務が忙しいときには、ほかのスタッフに手伝ってもらったりもしたそうです。
TWをベースにしたこの形のままでの市販化というのはむずかしいかもしれませんが、3輪バルーンタイヤというインパクト、駆動方式の可能性は大きな魅力なので、今後このTMWのコンセプトをベースにした市販車が登場するかもしれません。
バイクをはじめ、ヤマハの製品には先進性や独創性が色濃くみられるものが多いですが、こういった提案車によって、アイディアが形になり、市販品に結びついていくのでしょう。そしてユニークな着想が生まれて、それを生かそうという風土もあるのかもしれませんね。
(文:まめ蔵/写真:青山義明)
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