青函トンネルが起工式/本州~九州を結ぶ関門橋開通/トヨタの3代目RAV4デビュー!【今日は何の日?11月14日】

■当時世界最長を誇った青函トンネルが起工。青函連絡船は営業終了。

青函トンネルの北海道側の湯の里知内信号場
青函トンネルの北海道側の湯の里知内信号場

1971(昭和46)11月14日、本州と北海道を結ぶ青函トンネル工事の起工式が行われました。青函トンネルの構想が作られたのは1946年でしたが、着工まで25年かかり、JR津軽海峡線が開通したのは1988年3月13日なので着工から完成まで17年を要しました。青函トンネルは、全長53.85km(全長の43%が海底)で当時世界最長のトンネルでした。現在、毎日50本ほどの列車が通行しており、年間の使用客数は約200万人に達します。一方で、80年続いた青函連絡船がこの日をもって営業の幕を下ろしました。

関門橋
関門橋

また1973(昭和48)年のこの日、本州と九州を結ぶ高速道路の関門橋が開通しました。1968年6月に起工、5年5ヶ月を要して完成しました。関門橋は、中国自動車と九州・北九州自動車道を繋ぐ、全長1068m(当時は東洋一)の吊り橋です。6車線通行で1日4万~5万台ほどのクルマが往来しています。1960年代に始まった高度経済成長にとって交通網の整備は不可欠であり、青函トンネルや関門橋は、北海道、九州への人流や物流の効率化のためには必須だったのです。

さて、クルマ界の今日は何があったのでしょう?

●都会派SUVから世界戦略SUVに進化したトヨタの3代目RAV4登場!

2005(平成17)年のこの日、トヨタRAV4が2回目のモデルチェンジを行い、3代目へと進化しました。初代RAV4は1994年に登場、都会派のコンパクトSUVのパイオニアとして大ヒットしました。悪路を走破できるような本格オフローダーでなく、4WDを装備しつつ街乗りを重視した乗用車ベースのSUVでした。続く2代目はコンセプトを継承しつつ、ボディサイズが3ナンバーに大型化されました。

2005年発売の3代目RAV4
2005年に登場した3代目RAV4
2005年発売の3代目RAV4の後ろ外観、初代に比べると大型化、海外向けにはロングも設定
3代目RAV4の後ろ外観。初代に比べると大型化した。海外向けにはロングボディも設定

次に登場した3代目は、新しいプラットフォームを採用してさらに大型化。その背景には、21世紀を迎える頃から日本国内の人気に陰りがみえ始める一方、海外、特に米国では人気が継続していたため、海外を重視した大型化が求められたのです。スタイリングも、海外で好まれる曲線を多用したダイナミックなフォルムに変貌。パワートレインは、VVT-i(連続可変バルブ機構)付2.4L直4DOHCエンジンとCVTの組み合わせのみで、駆動方式は4WDとFFが用意されました。

2005年発売の3代目RAV4の運転席周り、丸い計器類と装備が並ぶ
3代目RAV4の運転席周り。丸い計器類と装備が並ぶ

注目されたのは、「アクティブトルクコントロール4WD」です。「S-VSC(ステアリング協調車両安全制御)」という「EPS(電動パワステ)」と「VSC&ABS(ブレーキ統合制御)」、「TRC(駆動力制御)」を統合制御する技術に、前後輪トルク配分を行う「電子制御カップリング4WD」を組み合わせたもので、安定かつ安全な走行を実現させていました。

1994年デビューした初代RAV4、コンパクトなSUVのパイオニアで大ヒット
1994年にデビューした初代RAV4。コンパクトなSUVのパイオニアで大ヒット

コンパクトなSUVから、ミドルサイズの「世界戦略SUV」へと進化した3代目RAV4。国内ではそれほどの人気は得られませんでしたが、米国や中国など海外では大ヒットしました。「日本では不人気でも海外では大人気」という車種は少なくありませんが、日本の市場が特異化しているのでしょうか。

毎日が何かの記念日。今日がなにかの記念日になるかも知れません。

Mr.ソラン

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Mr. ソラン

Mr. ソラン 近影
某自動車メーカーで30年以上、自動車の研究開発に携わってきた経験を持ち、古い技術から最新の技術までをやさしく解説することをモットーに執筆中。もともとはエンジン屋で、失敗や挫折を繰り返しながら、さまざまなエンジンの開発にチャレンジしてきました。EVや燃料電池の開発が加速する一方で、内燃機関の熱効率はどこまで上げられるのか、まだまだ頑張れるはず、と考えて日々精進しています。夢は、好きなクルマで、大好きなワンコと一緒に、日本中の世界遺産を見て回ることです。