なぜ? F1日本GP、ビアンキ選手のクラッシュ6つの疑問

<1>引き金となったアドリアン・スーティルのクラッシュ

ザウバーのエイドリアン・スーティル選手は、自身の41周目を走行中、ダンロップコーナーでコントロールを失い、タイヤバリアにクラッシュしました。 AUTOSPORT WEBに対し、スーティル選手はこうコメントしています。
「僕はあのコーナーでアクアプレーニングを起こした。雨がどんどんひどくなっていて、視界が悪くなってきていた」 コーナーリング中、路面にたまった雨水に乗ってしまう形となり、ステアリングやブレーキのコントロールが効かなくなる状態となり、まっすぐタイヤバリアに向かっていったようです。
この事故の直後、スーティル選手のマシンをコース外に排除するために出動していたトラクターに、ビアンキ選手が激突してしまったのです。

<2>クラッシュが起きた地点とフラッグの色の関係

エイドリアン・スーティル選手の単独事故は、実は非常に微妙な場所で発生しています。 サーキットのコース脇にはには、必ず、レーシングドライバーへの「信号」の役割を担い、さまざまな情報伝達地点でもある「ポスト」と呼ばれる建物があります。 レースオフィシャルは、この建物からドライバーに対し、旗を振ったり掲示板を提示することで、『そのポストから先に起こっている危険性』や『対処法』を指示します。
鈴鹿サーキットには、全周で31か所のポストがあるのですが、今回の一連のアクシデントは、ダンロップコーナーの前後にある、11番ポストから13番ポストの間で起こりました。
スーティル選手は、自身の41周目、ダンロップコーナー出口にある「12番ポスト」より約10メートルほど先、つまり12番ポストと13番ポストの間にあるタイヤバリアに激突しました。
phA_afterSUTIL ※写真A 
この事故を受け、選手に事故を知らせる「黄旗(イエローフラッグ)」が振られていたことを、各ドライバーが証言しています。 同時に、タイヤバリアにへばりつくように停止してしまったスーティル選手のマシンをコース外に排除するため、黄色いトラクターと、二人のコースマーシャルが徒歩でグラベル(退避地帯)に侵入しました。 このとき、12番ポストでは、特に危険な状況が発生していることを選手に知らせるための、「黄旗2本による振動」が実施されています。
ちなみにFIA(国際自動車連盟)は、レースにおける管制等に関して、国際モータースポーツ協議規則附則H項で定義しています。 このH項の『2.4.5.1ポスト要因旗信号』という条文では、黄旗に関して、次のようにふれられています。

b)黄 旗: これは危険信号であり、次の2通りの意味をもってドライバーに表示される。 1本の振動:速度を落とし、追い越しをしないこと。進路変更する準備をせよ。トラックわき、あるいはトラック上の一部に危険箇所がある。 2本の振動:速度を大幅に落とし、追い越しをしないこと。進路変更する、あるいは停止する準備をせよ。トラックが全面的または部分的に塞がれているような危険箇所がある、および/あるいはマーシャルがトラック上あるいは脇で作業中である。

その黄旗2本振動の下、トラクターはスーティル選手のマシンをアームで釣り上げ、コースへの出入り口へと向かいます。 そして、12番ポストにいるオフィシャルは、トラクターが12番ポストを通り過ぎた、つまり、11番ポストと12番ポストの間の区間に、スーティル選手の車両とトラクター、及び作業しているオフィシャルが移動したため、そこから少なくとも13番ポストまでは安全に走行できることが可能であることを選手に知らせるために「グリーンフラッグ」を振りました。 
phB_bianki ※写真B
このグリーンフラッグ提示から15秒ほど経過したそのとき、黒と赤のジュール・ビアンキ選手のF1マシンがトラクターの後部と路面との間を突き抜ける状況で衝突してしまったのです。
ネットにアップされている事故映像を見ると、トラクター後部の高さは、ビアンキ選手が乗り込んでいるコックピット上端の高さと同程度。つまり、コックピットより高い部分にあるマシン後部のインダクションポッド(エンジンへの空気流入口)やロールバー、エンジンカウルは大破し、周囲には多くの破片が散らばっています。そして、コックピットより高い部分に出ていたビアンキ選手の頭部は、トラクター後部にこするか押しつぶされるような状況で激突してしまったことが想像されるのです。
さて、こうしたなか、映像を見た方の中には、「事故が至近で発生しているのに、なぜ12番ポストでは緑旗が振られたのか?」と疑問に持たれた方が多いようです。 また、「黄旗2本振動を続けるべきではなかったのか」というご意見も多く見られます。 しかしながら、この緑旗の提示は、ルール上なんら問題はないのです。 12番ポストのオフィシャルは、適正な旗提示を実施しました。 先のFIA規則H項では、緑旗は次のように定義されています。

f)緑 旗: この旗はトラックが走行可能(クリア)であることを示し、1本 あるいはそれ以上の黄旗表示が必要となった事故現場の直後のマ ーシャルポストで振動表示される。

一般の我々は、危険地帯のすぐそばでは黄旗2本提示をするべきだと考えてしまいます。 しかし、オフィシャルや選手、つまりモータースポーツに参加する人たちはみな 「黄旗の区間では追い越しは絶対にしてはいけないし、黄旗区間でコースから飛び出したりクラッシュなどは絶対にあってはならない。そして、緑旗が提示されているポストの地点に到達してから加速を開始する」というルールを、ときに厳しいペナルティを食らいながらも叩きこまれ、何年もレースを戦ってきているはずなのです。
確かに、12番ポストで黄旗が振られていたら、それを見たビアンキ選手はアクセルを踏み込むことはしなかったかもしれません。 しかし、残念ながらそれは結果論です。 少なくとも、12番ポストのオフィシャルは、サーキットでレースを実施する際のルールにしたがって12番ポスト以降の安全を確認し、緑旗を振ったまでなのです。 現在、意識を失ったままのビアンキ選手には大変申し訳なく、残酷ではありますが、黄旗振動区間でコースアウトしてしまいました。 ビアンキ選手に過失がなかったとは言えないのが現状であることを、まずは理解する必要がありそうです。 一方、とあるレーシングドライバーに話を聞いたところ 「緑旗が出ているポストを過ぎないと全開にしてはいけないことは、レーシングドライバーだったら誰でも知っている。でも、正直なことを言えば、緑旗が見えた段階で、自分だったら黄旗区間内でもアクセルを踏んでしまうかも・・・」と語っています。 戦っている選手としては、黄旗区間で馬鹿正直に減速していては先行する敵に逃げられてしまうというのも事実。 緑旗が見えた時点で加速してしまったであろうビアンキ選手に対し、同情する意見が多く聞かれるのも事実なのです。
『黄旗区間のダンロップコーナー。上り勾配の左カーブは視界も悪く、充分に注意しながら駆け上がっていく。やがて12番ポストが見えてきた。どうやら緑旗が振られているから安全そうだ。よし、アクセルを踏もう、、、としたその瞬間、路面に流れる川状の部分に乗ったマシンはアクアプレーニング現象を起こし、コントロールを失った。そして、ブレーキも効かず、まっすぐ走りつづけたマシンの先には、スーティルの車両を排除するトラクターが稼働していた・・・・・・』 ビアンキ選手は、おそらくこのような経過をたどったのではないでしょうか。