バミューダ海域で米軍機が消えた/ホンダがF1撤退を発表/8代目ホンダ・アコード発売!【今日は何の日?12月5日】

■バミューダトライアングルで米軍5機が消息不明

バミューダトライアングルの場所
バミューダトライアングルの場所

1945(昭和20)年12月5日、バミューダトライアングルで米軍機5機が突然消息を絶つという事件が発生しました。この海域は、古くから数々の船や飛行機が消息不明になったと伝えられており、フロリダ、バミューダ、プエルトルコの3点で囲まれる海域であることから、バミューダトライアングルと呼ばれています。宇宙人説や海底電磁波説や海中竜巻説などが実しやかに言われていましたが、実際のところはこの海域で特別遭難事故が多いという事実はないらしいです。ただし、米軍機遭難についても結局どうなったかはっきりしないので、謎と言えば謎ですね。

さて、クルマ界の今日は何があったのでしょう?

●ホンダが道半ばにしてF1撤退を発表

1983年8月のオーストラリアGPのホンダマシン (F1参戦-第2期)
1983年8月のオーストラリアGPのホンダマシン (F1参戦-第2期)

2008年のこの日、ホンダが今シーズンを最後にF1から撤退することを発表しました。2000年にB・A・R(ブリティッシュ・アメリカン・レーシング)にエンジンを供給することで始まった第3期F1参戦、2006年にはフルコンストラクターとなりましたが、成績は1勝のみのチャレンジで終わりました。リーマンショックによる業績悪化が直接的な撤退の理由ですが、その後の2015年にはエンジンサプライヤーとして復帰、それも2021年をもって終了となりました。トヨタも2009年にF1から撤退しており、日本メーカーのF1挑戦は終焉を迎えました。両社とも、再チャレンジの可能性はないと発表しています。残念のひと言です。

●ボディサイズを拡大したホンダの8代目アコードデビュー!

2008(平成20)年のこの日、ホンダは「アコード」の7回目のモデルチェンジを行い、8代目が登場しました。初代アコードは「シビック」よりワンクラス上のアッパーミドルとして1976年にデビュー。デビュー当時は日本とともに米国でも人気のモデルでしたが、現在は東南アジア、中国でも販売されています。

2008年に発売された8代目アコード「セダン」
2008年に発売された8代目アコード「セダン」
8代目アコード「セダン」の広々とした車室内
8代目アコード「セダン」の広々とした車室内

8代目アコードの開発目標は、ボディを大型化してすべてを上質に仕上げて、車格をワンランク上げることでした。ボディタイプはセダンとワゴンの2種で、ワゴンは「ツアラー」と名称が変更されました。ツアラーに変更したのは、ワゴンのイメージよりも楽しく、ロングツーリングができるというイメージを強調するためでした。エクステリアは先代の低いノーズとウェッジシェイプを継承し、ワイドトレッド化することで室内空間は先代よりも拡大されました。

2008年に発売された8代目アコード「ツアラー」
2008年に発売された8代目アコード「ツアラー」

パワートレインは、2.0Lエンジンを廃止して2.4L直4DOHC i-VTECエンジンとマニュアルモード付5速ATの組み合わせのみ、駆動方式はフルタイム4WDが廃止されFFのみとなりました。また、安全装備として「モーションアクティブEPS」が採用されました。これは、エアバッグシステムやトラクションコントロール、横滑り防止VSAを協調制御するシステムです。

1976年にデビューした初代アコード。シビックの兄貴分として登場
1976年にデビューした初代アコード。シビックの兄貴分として登場

8代目アコードは、目標通り乗り心地や静粛性は高く評価されましたが、日本市場での評価はアコードがまた大きくなったといった程度でした。販売も期待ほど伸びることなく、2013年に9代目にモデルチェンジしました。

毎日が何かの記念日。今日がなにかの記念日になるかも知れません。

Mr.ソラン

この記事の著者

Mr. ソラン

Mr. ソラン 近影
某自動車メーカーで30年以上、自動車の研究開発に携わってきた経験を持ち、古い技術から最新の技術までをやさしく解説することをモットーに執筆中。もともとはエンジン屋で、失敗や挫折を繰り返しながら、さまざまなエンジンの開発にチャレンジしてきました。EVや燃料電池の開発が加速する一方で、内燃機関の熱効率はどこまで上げられるのか、まだまだ頑張れるはず、と考えて日々精進しています。夢は、好きなクルマで、大好きなワンコと一緒に、日本中の世界遺産を見て回ることです。