最高速300km/hオーバーの気持ちは? レースとは違った過激さ+緊張感をドライバーに聞く【OPTION 1985年4月号より】

OPTの最高速テストドライバーは、高橋国光さんや望月修さん、津々見友彦さん、北野元さんなどのプロフェッサーを経て、OPT零代編集長であり最高速男:稲田大二郎(通称Dai)が今現在も務めています。他雑誌でも、それぞれのテストドライバーたちが命を懸けています…決して大袈裟ではなく。

今回紹介している3台の300km/hオーバーマシンはOPT誌のテストではなかったため、当然、ドライブしたのはDaiちゃんではありません。そこで、この3台をテストした2名のドライバーが語った、300km/hオーバーを体験した声を聞いてみましょう。

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300km/hを実際に体験した男が語る本音は?

谷田部のテストコースは、エンジンチューナーだけの勝負の場ではない。実際にテストを行うテストドライバーにとっても生死を賭けた鉄火場といわれている。

テストドライバーは最初の1~2周でそのマシンのエンジンや足まわりなどの性格を理解していかなければならない。エンジンのパワー特性を理解した上で、どこから加速していくか、バンクへの進入回転数はなど、多くのことを瞬間で判断しなければならない。そして走行中には、全神経をマシンに向け、あのバンクを走行していくのだ。

そのためテストを終えたドライバーのウェア類は、信じられぬほどの汗でビショビショになっている。そして充血した瞳にテストの過激さが表れる。ここで実際にこの300km/hオーバーマシン3台をドライブした、井上晴男、大川光一両ドライバーのライブコメントを聞いてみよう。

バンクの入り口はやはり緊張する! 井上晴男

雨さんのところで以前からレースに出たり、テスト走行もしてきたけれど、やはり谷田部での走行はとにかく気配りだよ。でもこのへんは最近慣れてきたので、以前に比べると疲れは減ってきたね。

各チューナーの人から回転数などを聞いて、それをしっかりと守ってアクセルを踏んでいくんだ。

トライアルのZは、6000rpmから上の伸びにちょっとびっくりしたね。バンクを6100rpmからストレートに出て400rpmほど上がった。5速のこの回転域での加速はちょっとオドロキ。よく分からないけど、このマシンはもう少しブースト圧を上げてもトライできるんじゃないかな?

次に雨さんのRX-7は、走り出す前からやはり気合が入った。1984年12月のときにミッショントラブルでダメだったので、ぜひ今回は出したい、出して欲しいと思った。バンク出口を7100rpmで出て今まで300rpmアップがやっとだったけど、今回は400rpmアップしたから、もう300km/hはオーバーしたなと思ったんだ。そして裏のストレートでサインを見て307のボードが出ていたんで、やったな!って思ったよ。

最後に300km/hのスピードってどうなんですか?なんてよく質問されるんだけど、そーだなぁ、バンクでの走りの感じは、ジェットコースターのスピードを倍くらいにした感じだと思ってもらえばいいんじゃないかな。まぁ、口で言ってもあの感じは、実際に乗った人じゃないと分からないと思うんだ。

あ、それと思い出した。ドアをガムテープなんかでシールされると、気分的にイヤだね。もし何かあった時にすぐ外に出られるか不安だもんね。

これからも最高速マシンに乗ると思うけど、やはりレースのほうがいいなぁ。でも谷田部でスリップなんか使って走るなら別だけどね!

走り屋の血がアクセルを踏ませた! 大川光一

いやぁ、あの日は会社に帰ってから早川さん(当時のトラスト社長)に本気で怒られちゃったんだ。本気で怖かった。でも本当に僕のことを心配してくれてるんだなと思うと、やっぱりトラストっていい会社だと思ったね。

あの日は、どのくらいスピードが出るかな?って、それくらいの軽い気持ちだったんだ。それでコースインして走り始めたら体中がなんか燃えてきて、本気になってた。コレ、予定外だったんだよね。でも、谷田部はセリカXXのセッティングで走ってたし、このソアラでも雨の谷田部で270km/hオーバーで走っていたんで、少しも恐怖心はなかったね。

もう全部言っちゃうと、1周目バンク出口でノーマルのデジタルタコメーターのランプがレッドの1つ前まで出て、計測区間でレッドゾーンのランプが2つ光る(6800rpm)。これじゃ300km/hに届かない。300km/hをオーバーするには赤ランプを3つ光らせなきゃいけないことは計算で分かっていたんだ。

そこでバンク出口で赤ランプを1つつけて出てくれば、計測区間で赤ランプ3つ=300km/hオーバー、そんな計算式が浮かぶわけ。もうやるっきゃない! その気持ちで走って出たわけ。この時ブーストを左手で調整して1.45kg/cm2だったけど、1.6~1.7kg/cm2で同じようにトライしたかったね。でも、時間的なことからストップがかかっちゃった。

これでニッコリとソアラから出ればカッコよかったんだけれど、本革のノーマルシートでの、バンクでのGはちょっときつかったね。2日間くらい腰が痛かったのにはまいった!

でもストリートと違って横から人が飛び出さないし、ジャマな遅いクルマもいないんで、谷田部のほうが高速道路より安全じゃないかな。

できたらこれからもドライブしたいけど、また早川さんに怒られると困るので止めときましょう!

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走り屋の血が300km/hをオーバーさせた…さすがの大川さんコメントです(笑) 取材時にはめったに顔を出さなかった杉良太郎似の早川社長(当時)。私は怒った姿を拝見したことはありませんが、あの風貌で怒鳴られたら…チビリソウデス!! 大川さんを唯一怒れた早川社長…お会いしたいです~(涙)

さて次回その5では、同じOPT85年4月号に掲載された「新・必殺改造人シリーズ」から、最速を記録した男・牧原道夫のチューナー人生をプレイバックします!

[OPTION 1985年4月号より]

(Play Back The OPTION by 永光やすの)

この記事の著者

永光やすの

永光やすの 近影
「ジェミニZZ/Rに乗る女」としてOPTION誌取材を受けたのをきっかけに、1987年より10年ほど編集部に在籍、Dai稲田の世話役となる。1992年式BNR32 GT-Rを購入後、「OPT女帝やすのGT-R日記」と題しステップアップ~ゴマメも含めレポート。Rのローン終了後、フリーライターに転向。AMKREAD DRAGオフィシャルレポートや、頭文字D・湾岸MidNight・ナニワトモアレ等、講談社系クルマ漫画のガイドブックを執筆。clicccarでは1981年から続くOPTION誌バックナンバーを紹介する「PlayBack the OPTION」、清水和夫・大井貴之・井出有治さんのアシスト等を担当。