Dai-Z、スキャットDRAGに挑戦!したはいいけれど…ゴマメりFISCOに散る・前編【OPTION1982年6月号より】

前回は、1981年11月号に初掲載した「スキャットDRAGレース」を紹介しました。今回はその翌年、1982年に本格的にスタートしたスキャットDRAGレースに、OPT零代目編集長・Dai稲田が自身のフェアレディ130Z(連載企画中のHKSチューン)を持ち込み、FISCO(富士スピードウェイ。現在はFSWと略す)のストレートに挑みました。のはいいのですが……ハイ、やらかしていますね!

OPT誌には、賛否両論の読者投稿「ゴマメ模様」という名物コーナーがありました。

事故っちゃった我がマシンを写真に撮り投稿、「落ち込んだってしょうがない、悔しさは笑って吹き飛ばし次へ進もう…」というコーナーでした(私も2回ほど掲載されました)。近代OPTでは一時期ゴマメコーナーは消滅していましたが、2017年12月号より「ゴマメ図鑑」として誌面復活しました。まぁ、この「FISCOストレートDaiクラッシュ」はゴマメのはしり、ですかね(汗)。

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スキャットDRAGレース 1982年 第1戦
我がマシン、傷つき、未だ標的は遠い

【レース前日深夜】

HKSでゼロヨン用に、中間加速重視のセッティングに変更。ターボユニットも小型に換え、ソレックスキャブ仕様インテークからノーマルのスロットルチャンバーに戻してある。が、絶対的パワーに確信がない。あとはギヤ比やボディを改造する手段しか残されていない。

「やるところは全部やったよ。12秒なんかじゃダメ、11秒を切らないとね」。ラジオでは「全域雨の模様・・・」と伝えている。が、これも「未完成交響曲」のホンの序曲にすぎなかった。

この記事の著者

永光やすの

永光やすの 近影
「ジェミニZZ/Rに乗る女」としてOPTION誌取材を受けたのをきっかけに、1987年より10年ほど編集部に在籍、Dai稲田の世話役となる。1992年式BNR32 GT-Rを購入後、「OPT女帝やすのGT-R日記」と題しステップアップ~ゴマメも含めレポート。Rのローン終了後、フリーライターに転向。AMKREAD DRAGオフィシャルレポートや、頭文字D・湾岸MidNight・ナニワトモアレ等、講談社系クルマ漫画のガイドブックを執筆。clicccarでは1981年から続くOPTION誌バックナンバーを紹介する「PlayBack the OPTION」、清水和夫・大井貴之・井出有治さんのアシスト等を担当。