ヤマハMT-10はバイクと一体になれる吸気サウンドにこだわった。デジタル音源を聴きアナログ音を作り上げる斬新な発想で実現

■新型MT-10は乗る楽しさを増幅させるチューニングされた音を演出

MT-10フロントビュー
MT-10のテスト車両。市販車とは若干異なるところがあります

現在、ヤマハのバイクラインアップの大きな柱のひとつになっているのがMTシリーズです。そのフラッグシップモデルであるMT-10がモデルチェンジを受け、2022年秋に発売となりますが、その新型MT-10には、チューニングされた音をライダーに向けて聴かせるユニークな機構が搭載されました。

このエキサイティングなサウンドを実現する新機構についてご紹介します。

MT-10リヤビュー
MT-10は997ccの直列4気筒エンジンを搭載しています

MTシリーズは、排気量別に5つのモデルがラインアップされています。高い性能をともないつつも前衛的かつ挑戦的なそのキャラクターは、ヤマハを象徴するシリーズだといっていいかもしれません。

その中で今年モデルチェンジを受けたMT-10は、最大排気量のモデル。最新の6軸IMUで車両を制御し、最高出力は166PSにもなる超ド級のストリートファイターです。

MT-10エンジン
MT-10に搭載されるクロスプレーンエンジン(写真は海外仕様)

そして最大の特徴のひとつは、YZF-R1と同じボア×ストロークの997ccクロスプレーン4気筒エンジンを搭載していることでしょう。

クロスプレーンエンジン
通常4気筒エンジンのピストンは2気筒ずつ高さが揃うが、クロスプレーンは4つとも違っている
クロスプレーン説明図
クランクピン=コンロッド大端部の位置が90度ずつ異なっているクロスプレーンエンジン

通常の直列4気筒エンジンでは、クランクピンが2気筒ずつ180度違いで配置されているところを、このクロスプレーン4気筒エンジンでは、1気筒ずつ90度違いで配置されたクランクシャフトを採用するという、非常に独特な機構を採用しています。

これによってエンジンの慣性トルクの変動を小さくし、独特の扱いやすい特性を実現しているわけです。ヤマハのMotoGPマシンもこの方式です。

いっぽうで、このクロスプレーン4気筒エンジンは不等間隔燃焼となるため、排気音はパルス感のある独特なものになります。これもMT-10の特徴です。

バイク乗りのかたならよくおわかりでしょうが、バイクでは音もまた楽しさを増幅させる大きな要素です。MT-10では、その個性的なサウンドをさらにチューニングして演出するという手法をとっています。

MT-10フロントビュー広報画像
ヤマハMT-10。価格は192万5000円です。写真のモデルはディープパープリッシュブルーメタリックC(ブルー)です
MT-10サイドビュー広報画像
車両重量は212kg(より高性能なサスペンション等を搭載したSPは214kg)。マフラーは通常の形で右側1本出しです


●『アコースティック・アンプリファイア・グリル』を初搭載

ヤマハ鈴木智一朗さん
MT-10のプロジェクトリーダーを務めたPF車両ユニットPF車両開発統括部SV開発部SP設計グループ主務の鈴木智一朗さん

MT-10のプロジェクトリーダーの鈴木サンは、「MT-10の魅力でもある“意のままに操れる“スポーツ性能を更に高めるため、お客様が“操っている”、“バイクと一体になっている”、という感覚はどういうところから来るのかな、と考えました。そのときに、音を含めた五感といったポイントを押さえるというところで強みを出していくべきということで、サウンドにもターゲットがあたりました」といいます。

もっとも、排気音にこだわるのはクルマでもバイクでも当然のことで、目新しいことじゃないと思うかもしれません。しかし、このMT-10で新機軸を打ち出しているのは、排気音ではなく、吸気音なのです。ヤマハらしい自由で斬新な視点です。

MT-10エアクリーナーボックス
新型MT-10のエアクリーナーボックス。手前が前側です。中央と左右に計3本の吸気ダクトを備えています

旧型MT-10では、エアクリーナーボックスの吸気ダクトは中央の1本だけでした。しかし、このニューモデルでは、左右にダクトを1本ずつ追加し、計3本になっています。その筒状のダクトで吸気音の特定の周波数を共鳴させて、ライダーに聞かせようというのです。

3本のダクトはそれぞれ異なる長さに設定し、異なる周波数の音を共鳴させます。そうやって和音のような複合的な厚みのある音を出すようになっているのです。

MT-10アコースティックアンプリファイアグリル
これがアコースティック・アンプリファイア・グリル。筒状の吸気ダクトの上に設けられています

なお、この左右の吸気ダクトはMT-10のタンク脇のカバーの中に収められていますが、そのカバー上部には『アコースティック・アンプリファイア・グリル』と名付けられた開口部があり、ダクトで共鳴した音をライダーにダイレクトに届けられるようになっています。

MT-10吸気口
MT-10はタンクの両側にこのような吸気口があります。この中にダクトが収められています

吸気音の演出に力を入れたのは、騒音規制や社会性の問題もあります。いい排気音はライダーにとっては気持ちがいいですが、むやみに音を大きくすると、周辺への迷惑になってしまいます。

神崎裕也さん
MT-10のエンジン開発を担当したパワートレインユニット プロダクト開発統括部 第2PT設計部 MC-PT設計グループ主事 神崎裕也さん

エンジン担当の神崎サンは、「マフラーって後ろについているものですから、走っていると排気音ってどうしても後ろに抜けちゃって、あまりライダーの耳に聞こえてこなかったりするんですよね。でも吸気音なら、今回のMT-10のようにタンクのまわりの部分から音が出てきて、ライダーに向かってちゃんと聞こえてくれるので、ライダーの心を揺さぶるような機構にできたんじゃないかな、と思います」と話します。

加速感の演出のために、最初に3本のダクトを使って吸気音を作り込むようになったのは、昨年登場した現行のMT-09です。ただ、MT-09では吸気ダクトは外には伸ばしておらず、『アコースティック・アンプリファイア・グリル』も採用されていません。その点、新型MT-10ではより積極的に吸気音をライダーに聞かせる工夫がなされているわけです。

●独自の開発ツール『αlive AD』で音の演出スタイルを検討

この3本のダクトを使う機構は新型MT-10の開発当初からコンセプトがあったので、デザイナーには開発陣から要望を伝えておいて、はじめからこのダクトを収納できるデザインにしてもらったそうです。しかし、実際の吸気音、そして音はどのように仕上げていったのでしょうか。

齋藤久典さん
MT-10の吸気音の開発を担当したパワートレインユニット プロダクト開発統括部 第2PT実験部 PT実験技術グループ主事 齋藤久典さん

「まず、エンジン回転数に合わせてどのように音量を上げていくかっていうところをプロジェクトの中で検討しまして、低い回転数で音をバーンと立ち上げるのか、トルクピークに向かって立ち上げるのか、それともレブリミットまでずっと伸びていこうとする音がいいのかっていう議論をしました」と、吸気音のチューニングを担当した齋藤サンはいいます。

それに使われたのが、ヤマハ独自のαlive AD(アライブ・エーディー)というシステムです。これはスロットル開度やエンジン回転数、車速と連動させて電子音を合成再生することができる独自の開発ツールで、楽器メーカーのヤマハの技術も入っているそうです。そのスピーカーを旧型MT-10のタンク部分に設置し、吸気音の出しかたを検討しました。

「開発のメンバー、商品企画からデザインから、いろいろな方に体験してもらって感想を聞いた結果、トルクピークに向かって二次曲線的に音が盛り上がっていく、そういうのがやっぱりいいよねということになりました。そして、これを実現する音ってどんな音なんだろうということを考えながら、音作りをやっていきましたね」(齋藤サン)

開発の際、録音した音を聴いてみるだけだと、みんな「ふーん」で終わってしまいがちですが、ホンモノのバイクにまたがって、自分で操作をしながら体感してみることで、積極的な感想が出てくるのだそうです。効率化とは逆行しているのかもしれませんが、製品の楽しさを追求したいというヤマハならではのこだわりでしょう。

●さまざまなパイプを付け替えてダクトの寸法を検討

MT-10の試作ダクト
開発に使ったエアクリーナーボックスとその部品。旧型MT-10のものに塩ビのパイプを取り付けて長さや太さを検討したそうです

実際のダクトの仕様を決めるにあたっては、旧型MT-10のエアクリーナーボックスに塩ビのパイプを取り付け、さまざまな長さや太さのものを試しつつテストコースを走らせて、音のチューニングを行ったりもしたそうです。

ちなみに、音の高さを決めるのはダクトの長さ、音量を決めるのは太さなので、それぞれのダクトで担当する音の高さが異なります。いちばん低い音は中央のダクトが担当していますが、高い音を担当するダクトは高回転域で盛り上がるように径を太くし、中音域担当のダクトはもっとも多く仕事をするので、右後方にあるマフラーとは反対の左側に配置して、左右前後の聞こえ方のバランスをとる工夫もなされています。

もちろん、クロスプレーン型4気筒エンジンの音との相性も考慮されています。不等間隔燃焼のクロスプレーンエンジンでは独特な音の成分が発生し、低回転ではドロドロした音、いっぽうで高回転では伸びのいい音と、回転域によって音質が大きく変わるという特徴があります。ちょうどトルクピークあたりの吸気をうまく演出すると、その低回転と高回転で特徴の違う排気音をうまくつなぐこともできたそうです。

●バイク乗りの魂に響く演出、これぞ21世紀のバイクサウンド

そして取材時には、旧型MT-10と新型MT-10のサウンドを録音したものを聞かせてもらうことができました。ちょうどライダーの頭の位置あたりで収録したものだそうです。

まずは旧型MT-10。こちらは排気音とメカニカルな音がメインで聞こえてくるのだそうですが、調律された鼓動感とともにキレイな伸びがある上質な音で、さすが現代のスポーツバイクという感じです。

MT-10のタンク周辺
タンクの両側に開いているのがアコースティック・アンプリファイア・グリル。ライダーからはこのように見えます

しかし! 新型MT-10の音はというと、別モノ! 回転を上げると「ウワアアアアアン!」と、まさにバイクが生み出すトルクに比例していそうな感覚で、ライダーの意思をダイレクトに反映したような音が盛り上がるではありませんか!

その音色は、特に吸気音独特という感じはなく、吸気音と排気音が一体となったエキサイティングなバイクサウンドを奏でてくれます。旧型MT-10の音がだいぶ抑制された印象を受けるのに対して、MT-10のほうはエモーショナルというか、「これこそがバイクの音だよ!」と思い出させてくれるような音です。

なお、年がら年中デカい音を出すわけではなく、おだやかに走りたいときには静かに、アクセルを開ければしっかり聞こえるようにチューニングされているそうなので、大人なライダーにも安心です。

この機構に関して、「走りに集中するとバイクが一緒についてきてくれる。前に出ようという気持ちに対して、バイクが反応してくれて、そのぶんアクセルが開いたな、ってなるのがわかることで、人とバイクの一体感をより高められたのが大きな魅力になってると思います」(鈴木さん)。

「おのずと開けたくなる感覚というか、乗ることが楽しくなる音に仕上がったと思います」(神崎サン)。

「加速感、加速度をいかに音で感じさせるかっていうことを考えて作りました。旧型のMT-10だと、気づいたら車速が出ているっていう感じだったんですけど、新型に関してはそこに音がついてきてくれるので、ライダーとしても加速してるっていうことをより感じられるような音に仕上がっていると思います」(齋藤サン)と、開発陣は感想を話してくれました。

MT-10開発者
左からMT-10開発プロジェクトリーダーの鈴木智一朗さん、吸気音開発担当の齋藤久典さん、エンジン開発担当の神崎裕也さん

いわゆる走行性能ではないけれど、ライダーがバイクを楽しむうえで非常に重要な要素である音。そこを開発者自身の提案で採り入れ、まったく新しい手法で演出する。この自由な発想やフロンティア精神、そして洗練された技術力を持つヤマハならではのデバイスですね! この吸気音を演出する手法は、今後さらに幅広い車種に採用していく予定だそうです。

(文:まめ蔵/写真:水川 尚由、ヤマハ発動機)

【関連リンク】

ヤマハ発動機 MT-10製品サイト
https://www.yamaha-motor.co.jp/mc/lineup/mt-10/

ヤマハ発動機 自動車向け製品・技術コンセプトブランド 「αlive」
https://global.yamaha-motor.com/jp/np/alive/

Sponsored by ヤマハ発動機

この記事の著者

まめ蔵 近影

まめ蔵

東京都下の農村(現在は住宅地に変わった)で生まれ育ったフリーライター。昭和40年代中盤生まれで『機動戦士ガンダム』、『キャプテン翼』ブームのまっただ中にいた世代にあたる。趣味はランニング、水泳、サッカー観戦、バイク。
好きな酒はビール(夏場)、日本酒(秋~春)、ワイン(洋食時)など。苦手な食べ物はほとんどなく、ゲテモノ以外はなんでもいける。所有する乗り物は普通乗用車、大型自動二輪車、原付二種バイク、シティサイクル、一輪車。得意ジャンルは、D1(ドリフト)、チューニングパーツ、極端な機械、サッカー、海外の動画、北多摩の文化など。
続きを見る
閉じる