世界知的所有権の日。生産台数でビートルを抜いた3代目トヨタ・カローラ登場!【今日は何の日?4月26日】

■チェルノブイリ原発事故が発生

4月26日は、「世界知的所有権の日」です。1970(昭和45)年のこの日、「世界知的所有権機関を設立する条約」が発効され、世界知的所有権機関が発足したことに由来します。よく「パクリだ」「盗作だ」と裁判沙汰になることがありますが、実際のところどこまでがパクリなのか境界は難しいですよね。

また1986(昭和61)年のこの日、旧ソ連ウクライナ共和国のチェリノブイリ原子力発電所が大爆発、大量の放射能が飛散するという大惨事が発生しました。緊急停止のテスト中に、誤って制御棒を抜くという人為的なミスが原因だったそうです。被爆者28人を含む30名以上が死亡し、また周辺30km一帯は、数十年間にわたって隔離地域となるなど、世界最大の原子力発電事故となりました。

さて、クルマ界の今日は何があったのでしょう?

1974年(昭和49)年の4月26日、トヨタの3代目「カローラ/スプリンター」が発売されました。カローラは、現在も続く世界で最も売れているクルマであり、車名別生産台数で「VWビートル」を抜き世界一になったのは3代目からです。

1974年発売の3代目カローラ
1974年発売の3代目カローラ
1975年発売の3代目カローラハードトップ
1975年発売の3代目カローラハードトップ

1966年にデビューした初代カローラは、すでに発売されていた小型セダン「コロナ」と小型大衆車セダン「パブリカ」の中間を狙ったモデルでした。当時のユーザーのマイカーに対する憧れや上級志向に応えた手頃な大衆車として大ヒット。発売から3年半で100万台を超える、当時のミリオンセラー最短記録を達成し、大衆車として日本のモータリゼ―ションを牽引しました。

1966年発売の初代カローラ
1966年発売の初代カローラ

そして3代目カローラは、ボディをひと回り大きくして上級車並みの快適性と安全性を追求した「大衆車の決定版」というコピーで、1974年に登場しました。最大の特長は、1973年の第一次オイルショックと、当時世界で最も厳しかった排ガス規制のダブルパンチに対応したことです。ボディバリエーションは、発売当初の2/4ドアセダン、ハードトップ、バンに、3ドアリフトバックと2ドアファーストバッククーペを追加。パワートレインも、1.2L、1.4L、1.6Lのエンジンに、トランスミッションは4速、5速MTと2速、3速ATの組み合わせと多彩でした。

この時代の人気モデルは、カローラに限らずボディやパワートレインをとにかく多彩にしてユーザーの多様性に対応しています。「バリエーション豊か」が好まれた時代なのでしょうが、コスト重視で共通化が要求される現在では考えられませんね。

毎日が何かの記念日。それではまた明日!

Mr.ソラン

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Mr. ソラン

某自動車メーカーで30年以上、自動車の研究開発に携わってきた経験を持ち、古い技術から最新の技術までをやさしく解説することをモットーに執筆中。もともとはエンジン屋で、失敗や挫折を繰り返しながら、さまざまなエンジンの開発にチャレンジしてきました。
EVや燃料電池の開発が加速する一方で、内燃機関の熱効率はどこまで上げられるのか、まだまだ頑張れるはず、と考えて日々精進しています。夢は、好きな車で、大好きなワンコと一緒に、日本中の世界遺産を見て回ることです。
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