ジウジアーロ氏がデザインしたクルマに「ジウジアーロ」の名称が使えなくなったワケとは?【越湖信一の「エンスーの流儀」vol.025】

■ジウジアーロ親子はまだまだ止まらない

自動車界・デザイン界の巨匠、ジョルジェット・ジウジアーロと古くからの知人である越湖信一さんは、もちろんご子息のファブリツィオとも旧知の仲です。今回紹介してもらうのも、そんな越湖さんだからこそ語れるジウジアーロ親子の素顔。数々の傑作を精力的に生み出す希有な才能のふたりでも、親子げんかをすることもあるそうで……。


●父子の強力タッグでデザイン界を邁進

ジョルジェット&ファブリツィオ親子
デザイン界一有名な親子といえるジョルジェット&ファブリツィオ・ジウジアーロ。彼らは、ふたりの名前をとって新たにGFG STYLEを創業した

イタルデザインは、前回お話したように量産メーカーに向けた新しいデザイン&エンジニアリング・コンサルティングを行ないましたが、もちろんそれだけでは終りません。マセラティ・ギブリ(初代)やデ・トマソ・マングスタ、ロータス・エスプリ、デロリアンDMC-12など、新しいデザイントレンドの提案となるスーパーカーも手がけています。

ジョルジェットだけでなく、彼の息子であるファブリツィオもイタルデザインの経営に参画し、スタイリングとエンジニアリングにおいて新しい取り組みをしました。まあ、偉大なる父を持った彼もなかなかたいへんだったようです。スタッフ達はふたりが“親子げんか”をはじめると、ひとり、ふたりとその場から逃げ出していったそうです(笑)。だって、もしふたりから、「どっちが正しいか、言ってみてくれ」なんて言われたらたいへんじゃないですか。

ファブリツィオは「自分は父のような天才的な筆使いをすることはできません」と、公言しています。しかし、「何が良くて、何が必要とされているか。それを見極める目はジョルジェットと共に磨いてきました」とも。

彼は専攻した建築における能力を活かしたジウジアーロ・アルキテットゥーラ、プロダクトデザインのジウジアーロ・デザインといった関連ビジネスも上手く進めながら、メインの自動車事業を上手くコントロールしていました。エンジニアリングにおける新しいトレンドを開発案件へ盛り込むという、重要な役割を彼が果たしていたのです。

ファブリツィオがステアリングを握るランボルギーニ・カーラ
ファブリツィオがステアリングを握るランボルギーニ・カーラ

ランボルギーニ・カーラというV10エンジン搭載コンセプトモデルはファブリツィオの発案で、これが縁となりガヤルドの開発にも彼らは関わることになりました。また、マセラティMC12などスーパースポーツにも関わるなど、水面下における様々な開発への関与があったのは、あまり知られていないことでもあります。しかし、それが縁となり、イタルデザインが新しい道を進むことになることについては追ってお話しましょう。

●イタルデザインの「次」に向かうジウジアーロ

トリノの“勝ち組”となったジウジアーロ親子によるイタルデザイン
トリノの“勝ち組”となったジウジアーロ親子によるイタルデザイン

ジョルジェット&ファブリツィオ親子のコンビネーションにより、イタルデザイン(途中でイタルデザイン・ジウジアーロと改名されるが、ここではイタルデザインで統一)は順調に業績を伸ばしていました。しかし、デザインスタジオを取りまく環境は大きく変化しており、自動車メーカーが開発を完全に内製化する方向性がさらに強くなりました。そのため、2010年にはイタルデザインがフォルクスワーゲングループの傘下となることが発表されたのです。まさに“カロッツェリアの終焉”と、業界を震撼させる大事件でありました。

ジウジアーロ親子が立ち上げたGFG STYLEのファクトリー
ジウジアーロ親子が立ち上げたGFG STYLEのファクトリー

となると、現実的にはVWグループ以外のクルマのデザインをジョルジェットが手がけることはできない、ということになり、ジウジアーロ・ファンのひとりとして複雑な気持ちとなったのを今でも覚えています。この大事件はピエヒの拡大志向の戦略の中で成立したことではありますが、そのきっかけのひとつが前述、ランボルギーニ・カーラのコネクションであったのも興味深いところです。

続いての大事件は2015年に起きます。ジウジアーロ親子はイタルデザインより所有株式を全て引き上げ、イタルデザインを完全に手放したのです。正式社名はイタルデザイン・ジウジアーロですから、“ジウジアーロ”の名称使用権も置いてきてしまったということになります。

ファクトリーの中にはぎっしりと彼らの作品が並ぶ
ファクトリーの中にはぎっしりと彼らの作品が並ぶ

一方、ジウジアーロ親子は“GFG STYLE”という新会社を間髪入れずに設立しました。“GFG”は“Giorgetto & Fabrizio Giugiaro”の頭文字を取ったもの。イタルデザインとの関係で、自動車関連のネーミングにジウジアーロの名前は使うことができませんが、ジウジアーロ・アルキテットゥーラやジウジアーロ・レイルなど関連ビジネスもあることで、間もなく、GFG STYLEのブランドは大きな影響力を持つようになったのです。

これが、前回のヒョンデのポニークーペ・コンセプト復元プロジェクトを手がけたGFG STYLEとは、何ものなのか、の答えとなります。ジョルジェット御大はもうすぐ85歳となりますが、今も裏山をバイクで疾走するなど、とても並の人間とは思えません。そしてデザイン・コンサルティングのビジネスも絶好調なのです。

●ジウジアーロの美学を汲んだ電気自動車を続々提案

ファブリツィオの力作。パルクール
ファブリツィオの力作。パルクール

ファブリツィオは早くからEVのエンジニアリングに関する取り組みをしていましたし、イタルデザイン時代に手がけた“パルクール”のようなスポーツSUVのコンセプトを早くから提唱していました。その流れの中で開発されたのが“カンガルー”、その発展形である“VISION2030”でした。そしてジョルジェットのアイデアによるバルケッタボディの現代的解釈、“バンディーニ・ドーラ”など、BEVのコンセプトモデルを続々と発表していきました。

電動ウインチも装着されたAtrax
電動ウインチも装着されたAtrax

「とんでもなく忙しい、まるでイタルデザイン全盛期以上のような状況にGFG STYLEはなっています。同時に5つのニューモデルを完成させました。それも6ヵ月で!それらは単なるコンセプトモデルではなく、全て市販モデルになります。新しく設立されたラフィット・アウトモビリのハイパーカー・フルラインナップを私達は完成させたのです」とファブリツィオはとんでもなくアグレッシブ。

ツインコックピットの“バルケッタ”
ツインコックピットの“バルケッタ”

これら5モデルは3つの異なったプラットフォームを持つということです。ひとつ目が、カンガルーを前身とするハイパーSUV、“ATRAX”、“ATRAXストラダーレ”という2モデル。2+1のスリーシーターで、前者が本格的オフロードユースをも対象としたもの、後者はよりシティーユースに特化したモノとなります。ATRAXはフロントにウィンチが隠れているようで、相当にヘビーデューティです。

そしてふたつ目がバルケッタ。こちらはジョルジェットお得意の運転席、助手席が独立したツインコックピットが特徴です。完全なバルケッタタイプとウィンドウスクリーン、デタッチャブル・ルーフを設けたバルケッタ・クーペの2バージョンから成り立ちます。

エレガントなテイストも加味されたLM1
エレガントなテイストも加味されたLM1

そして3番目はラフィットLM1。名前の通り外観は耐久レースマシンそのもので、コックピットもコンパクトです。シートは助手席が後方へオフセットするスタッガードタイプが採用されています。

バイタリティ溢れる彼らには、まさに脱帽ですね。ちなみにふたりとも、日本に何回も来ている日本通です。ファブリツィオはいつも日本に来ると、「おにぎり食べたい」と(笑)。そこで先日、彼のオフィス訪問時には特製の海苔をたっぷりと持っていってあげましたよ。

(文:越湖信一/写真:越湖信一、GFG STYLE)

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    https://clicccar.com/2023/06/17/1290059/

この記事の著者

越湖 信一 近影

越湖 信一

イタリアのモデナ、トリノにおいて幅広い人脈を持つカー・ヒストリアン。マセラティ・クラブ・オブ・ジャパン代表。ビジネスコンサルタントおよびジャーナリスト活動の母体としてEKKO PROJECTを主宰。
クラシックカー鑑定のオーソリティであるイタリアヒストリカセクレタ社の日本窓口も務める。著書に『フェラーリ・ランボルギーニ・マセラティ 伝説を生み出すブランディング』などがある。
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