アメ車のクラシックカーがインドで愛される「特殊な事情」って?【越湖信一の「エンスーの流儀」vol.016】

■クラシックカーが趣味として定着しつつあるインド

インドのコンクールデレガンス「21ガン・サルート コンクールデレガンス」の審査員を務めるべく、2023年の始めにかの地へ飛んだカーヒストリアン・越湖信一さん。氏曰く、インドにおけるクラシックカーのコンクールデレガンスでは、どうやらアメリカ車が大きな存在感を占めているそうです。

果たしてその理由とは……?


●規制に縛られてきたインドの自動車産業

フィアット1100のノックダウンモデル
フィアット1100のノックダウンモデル

インドの自動車産業は完全に国によって保護されています。それも、各州によって様々な規制があるということです。ですから、かつてはインドのヒンドゥスタン・モーターズがマーケットを独占していました。

アンバサダーと称すモーリス・オックスフォードのノックダウン生産(生産設備ごと供給を受け、現地で製造される)版や、同様のフィアット1100のノックダウン版などしか街中で見ることはありませんでした。そこへ日本のスズキとの合弁会社が誕生し、アルト・ベースの“近代的”モデルが導入され、インドの自動車マーケットは一気に活気づきました。

ヒンドゥスタン・モーターズのアンバサダー
ヒンドゥスタン・モーターズのアンバサダー

マハラジャ達の所有するロールス・ロイスなどのラグジュアリーカーは別モノとして輸入が許可されましたが、それには相当な関税を支払わねばならなかったのです。

つまり、普通の人々が好きなクルマを楽しむというのはそう簡単なことではなかった。そんな状況をアタマに入れて頂いて、この記事をお読みください。

●コンクールデレガンスに見る「変化」

左からベストオブショー3位のナッシュ、2位のロールス・ロイス、1位のパッカード
左からベストオブショー3位のナッシュ、2位のロールス・ロイス、1位のパッカード

さて、「21ガン・サルート コンクールデレガンス」は10回目の開催となります。私は過去5回ほど審査員として参加していますが、クラシックカーを巡る状況もこの間に大きく変化してることを実感しています。

第一に、クラシックカーが趣味として定着しました。かつてはマハラジャ達が多くの使用人を従え、審査にあたっても(少々エラそうに)ドアを開けたり、エンジンをかけさせたり、などという作法で臨んでいたのですが、近年は違います。コンクールデレガンスに一般の皆さんの参加が増えているのです。

会場となった宮殿オーナーのマハラジャ夫妻
会場となった宮殿オーナーのマハラジャ夫妻

「かつてマハラジャ・ファミリーの所有していたクラシックカーを譲り受け、熱心なクラシックカー・ファンがレストアするようになってきました。クラシックカーの世界も民主化が進んできたのです」と、21ガン・サルート コンクールデレガンスを主宰するマダン・モハーンは語ってくれました。

もちろん、クラシックカー普及の為、このような大規模なイベントを開催し続けてくれる彼のような熱心な人物が存在するというのも、とても重要なポイントであります。

●インパラやコンチネンタル、サンダーバード……アメ車が多い理由

私達が審査を担当した戦後アメ車カテゴリー
私達が審査を担当した戦後アメ車カテゴリー

前回お伝えしましたように、私のジャッジ・グループが担当するのは戦後のアメ車、セダンとコンバーチブル計40台となります。過去のコンクールデレガンスで出会った顔見知りのオーナー達にも会うことができました。

そう、私は唯一のアジア系審査員で、皆さんからは、とても認識しやすいと思うのですが、私にとってインド人の皆さんの顔認識は結構な難題なのです。さらにその名前も発音すら困難な有様です。

親しみをもって話しかけていただき、「あの時はシボレーだったけど……」などと会話が進んでいくのですが、“この人誰だっけ?”と、40度に届こうとする灼熱がさらに熱く感じられた私でした。

ベナレスのマハラジャ・ファミリーが所有するビュイック スーパーエイト
ベナレスのマハラジャ・ファミリーが所有するビュイック スーパーエイト

このコンクールデレガンスのカテゴリーにおいて、アメ車の存在感は極めて高いものがあります。そのオーナー達は至極シリアスで、“うちのクルマが一番でしょ”、というような彼らのプレッシャーの中で審査は進んでいきます。ビュイック・スーパーエイト、フォード・サンダーバード、シボレー・インパラ、リンカーン・コンチネンタルなどという大柄なクルマ達をたっぷりと拝見しました。

モーターバイク部門にも多くの個体が出展された
モーターバイク部門にも多くの個体が出展された

インドのコンクールデレガンスにアメ車が多く出展されているのにはワケがあります。

マハラジャ・ファミリーにとって、アメ車はいわば実用車であり、日常的に使われた他、訪問客の送迎などに活躍しました。だから、ロールス・ロイスなど英車と比べてインドに持ち込まれた台数が圧倒的に多かったのです。

年月も経ち、かなり状態の悪くなったクルマ達や、放置され錆だらけになったような個体でもマニア達は喜んで手に入れました。それらがレストアベースとなったワケです。

私達から見ると、こんな状態の悪いものだったら海外からレストア済の個体を買ってきた方が良いと思うのですが、彼らの場合そうはいきません。冒頭でお伝えしたように、高い関税や複雑な制度の為にクルマを並行輸入することが現実的ではないのです。

もちろん、車両本体だけでなくパーツにも同様に高い関税が掛ります。そんなワケで、インドのクラシックカー・ソサエティにおいてのアメ車の比率が高いのです。

●各地に誕生しているレストア工房

当時の大衆車のレストアを専門とする志高いレストアショップ
当時の大衆車のレストアを専門とする志高いレストアショップ

第二に、ここ数年でこのコンクールデレガンスに出展される個体のクオリティが飛躍的に向上しました。それは本格的なクラシックカーのレストレーション・ファクトリーが各地に誕生しているのが大きな理由だと思われます。

「私達は30人以上のスタッフを抱え、総合的にレストレーションを請け負います。ヒストリーの調査やオリジナルの状態確認を行ない、完璧な状態に仕上げます。このメッキパーツを見てください。これも全て内製化しています」と語るのは「スーパーカークラブガレージ」のマネージャー。

そこではマルチスズキ800もレストア中。現存している個体は数少ない
そこではマルチスズキ800もレストア中。現存している個体は数少ない

彼らのレストレーション費用は決して安い金額でないにも関わらず、レストレーションのバックオーダーを多数抱えているそうです。なるほど当地ではまだメッキ加工に関する環境問題がうるさくない事もあるのでしょうが、クロームパーツのクオリティも文句ありません。

メッキに限らず、何でもピカピカにし過ぎるきらいもありますが、これは年月と共に変わっていくことでしょう。

さて、コンクールデレガンスの結果はどうなったでしょうか?

ベスト・オブ・ショーの1934年型パッカード1107クーペロードスターとゴータム・シンガニア氏
ベスト・オブ・ショーの1934年型パッカード1107クーペロードスターとゴータム・シンガニア氏

ベスト・オブ・ショーを獲得したのは、V12エンジンを搭載する1934年型パッカード1107クーペロードスターでした。ゴータム・シンガニア氏のコレクションの1台で、彼は前述したスーパーカークラブガレージのオーナーでもあり、インドにクラシックカー文化を根付かせるべく頑張っている人物でもあります。

ベスト・オブ・ショーの次点は1949年型ロールス・ロイス シルバーレイス ドロップヘッドクーペ。この個体はもともとマイソールのマハラジャのためにイギリスのコーチビルダーが製作したもの。そして、ベスト・オブ・ショー第3位はアールデコ調の1936年型ナッシュ・アンバサダー・シリーズ1290セダンでした。

次回の開催は2025年1月とアナウンスされていますが、このアジア最大のクラシックカーコンクールデレガンスに皆さんも参加してみては如何でしょうか?5回参加しても飽きずに通っている私がその楽しさは保証しましょう。少しばかりのスリルもありますし……。

さて、インド篇はこれにて締めとさせていただき、続いてイタリア篇をお伝えしたいと思います。イベント終了したと同時にディレイしていた荷物が手元に届くという絶妙のタイミングにて、ニューデリーからローマへのフライトへ搭乗した私でした。

(文・写真:越湖信一

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    https://clicccar.com/2023/02/03/1257670/
  • クラクションを鳴らし合う理由とは?インドのクルマ事情「小型セダン人気に翳りがみえた」【越湖信一の「エンスーの流儀」vol.015】
    https://clicccar.com/2023/02/11/1259595/

この記事の著者

越湖 信一 近影

越湖 信一

イタリアのモデナ、トリノにおいて幅広い人脈を持つカー・ヒストリアン。マセラティ・クラブ・オブ・ジャパン代表。ビジネスコンサルタントおよびジャーナリスト活動の母体としてEKKO PROJECTを主宰。
クラシックカー鑑定のオーソリティであるイタリアヒストリカセクレタ社の日本窓口も務める。著書に『フェラーリ・ランボルギーニ・マセラティ 伝説を生み出すブランディング』などがある。
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