アイドリングストップはなんと40年以上も前から存在していた!【昭和56年・初代スターレット編】

■クジラ・クラウンに続くトヨタ・アイドリングストップ第2弾!

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ERS(エコランシステム)のテストに繰り出すマイナーチェンジ版初代スターレットDX-A(モーターファン1981年11月号より)

前回は、1974(昭和49)年に追加発売された、販売店オプションのアイドリングストップ機構「EASS」付きクラウン(愛称:クジラ・クラウン)をご紹介しました。これはいわば1970年代版のトヨタ・アイドリングストップ技術。

今回は、その第2弾、1980年代版をお届けします。


●トヨタのアイドリング・ストップのターゲットは、クジラ・クラウンからいきなり経済性重視のスターレットへ

1981 staelet se
1981年8月にマイナーチェンジを受けたスターレット。写真はSE

トヨタの1980年代版アイドリングストップ車は、1981(昭和56)年8月に登場しました。搭載されたのは、マイナーチェンジ版の初代スターレット。好き者はいまでも「KP61(ケーピーロクイチ)」と呼んで親しむ、いまのヤリス(日本では元・ヴィッツ)の前身に当たるクルマです。

1978 starlet dx
1978年2月当時の、初代スターレット初期型DX
1978 starlet se
初期スターレットの豪華モデルSE

初代スターレットは1978(昭和53)年2月に発売。このスターレットとて前身があり、元々は当時の通商産業省が提唱の国民車構想を源流とする「パブリカ(1961(昭和36)年6月)」を起点に、2代目パブリカ(1969(昭和44)年4月)の販売中に、併売の形で「パブリカ・スターレット」を追加(1973(昭和48)年4月にクーペ、10月にセダン)。このパブリカ・スターレットを発展させたのが、2BOXハッチバック型に決め打ちした初代スターレットです。初代~2代目パブリカからパブリカ・スターレット、スターレットを経てヤリス(とヴィッツ)に至るまで、与えられている車輌型式は一貫して「P」…「ヤリス」の車名だけ見れば最近のクルマに思えますが、車両型式からすると、途中で車名が変わろうが駆動方式がRWDからFWDに変貌しようが、トヨタが託した、その時代時代に応じたポピュラーカーとしてのポジションは、「パブリカ」時代から何ら変わっていないことがわかります。

話を戻しまして。

このスターレットのアイドリングストップは1981(昭和56)年8月19日に受けたスターレットのマイナーチェンジ時に設定されました。低廉機種「DX-A」の5速MT車に与えられたもので、システム名称は「エコランシステム(ERS)」。「ERS」は「Economy Running System」からの造語です。

crown eass
1974(昭和49)年1月登場の、EASS付きクラウン

クジラ・クラウンのEASSにスターレットのERS…同じアイドリングストップを持つとしても時代背景が異なります。クジラ・クラウンの「EASS」が第1次オイルショックを意識したもの(着想の原点はその3年前にあったにしても)であったのに対し、スターレットDX-Aの「ERS」は日本版マスキー法である各年排ガス規制のトンネルをくぐり抜けた直後の、ハイパワー競争前夜に相当する1981年8月。1981年2月27日初代ソアラ発表・発売の約半年後…当時のトヨタのラインナップの中でスターレットとは価格も車両キャラクターも対極にある(?)ソアラと、マイナーチェンジではあるにせよさらなる経済性を重視してアイドルストップを引っさげたスターレットDX-Aを、わずか半年ばかりの間に投入してきたところがおもしろく感じられる点です。

クジラ・クラウンのEASSは6気筒2000/2600車用のディーラーオプションでした。対してこちらスターレット用ERSは、数あるスターレットバリエーションの中の廉価寄り機種「DX-A」の5速MT車に、買えばイヤでもついてくる標準搭載…そう、この種のエンジンデバイスが「標準設定」だった点が画期的で、これは国産車初の試みでした。

starlet dx 1
DX-Aの5速車が試験的であったのは、カタログへのスターレット経済型の掲載がDX-Aではなく、DXにとどまっていることからも理解できる

ただし、これがクジラ・クラウン同様、試験的な導入であることは明白です。ときはパワー競争時代幕開け前。ターボにスーパーチャージャーにDOHCといったメカ魅力がクルマ界を牽引しようとする中にあって、喉元すぎれば何とやら、省エネ・省資源・省燃費思想のERSに多くを期待できないだろうということで、たくさん売れるとは思えない廉価寄り「DX-A」に限定したわけです。

starlet dx 2
なので、スターレットのDXを載せておきます

そして事実、当のトヨタ自身が「市場調査の目的で設定した」とはっきりいいきっていいます(後述モーターファン1981年11月号)。だからといって「なに。ユーザーや市場をモルモット扱いしていたのか? けしからん!」などと思ってはいけません。「経済性重視から走りを楽しむスポーティモデルまで、幅広いユーザーニーズにお応えして…」などという、当たり障りのないコメントを出されるよりははるかに潔く、明快で正直で、「市場調査が目的」と堂々といい切った当時のトヨタの説明にはむしろ好感が持てるというものです。


●ERSの概要とモーターファン誌による実走テストの効果

system
ERSのシステム構成図
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ERSの作動表示ランプ

さすが80年代、クジラ・クラウンのEASS時代に対してエレクトロニクスが進歩しているだけに、システムや概念はいくらか緻密になったようです。前回掲げたクラウン用EASSのシステム図は簡便なものだったので単純比較しかできませんが、ERSの簡単な当時資料が入手できたので、ERSシステム構成については図をご覧ください。


当時の資料から、ERSについてのトヨタの説明を抜粋します。

・エコランシステム(ERS)の採用(DX-A五速マニュアル車に標準装備)

1.エコランシステムはコンピューターが運転状態・使用条件を的確に把握し、一時停止している間の不必要なアイドリングを自動的にカットする画期的な省燃費システムである。
2.エコランシステム搭載車は、渋滞、赤信号などで一時停止した場合、エンジンも自動的に停止し、また発進する際にはクラッチペダルを踏むだけでエンジンも簡単に再始動する。
3.これにより、アイドリング時のガソリン消費が節約できる。節約効果は通常の市街地走行の場合で〇・五~一・〇km/L、渋滞が激しい道路ではその効果はさらに大きくなる。
4.トヨタは当システムについて、わが国を初め、米国、西独(筆者注・当時)など世界六カ国で合計六十件の特許を取得ないし出願中である。
(以下略)

1981 starlet dx-a and s test drive
都内を走行中のスターレットDX-Aと同S

ERS付きDX-Aと、ノーマルモデル「S」と比較ずくで、当時の弊社モーターファン誌が、1981年11月号の中でレポートしています。

fuel consumption
誌面ではルート区間毎の停止回数とERS作動時間を丁寧に一覧できるようにしている。ページの始まりでは「ERS」となっているのに、この表を作る頃には「ESR」になってしまっているのは校正ミスだ! 当時の編集部に代わり、40年越しでお詫び申し上げます。

テスト舞台は1981年9月5日(土)の東京都内。7年前のクジラ・クラウン時代に比べて編集部も進歩したのか、テスト結果の見せ方も緻密になっていますな。だけど表記ミスがある(泣)。

1981 starlet dx-a ers switch
エコランシステムのスイッチ。設置位置はおそらくセンターコンソール下と思われる(カタログには写真がないのだ)。7年前のクジラ・クラウンのEASS同様、ONばかりではなく、OFFのスイッチもある。

クジラ・クラウンEASSのとき、都心の混雑エリア16kmを1時間、横浜までの第二国道36kmを1時間で走った結果、途中78回停止・発進を経た中での燃費は11km/L、EASS OFFでの結果は5.6km/Lと報告しています。スターレットのERS付きDX-Aが16.30km/L、ERSなしのSが14.47km/L…スターレットとクラウン、時期に車格に排気量、そしてテスト経路に距離がまったく異なるので、単純比較すらはばかられますが、どちらもどちらなりの効果が得られていることがわかります。

ところで! 燃費数値の「11km/L」「5.6km/L」「16.30km/L」「14.47km/L」…どれもこれも、何だかいまのクルマの実用燃費(カタログ燃費ではない)でも見かけるような数字だなと思われたた方がいるとしたら、その次に「何だ、いまどきのクルマは 40年以上前のクルマと比べてちっとも良くなっていないじゃないか」とも思われていないでしょうか? 筆者もそう思います。数値だけ見れば。しかし燃費は「移動する距離」「移動時間」「移動物の重量」の三者間の相関で決まります。

ここで着目すべきは重量。1974年当時のクラウン2000cc車の車両重量が1360~1370kgなら1981年スターレット1300DX-Aの5速車700kgです。翻ってわが現代。現行クラウンは、2000ccターボのガソリン車1720~1730kgにして、ヤリスはガソリン2WDの1000cc、1500ccすべてをひっくるめると940~1020kgまで…いずれも現代車のほうが重量増となっています。

しかし、いまどきのクルマの実用燃費がカタログ燃費ほど伸びず、さきの「11km/L」「5.6km/L」「16.30km/L」「14.47km/L」程度だったとしても、重量増を考えれば「重量が増えた割に同じていどの数字を維持しているなら低燃費技術は進歩している」といえるのです。また、当時の燃費計測方法よりもいまの計測方法のほうが条件がより厳しく(クルマにとっては縛りがきつくなる方向)になっているわけで、その分を加味すればなおのこと、自動車会社の長年の研究や努力を称えるべきでしょう。

アイドリングストップは、いまでこそ市民権を獲得しているデバイスですが、新技術というものはいきなりのポッと出で生まれるばかりではありません。長年の研究を経てこそ実現・実用化されるわけです。しかしそれだけではメーカー内での自己満足にすぎず、世に広めなければ意味がありません。実用化した技術をいかに作りやすく、量産しやすくし、そしてここからが重要なのですが、いかにユーザーが納得ずくで買える値段にまで下げられるかという研究・検討を成し遂げてこそ完成に至るというものです。作りにくい、量産しにくい、だから値段が高いでは普及はしないからです。

このように、いまある最新技術は、過去何十年にも渡る試行錯誤で得たノウハウの蓄積と技術者の苦労の上で成り立っています。このことを念頭に置くと、いま使っているクルマの見方も変わってくるのではないでしょうか(それにしても、いまのクルマの値段は高いわなあと思いますが。)。

以上、40年以上前のトヨタのアイドリングストップ車を2回続けてご紹介しました。

(文:山口尚志 写真:トヨタ自動車/モーターファン・アーカイブ)

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