あおり運転の正当化は法治国家の否定だ。解決するのは「自動運転」【週刊クルマのミライ】

いま、グローバルな自動車業界でのホットワードは「CASE」でしょう。コネクテッド・オートノマス・シェアリング・エレクトリックの頭文字をつないだもので、これからの自動車テクノロジーの4本柱になるとされています。一方で、日本国内での自動車社会におけるホットワードは「あおり運転」ではないでしょうか。あおり運転の末、命が失われることになり、加害者が殺人容疑で逮捕されるという事例も起きています。そうした状況を鑑み、あおり運転に対する取り締まりも厳しくなり、罰則も強化されています。

あおり運転というのは、それだけ重い罪につながる行為なのですが、残念ながら「あおること」を正当化するドライバーも少なからず存在しているようです。とくに、高速道路の追い越し車線におけるルール違反、マナー違反に対する制裁としてのあおり運転に対しては共感を呼んでいるようです。しかし、法治国家において私的制裁を正当化するというのは、あまりにも原始的な考え方といえます。たしかに一定の条件を満たせば私人逮捕は認められていますが、道路交通法の違反において私的制裁を認められているわけではありません。そもそも逮捕と制裁はまったく異なります。私人には罰を与える権利はありません。

なにより高速走行時に、危険なほど前走車に近づくというのは事故のリスクも高まります。自身の肉体的リスクも大きく、また事故ともなれば周囲に迷惑をかけることにもなりかねません。実際、あおり運転は市街地でのほうが起きているという調査結果もあります。リスクを考慮して、安全を見込んで、あおり運転をしているドライバーも存在しているとも言えるわけです。

しかし、低速であっても衝突が起きれば、ただではすみません。たいていのクルマは1t以上の質量を持っていますから、人間の肩が当たったというレベルで済まないのは自明、自動車という重量物を冷静に操作できないのはドライバー失格です。ですから、罰則強化により悪質なあおり運転は一発免停になるよう罰則強化されたのです。

仮にあおり運転をしたくなるような状況でも、怒りをコントロールできることがドライバーの能力として求められていると言い換えることもできるでしょう。

もっとも、冒頭で書いた「CASE」のうち、コネクテッド(つながる化技術)とオートノマス(自動運転技術)が進んでいけば、渋滞も減るでしょうし、前方を走っているクルマの挙動を気にするようなこともなくなり、あおりたくなるような状況がそもそも生まれない時代になるはずです。技術の進歩によって「あおり運転」が消滅することを期待しましょう。

(山本晋也)

この記事の著者

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山本晋也

日産スカイラインGT-Rやホンダ・ドリームCB750FOURと同じ年に誕生。20世紀に自動車メディア界に飛び込み、2010年代後半からは自動車コラムニストとして活動しています。モビリティの未来に興味津々ですが、昔から「歴史は繰り返す」というように過去と未来をつなぐ視点から自動車業界を俯瞰的に見ることを意識しています。
個人ブログ『クルマのミライ NEWS』でも情報発信中。2019年に大型二輪免許を取得、リターンライダーとして二輪の魅力を再発見している日々です。
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