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■いま、クルマのエアコンガスに何が起きているのか?
気が早いですが、今回は、梅雨が明けたら夏本番! いよいよ大活躍となるクルマのエアコン・・・ではなく、漏れたら困るエアコンガスそのもののお話。
新しめのクルマでも遭うことの多いエアコンのガス漏れですが、昨年夏にエアコンガスの漏れがわかり、「カネかかるから、ひとまず来年考えよう」ということにしていた方もいらっしゃるのではないでしょうか。その中には、この記事を読み始めて「ゲ。ヤなことを・・・」と、憂鬱になった方もいるかも知れません。
今回は「エアコンガス・・・ちょい漏れにご用心」というタイトルにしましたが、そもそもクルマも含めた機械の故障は自然発生的に起きることであり、エアコンのガス漏れとてユーザーが用心しようがないことは先刻承知です。そしてもしガス漏れがわかったとき、出費を抑えるべく、ひとまずガス補充で様子を見ることにし、本格修理は後まわしにするひとも多いと思いますが、今後はその「ひとまず」さえ大きな出費になってしまう事象が、ここ数年の新型車の間で起こっているのです。
●「CFC-12」から「HFC-134a」に、そして「HFO-1234yfへ」
1990年代の初め、クルマ用エアコンの冷媒・・・つまりガスが、それまでの「CFC-12(R-12)」から「HFC-134a(R-134a)」に変わりました(いずれもフロンガスの仲間であり、ほかにもたくさん仲間があるのですが、ここで主題とするクルマ用エアコンについてはこのふたつに限定して話を進めます。)。
CFC-12(CFC:クロロ フルオロ カーボン)の時代、クルマの廃棄時には、冷媒ガスを抜く際はそのまま大気放出されていましたが、エアコンを正しく使っていても避けられないガス流路からの漏れ分も含め、大気中に出てしまったCFC-12が太陽からの紫外線をカットするオゾン層を破壊し、皮膚がんが増す可能性が出てくることが問題になったのです。
ゆえ、廃車時のガスは専用機で回収するようになったのと同じ頃に、オゾン層を破壊しないHFC-134a(HFC:ハイドロ フルオロ カーボン)に変わりました。以降、HFC-134aは「代替フロン」とか、「一体いつまで『新』をつけているのか」と思うほど長い間、「新冷媒」と呼ばれ続けたものです。
あれから約30年経過。いま世の中を走っているほとんどのクルマのエアコン冷媒がHFC-134aとなり、もちろん回収も専用の機械で行っているわけですが、今後もHFC-134aが続くかと思いきや、こんどはそのHFC-134aが地球温暖化の原因になるという問題が浮上してきました。オゾン層の救世主として奉られた(?)のが一転、時代背景の変化によって悪者にされたのですから、HFC-134aもずいぶん気を悪くしたことでしょう。HFC-134a、かわいそうに。
ひとが大気放出しないまでも、もともとクルマのエアコンユニットは、ガス漏れを起こしやすい境遇にあります。まずクルマには振動があります。その振動に起因する配管接合部などのゆるみやガタ、こもった水分によるアルミ配管の腐食などによってガス漏れが起こりやすい。ましてや接触・衝突事故などでエアコンユニットが損傷を受けようものなら、今日納めた新車だって一挙にガスは吹き出します・・・クルマは「移動」が本分だけに、このあたり数々のガス漏れ因子が常につきまとっているところが、クルマ用エアコンの、家屋・建築物用エアコンとは異にするところなのです。
そこでHFC-134aの次を担う、自動車用エアコンの新冷媒「HFO-1234yf」の登場です。ついこの間までHFC-134aに与えられていた「新冷媒」の称号は剥奪され、HFO-1234yf(HFO:ハイドロ フルオロ オレフィン)に与えられることになりました。HFC-134a、かわいそうに。
ここ2~3年あたりの新型車から、エアコンの冷媒はHFO-1234yfになってきています。いっぽう、それ以前から販売されているHFC-134aのクルマは、改良やマイナーチェンジなどのタイミングでHFO-1234yfに変えたり変えなかったり・・・少なくともいまフルチェンジして「新型●●●」と謳って出てくるクルマのエアコンガスは、新冷媒だと思っていいでしょう。軽自動車から高級車まで問わずです。
恥ずかしながら、私が冷媒変更を知ったのは、不勉強なことにいまから2年ほど前だったのですが、動きとしては2013年あたりから挙がっていた話のよう。後追いでよくよく調べたら、メリットデメリットは以下のとおりでした。
HFC-134aに対してHFO-1234yfは・・・
【メリット】
・地球温暖化係数は、新冷媒・HFO-1234yfを「1」とすると、従来のHFC-134aは1430。
・大気放出が可能(ほんとかいな? 後からダメでしたなんていうなよ!)。
【デメリット】
・比較すると、厳密にはHFO-1234yfのほうが、冷えがいくらか劣る。
・単価が高い。
細かく探せば他にもありますが、ここでは代表的なものにとどめておきます。
さて、クルマを使う側からすると、冷媒が何であろうと車内が冷えてくれればいいわけですから、ユーザー側に、HFO-1234yfに変わることで得られるメリットは特にありません。
逆にデメリットはユーザーを直撃します(だからデメリットなのですが)。
同じクルマ同士で比較した人に聞いたら、冷えの性能に「実際には変わりはない」とのことでしたが、筆者のような暑がりにとっては大問題です。厳密に比較してとはいえ、HFO-1234yfのほうが劣るというのは聞き捨てなりません。そうと知ったがゆえになお暑く感じてしまう暑がりさんも出てくることでしょう。
かつてCFC-12時代の、吹出口に手をかざしたときの冷風は「ひやっ!」と感じられ、いかにも「クーラー!」「夏!」という季節感をも抱いたものでした。これがHFC-134aガスになると「ひやっ!」はなくなり、マイルドになったなと思ったものですが、暑さに敏感なひとにはHFO-1234yfがさらに穏やかに感じられてしまうのではないでしょうか。
そして筆者がもっともっと大問題にしているのはガスそのものの単価です。
べらぼうに高くなるのは知っていたのですが、自分なりに調べてみたら、いままでのHFC-134aに対する「3倍」とも「5倍」とも「10倍」とも・・・。しかしはっきりした答えは得られませんでした。
●ユーザーの財布に直結する、エアコンガス作業新旧比較!
ここは実際のクルマを引っぱリだし、HFC-134a、HFO-1234yfの場合とで、何がどう変わってくるのかを比較したいところです。できれば同じクルマで、改良の前後で冷媒を変更したやつがいい。「そんな都合のいいクルマはないだろな」と思っていたら、割と簡単に出てきました。
スズキスイフトさんです。
実は、まずはエアコンガス事情を調べようと、自分のクルマを購入したスズキ販社の方に伺うことから始めたのですが、話を進めるうちに、現行スイフトが改良の前後で冷媒を変えていると教えてくれたのです。
今年2021年・・・ではなく、昨年2020年5月15日の改良時に、スイフトはエアコン冷媒も変更していました。たぶん浜松のスズキは、今回の記事のために、スイフトの改良時にガスを変えておいてくれたのでしょう(そんなことはない)。
というわけで、この改良前後のスイフトのガス冷媒の量や、補充・・・というよりもガスの入れ替えの値段について、ひとつひとつを調べてもらいました。
それをまとめたのが写真の表です。
・・・・・・・。
言葉が出ません。
ガス単価、従来の3倍5倍10倍どころか、なんと15倍でした。「じゅ、じゅうごばい!?」と目の玉飛び出した方、これだけで驚いていてはいけません。高くなったのはこれだけではないのです。
ガス単価ばかりか、工賃も約1.7倍にまで跳ね上がっています。これはガスが変わったら変わったで専用の充填機を導入しなければならず、その回収のための1.7倍でしょう。この販社で導入した機械はざっと100万円なのだそうな。
というわけで、同じ現行スイフトでも、何らかのエアコントラブルでガスのフル充填を行うとなったとき、同じクルマへの同じ作業、同じガス量であるにもかかわらず、改良前のスイフトなら5500円ですんだところ、2020年5月15日以降の新しいスイフトは3万8500円、トータル額は7倍もの差が出てしまうことがわかりました。(※各料金は同じスズキ販社でも、そして各メーカー系列でも異なりますので、気になる方はそれぞれなじみの販社で確認してください。)
やはりガス単価の15倍が効いているのです。今後の新車がすべてHFO-1234yfになるなら、いずれは量産効果で値が下がるのでしょうが、いまのHFC-134a並みにまで下がるかどうか・・・
また、地球温暖化係数(GWP:Global Warming Potential)は、HFO-1234yfが「1」で、HFC-134aが「1430」・・・とにかくHFC-134aが1430倍ワルそうになっていますが、これはあくまでも新参者HFO-1234yfを「1」という基準値に定めたときの相対値です。これがまた20~30年経ち、GWPがHFO-1234yfの1500分の1となる、仮に「HFO-5678zg」なる冷媒が登場すれば、HFO-1234yfは「1500」となり、たちまち悪者扱いされるようになるのでしょう。
●エアコンユニット、こんなところに目を配れ!
ガスが漏れる部位は配管接続部、コンデンサ、エバポレーターなど様々です。そして世の中を見てみると、ごく普通の使い方をしているにもかかわらずガス漏れを起こす例が、新しめのクルマでも少なくないようです。
こうなると今日買った新車ものっけから信用せず、むしろ遠くないうちにガス漏れを起こすものだと早々に決め打ちして覚悟しておいたほうがよさそうです。そして常日頃からこのあたりにも目を配るようにする。エアコンが属する一般保証期間3年=最初の車検までのうちにガス漏れを起こしてくれればいいのですが、その期間が過ぎたあたりから漏れた場合、新車から3年ちょいの出費としてはあまりにも大きすぎます。
しかも乱暴な運転でエンジンやサスペンションを壊したのならともかく、乱暴に使いようがないエアコンユニットに自然発生的に起こることですから気をつけようがないのですが、とにかく、今後新車の購入を考えている方は、いまのクルマのエアコンはガス冷媒の値段が高い! という事実があることを念頭に置いておいてください。
自動車メーカーも関係省庁も、クルマ用エアコンガスが高価なタイプに変わることを、ユーザーに向けてきちんとアナウンスしていなかったように思います。
結局はユーザーレベルでできることは少ないのですが、いざエアコン修理して修理代を払う際、ユーザーがその額に驚愕するといけないと思い、このたび記事にした次第です。
この記事についての下調べしている時点で、「バックカメラ2022年5月義務化」のニュースが飛び込んできました。
スペアタイヤ廃止、ライトのLED化、オートライトや自動ブレーキ、そしてバックカメラの義務化。脱炭素化をめざすガソリン車廃止&電動化へのシフト、エアコンガスの新冷媒・・・とにかくクルマは高くなり、そして税金も維持費も高くなり、買いにくく、使いにくく、直しにくくなるいっぽうです。そりゃあ義務化されれば従わなければならないのはわかるのですが、ここ10数年のクルマを見ていると、自動車メーカーは、ユーザーではなく、警察庁、環境省、国土交通省のほうばかり見てクルマを造っているように思えてなりません。だから一見、いいものに見えても、ユーザーに対する気遣い、優しさの現れには見えないのです。そして各省庁は、それらの効果を検証しないまま、ただただ世の趨勢に歩調を合わせることを世界にアピールしているだけのようにしか見えません。
環境を守る、安全対策も大いに結構なのですが、結局はすべて車両価格や補修費に転嫁・・・すべてがユーザーにしわ寄せがいっているじゃないかという現状に、どうにも釈然としない思いをしながら昨今のクルマを見ているところです。
(文:山口尚志 写真:山口尚志/スズキ)