緊急時自動ブレーキ、第2フェーズに突入!「ドライバー優先」から「システム優先」へ

■より賢くなるか? クルマの自動ブレーキ

main
信号待ち最後尾のクルマに突っ込む事故もよく報道される。ぶつけられたほうはたまったものではない。その対象が歩行者だったら・・・?

高齢者によるクルマの暴走事故がニュースを賑わせる昨今。いま、新車として販売されているほとんどのクルマには、緊急時にクルマがブレーキを起動させるシステムが組み込まれています。

「プリクラッシュセーフティ」「インテリジェントエマージェンシーブレーキ」「衝突軽減ブレーキ」「ブレーキサポート」など、その働かせ方も呼称も少しずつ異なっており、ここでは平たく「自動ブレーキ」といいますが、この自動ブレーキ、どうやら次のステップに進もうとする気配です。

●作動判断を「クルマ優先型」にするシステムを検討

国土交通省は、先進安全自動車(ASV)プロジェクト推進の一貫として、ドライバーの誤操作ないし意識喪失となった場合、自動ブレーキをはじめとする安全デバイスの作動を、車両側のシステムを優先・介入させる技術促進の本格検討を始めるとのことです。

いまのクルマの、さきに「自動ブレーキ」とひとくくりにしたデバイスは、衝突の危険があるとクルマが判断した場合は、クルマが「自動」でブレーキを働かせます。が、実はあくまでも人間の操作が優先されており、おおかた次のようなときには自動ブレーキは解除されるようにプログラミングされています。

・ドライバーがアクセルペダルを強く踏み込んでいるとき
・ハンドル操作をしているとき

また、次のような場合は作動開始が遅れたり、作動中でもシステム解除することがあります。

・ハンドル操作をしている
・ブレーキペダルを踏んでいる
・アクセルペダルを踏んでいる

intelligent emergency brake
日産のインテリジェントエマージェンシーブレーキ概念図

これは、クルマが「ドライバーが危険回避中」と判断するためです。

ドライバーがアクセルペダルを踏んでいれば「後ろから何かが猛スピードで近づいているから離れようとして加速しているんだな」と判断し、ブレーキペダルやハンドル操作をしていれば「ハンドルまわしてブレーキを踏んでいるということは、もうわかっているんだな? ならシステムの出番じゃない」となり、つまりドライバーの回避操作と判断して余計な手出しはしないようになっているのです。

assistant of pedal operation error
日産の踏み間違い防止アシストの作動概念図

しかし、現状のシステムの場合、アクセルを強く踏んだ瞬間にドライバーが何らかの疾患で気を失った、あるいは気を失うことで足がアクセルを強く踏むことになったらクルマは暴走することになります。

意識を喪失して全身の力が抜け、ハンドルに覆いかぶさった重みでハンドルがまわれば、クルマはそのまま対向車線や歩道に突っ込むことになります。

いずれの場合も、システムが「回避操作」と判断するからです。気を失う瞬間に「アクセルを、ハンドルを放しておかなきゃ」と考えるひとはいないでしょう。めったにないことのように思えますが、昨今の暴走事故の頻発・多発ぶりを見ると、「めったにない」こととはいい切ることはできません。

暴走事故でよくあるのが、「気が動転してブレーキとアクセルを踏み間違えた」というものです。これが「自動ブレーキ付きであったのにもかかわらず」だったのかどうかまでは、この手の事故報道ではなぜか明確にされません。が、強くブレーキを踏んでいるつもりでアクセルを踏んでいたのなら、クルマが回避操作と判断して暴走してしまうのも当然なわけです。暴走事故の中には「何のための自動ブレーキだったのか」という例もあるに違いありません。

素人が考えられる程度のことなら、先刻何でも研究している自動車メーカーのこと、おそらくメーカーだってとうの昔からこのあたりについて認識していたはずですが、その対策を講じることについて、「何もそこまで」とか「まだ時期尚早」と考えていたのではないでしょうか。

実は筆者もそのクチで、ことに筆者は最近完全義務化された「オートライト」にも拒否反応を示しているくらいですから、このニュースには「また役人の介入かよ」と落胆したものです。ドライバー操作のあらゆる分野に複雑なデバイスが介入してくるのは、かえって使いづらくなることが多くなるのと、さらに自動車の値段が高くなる要因になるからです。

●検討されるという「システム優先」の内容とは?

さて、「先進安全自動車(ASV)プロジェクト推進」について述べてみましょう。

これは国土交通省自動車局が発した「令和4年度・自動車局関係予算概算要求概要」の資料の中で謳っているもののひとつです。項目はかなりあるのですが、本稿のテーマ部分だけ抜き出しましょう。

■自動車運転技術も活用した安全・安心の確保

1. 高齢運転者等の事故防止対策の推進
2. 自動車アセスメントの推進
3. 先進安全自動車(ASV)プロジェクトの推進

ここでテーマにしている「システム優先」型検討の提唱は、3.の中で行われています。

・ドライバーが運転中に意識を喪失した場合、明らかに誤った操作を行った場合などには、システムが介入する方が安全であるが、システムの作動条件や設計のあり方等について検討を行う。

本当はもう1項目、「コネクテッド技術(通信)を活用した安全技術の高度化・普及を図るため、別メーカーの車両間であっても、相互に通信する情報の内容や仕様について検討を行う」というものがあるのですが、本稿のテーマとは異なるので除外します。

この中で、「現状の『ドライバー主権』では『意識を失い、意図しないアクセルとハンドル操作であっても、システムはこの操作を優先してしまう』のに対し、『システム介入』方式では『ドライバーがアクセルとハンドル操作をしていても、システムが操作に介入することで事故を防止』できるのではないか」とし、「システムが介入する『条件』や『作動時の動作』」を検討を提唱。

国土交通省は、おそらくは今年2021(令和3)年春から夏にかけて「検討の検討」をしていたのでしょう。そのための予算を、「コネクテッド技術」の分と合わせ、この8月に1億5000万円の予算要求をしています。

そして専門家や自動車メーカー関係者との協力で、ドライバーが意識を失ったり誤操作をしたりした際の、システムを優先させたほうが安全なシチュエーションとはどのような場面なのか、そしてシステムがどのように危険を検知して安全デバイスが作動するかを、最大5年かけて整理、ガイドラインの策定などを行い、開発を促すとのこと。

「システム優先」が実現すれば、ドライバーが誤操作をしたり気を失ったりした際に、暴走を阻止させられる可能性が出ることになります。

しかし「言うは易く行うは難し」。ここで周到に検討しなければならないのは、「ブレーキやアクセル、ハンドルの操作が、正常なドライバーによる確実な回避操作なのか、ドライバーの誤操作なのか、意識を失っているドライバーの意図しない操作なのかを、確実に判断するシステムの構築が可能かどうか」ということでしょう。

いまのところ、クルマは車内外や各操作部に設けたセンサーから、ドライバーの意図や状態を読み取っているだけで、車内のどこかにカメラを設けてドライバーの顔色や脈拍、呼吸数や意識の有無まで把握しているわけではありません。スバルのアイサイトではこれに近いことを行っていますが(ドライバーモニタリングシステム)、案外スバルの技術もクローズアップされて他メーカーも採用、ブラッシュアップを図って熟成させる道もあるかもしれません。

ただし「最大」と謳っているとはいえ、5年は長すぎるような…。やれ電気だ、電子だ、AIだの時代ですから、5年を待たずしてシステム優先の考えを採り入れたクルマが登場するような気もします。

そしてそのときは、またクルマの車両価格が上昇、場合によっては使いにくく感じるクルマが生まれるということにもなり、筆者は「なんだかなァ」と思うのですが、こうも暴走事故が多発している現状を見るとこれも致し方なしと考えるべきでしょうか?

●自動ブレーキ「的」デバイスは、三菱・デモネアが起源

前方に何か障害物がある、先行車に近づきすぎた際のクルマの減速操作に於いては、長い間、「ブレーキ操作はあくまでも人間が」という考え方に基づいてきました。

19921026 3rd debonair
1992(平成4)年10月の3代目デボネア
19950123 2nd diamante
2代目ディアマンテ(1995(平成7)年1月)

今の「自動ブレーキ」への胎動期的技術は、1993(平成5)年10月の3代目三菱デボネアの「ディスタンスウォーニング」、1995(平成7)年1月の同じ三菱自動車の2代目ディアマンテ「プレビューディスタンスコントロール」にありました。

19921026 3rd debonair distance warning
ディスタンスワーニングのレーダー発射部
19921026 3rd debonair test drive
ディスタンスワーニングを試す3代目デボネア

デボネアは前のバンパーから発せられたレーザー光の反射時間から距離と相対速度を算出。ディアマンテではレーザーに加えて、ルームミラー裏の単眼カメラ併用でレーンも認識しながら、クルーズコントロールでのDレンジ走行中、前車に近づきすぎると警報を発し、さらに距離が詰まると4速(オーバードライブ)から3速にシフトダウンしてエンジンブレーキで減速させるというものでした。

19950123 2nd diamante test drive
プレビューディスタンスコントロール作動で走る2代目ディアマンテ
19950123 2nd diamante preview distance control camera
2代目ディアマンテのルームミラー裏に備わるカメラ

つまり、減速はエンジン制御とエンジンブレーキによるものにとどめ、4輪の機械的ブレーキを締め上げる役割まではクルマに与えられてはいなかったのです。

multi information display of cms
CMSの作動状況を表示中のディスプレイ
20030618 inspire
2003(平成15)年6月登場の4代目インスパイア(写真は最上級アバンツァーレ)

当時、これだけで「未来がやってきた!」と感嘆したものでしたが、いまのクルマが持つ、積極的に液圧を高めて制動させる「自動ブレーキ」機能の直接的起源は、2003年6月のホンダインスパイアの最上級機種「アバンツァーレ」に標準搭載された「追突軽減ブレーキ(CMS)」で、世界初の快挙でした。

あれから約18年余、この技術はゆっくり、ゆっくり、低価格寄りのクラスにまで広がり、いまやほとんどのクルマに自動ブレーキが搭載されました。

これを自動ブレーキの第1ステージだとすれば、システム優先の自動ブレーキは第2ステージなのかもしれません。

判断が確実にできる安全システムが実現すれば、暴走事故で何の落ち度もないひとが命を落とすというニュースも流れなくなることでしょう。ただでさえクルマの値段が上がっています。スバルのアイサイト成功の鍵は、10万円という低価格でしたが、できれば1~2万円高の範囲で実現させてほしいものです。いまはシステムのベースが出来上がっているのですから。

(文:山口尚志 写真:山口尚志・日産自動車・三菱自動車・本田技研工業・モーターファン・アーカイブ)