80年代にハイソカー(ハイソサエティ・カー)ブームを巻き起こした立役者といえば、FRセダンのトヨタマークⅡ・チェイサー・クレスタでしょう。マークⅡ3兄弟は、トヨタが80年代に3回もフルモデルチェンジをした程、力が入っていましたね。
上格のクラウンが「重厚感+高級感」だとすれば、マークⅡ3兄弟は「若々しさ+高級感」という新しい価値感を提案したクルマでした。特に、販売店チャネル毎にクルマの差異化を図りつつ、市場のパイそのものを拡大していくトヨタの兄弟車戦略は大当たり!マークⅡ3兄弟は、DOHCツインターボの走りの過激仕様までラインアップして、まさに一世を風靡したクルマでした。
ちなみに、ライバルの日産は、トヨタと違うハイソカー戦略で、FRセダン3兄弟を世に送り出しました。「若々しさ+走り」のスカイライン、「若々しさ+個性」のセフィーロ、「落ち着き+高級感」のローレルというように・・・。すべて本でも、マークⅡ3兄弟は一冊にまとまっていますが、日産3兄弟は車種毎にすべて本が刊行されている程なのです。ただ明快な個性で住み分けを図ったあまり、日産3兄弟はハイソカーのポイントである「若々しさ+高級感」をはずしてしまいました。
結果はトヨタの圧勝でしたから、クルマの商品企画とはかくも難しいものかと、唸りに唸ったものでした。
日産の反撃は、80年代後半に登場したシーマでした。「若々しさ+高級感」に、3ナンバー専用車というバブル感が時流に乗って大ヒット!「シーマ現象」という流行語までできたくらい、インパクトがありました。グロリアシーマ、セドリックシーマという派生ブランド戦略も、セドリック・グロリアの販売に好影響を与えたそうです。
80年代ハイソカーの鍵だった「若々しさ+高級感」ですが、実は現在の高級ミニバン市場に通じるように思えてなりません。FRセダンとFFミニバンではメカも形も使い勝手も全く違いますが、トヨタアルファード・ベルファイア兄弟が成功しているのは、「ハイソカーの文法」に則ったからだと感じています。ひょっとするとクルマの歴史は、形を変えて繰り返しているのかもしれませんね。
(拓波幸としひろ)